第2話『少年たちは異世界に行く』


 俺が『オプティマイズ・オルタナティブ・オンライン』、通称『OOOスリーオー』を正確に認識したのは、小学二年……八歳のときだった。

 大人たちや、年上のお兄さんお姉さんたちが大挙する新宿『ゲート』を不思議そうに眺めていた俺たちは、ある一人のお姉さんに懇切丁寧に教えられたんだ。


『あそこは、誰でも異世界に行ける場所なんだよ。この世界ではない、別の世界に。正しくはゲームなんだけどね?……でも、そこは本物だと私は思ってるんだ。私たちはいつだって、異世界に行けるんだから』


 お姉さんがはにかみながら言った笑顔を、俺は今でも忘れられない。

 それから、俺は早くその場所に行きたくて行きたくて、待ちきれなくなっていた。

 同じ学校の友達四人と、十二歳……小学六年になる四年後までに、色々と勉強をして、『最速でゲームをクリアしてやろうぜっ!』て、そう息巻いていた。


 そ、その当時はオンラインゲームに明確なクリアがないって知らなかったんだよ。

 だけどまぁ、そんな幼い意気込みは多めに見てもらうとして……。


 現実時間で、2025年の4月。

 ようやくその瞬間が訪れる。俺たち仲良し五人組にも、政府から『オーディナル・データカード』が贈られてきたのだ。

 学校が終わり、俺は帰宅して早々に、テーブルの上に置かれた小包を発見。

 その中身が『ODC』だと気づいた瞬間、俺は五人の遊び場である公園へダッシュしていた。


 そして一人の友達と顔を見合わせると、開口一番に……。


「「しゃああああああああ!!!!!!!!」」


「うるさっっ!!」


「えー?二人共、そんなに嬉しかったの?」


「あははっ、『ODC』なんて黙ってても届くのにねー」


 歓喜。それは他の四人も同じで、お互いニッコニコの笑顔で『ODC』を見せつけ合い、盛大に高らかに、大きな声で奇声を上げていたよ(大きな声を出したのは二人)。


「だって嬉しいだろ!あのとき、おねーさんに教えられたあの世界……オ、オ、オプ……」


 身長が低く、少しぽっちゃり気味の少年……俺がぎこちなく言う。


「『オプティマイズ・オルタナティブ・オンライン』ね、通称『OOOスリーオー』。カタカナで『スリーオー』って書く人もいるし、『オッサン』って呼んでる人もいるよね!」


 俺のぎこちなさを見かねて、明るそうな茶髪の少女がフォローしてくれた。


「そうそれ!!ようやくその世界に行けるんだぜ?喜ばない方がおかしいんだよ、なぁサクタ」


「おうよ!その通りだぜハヤト!」


 奇声を上げたもう一人、十二歳にしては高身長な少年が、俺と肩を組んで笑う。


「……だけど実際、楽しみだよ」


「お、流石のヒロもそう思ってたか!」


 メガネを掛けた静かそうな少年も、俺たちに同意する。

 そして最後に、もう一人。


「私も楽しみだなぁ、だって異世界みたいなゲームなんでしょ?授業で色々と勉強してたけど、童話の世界みたいで憧れちゃうよぉ……」


 うっとりと、黒髪の少女がまとめるように言った。


「へへっ。ミウも案外、ゲーム脳だもんなっ。まぁ、でも……」


 俺の言葉に、ミウは照れ笑いをしながら、「……うん」と頷いた。

 『ODC』が届いて、向かうべきは近場の『ゲート』……なのだが、実はまだ行けない理由があった。俺がサクタに視線を向けると、長身の少年は申し訳無さそうに。


「……ごめんな、折角今日、『OOOスリーオー』にログインできたはずなのに」


「気にすんなってサクタ。夕方から部活があるんじゃ、しょーがねーよ」


 長身の少年、サクタはバスケ部だった。

 今年から最高学年で、部活もラストイヤー。頑張りたいのは理解していた。


「そーだよ、サッくん。あたしもパパの仕事の関係で、今日はログインできないしさ、気にしちゃダメダメ」


 俺と、明るそうな少女……ヒビキが言う。

 二人にフォローされた長身の少年、サクタは嬉しそうに。


「おお!サンキュな、ハヤトにヒビキっ!じゃあ部活が休みの、今週の土曜日にっ」


「おう!やっぱり、この五人で遊びたいからな!!」


 俺たち五人は、幼稚園からの幼馴染でもある。

 見事な確率で、小学六年間クラスも一緒だった。

 絆で結ばれた最高の友達、掛け替えのない一瞬を共有する仲間を、俺は手放したくなかった……。


「それじゃあ土曜日に。現地……新宿『ゲート』に集合でいいかな」


「なんだよヒロ、もしかしなくても一番楽しみにしてるの、お前だろっ」


 メガネの少年ヒロが、真っ先に予定を組み立ててくれた。

 俺と同じくらいの低身長で、線も細い。しかしその眼差しは、もしかしたら俺たちの中でも一番、『OOOスリーオー』に向き合っていたのかも知れないな……。




 そして数日後。ついにその歓喜が、俺たち五人に訪れる。


「――行ってきます!!」


「こーらハヤトっ!ちゃんと時間に帰ってくんのよー!?」


「わかってるーーー!」


 玄関を飛び出した俺は、親父の再婚相手である義母(ギャルママ)……マナカさんの言葉に適当な返事をして走り出した。重い身体を懸命に、このブヨブヨな身体から生まれ変われる世界へ向けて、飛び出したんだ。


「――あー!やっときた、ハヤトーーーー!!」


「遅いよ……」


 ゼハァゼハァと、俺は息も絶え絶えでその場所……いつもの公園へ到着した。

 しかし、四人いるはずの仲間たちの姿の数が足りなかった。


「ハァ、ハァ……ご、ごめんじゃん。あれ?サクタとヒビキは?」


 汗を拭きながら、俺はその違和感を口にする。

 数日前、予定があって遊べないと言っていた二人が、今日もいなかったのだ。


「『ODC』に連絡入れたのに……気付かなかったの?」


 ミウが呆れたように言った。


「え?」


 『オーディナル・データカード』は、携帯端末としても使用できる。

 今ではスマホの代わりに代用する人も多くいて、『OOOスリーオー』の攻略情報の共有や、SNSなどでフレンドとやり取りも可能という優れ物だ。

 まぁ……その連絡に気付かなかったんだけどさ。


「ハヤトはそういう所があるから……ミウは何度も電話したよ」


「ごめんって!そんなに怒るなよヒロもぉ……そんなに『OOOスリーオー』にログインしたかったのか?」


「当たり前じゃないか、海外ではもう僕たちと同じ年の『OOOBスリーオービー』たちのログインが始まってるんだ。攻略したいのなら早い方が良いし、色々な情報が錯綜しているんだから情報戦もあるんだよ!」


「ほーら、ヒロが怒っちゃった。あ、それでサクタくんもヒビキちゃんも、また予定が入っちゃって来れないって。残念だけど、一緒のログインはまた今度にしてって言ってたよ」


 どうやら二人は、前と同じ理由で来れなくなっていたらしい。

 残念だけど、今回は三人で行ってくれとのことだ。


「じゃあ行こう。車を待たせてるから、乗って!」


 メガネの奥の瞳を輝かせて、ヒロは俺たちを先導する。


「車って……うおーー!黒光り!」


 ヒロの家は、簡単に言うとお金持ち。

 確か、両親が共に会社経営者なんだっけ。

 車体の長い黒い車……リムジンのドア前では、スーツのおじいちゃんがヒロに向かって頭を下げていた。


「クロセ、運転よろしく。場所は……新宿『ゲート』まで」


「かしこまりました、ヒロ坊ちゃま」


「「坊ちゃま……」」


 俺とミウは口を揃えて、先走るヒロの後ろ姿を見ていた。

 リムジンに乗り……って、人生でも初めてだし二度目はないと思うが。


 新宿『ゲート』は、東京エリアでもログイン人数が多いことで知られている。

 特に学生だ。学校終わりに新宿『ゲート』に寄り、数時間ログインして帰宅する。そんな生活だろう。




 そして十数分後……。


「すっっっっっっげぇーーーーー!」


 『ゲート』は全世界共通の構造、外観をしている。大きさは大したことはなく、こじんまりとしているが、当時の俺には大きく見えた。

 中は意外と狭く、受付の人が数人とガイドさんがいるだけで、あとは『OOOスリーオー』にログインするための部屋……『アストラル・ボディ・パーティクル』の粒子となった俺たちの身体を収容する機材が存在する部屋があるだけだ。


「じゃあクロセ、多分二時間……ゲーム時間で六時間を遊ぶつもりだから」


「かしこまりました、坊ちゃま」


「「坊ちゃま……」」


 漢字だと、黒瀬さんと書くであろう執事?のおじいちゃんは、『OOOスリーオー』をしていないらしい。まぁ年齢的に仕方ないが。前情報だと、結構なご年配の方たちもログインして遊んでいると聞いたけど。


「――ようこそ、新宿『ゲート』へ。あら?もしかして……今年からの新人さんかしら?」


 『ゲート』に入ると、青い制服を着たガイドのお姉さんが声を掛けてくれた。

 どうやら俺たちを新人……今年ログインするプレイヤーだと察してくれたらしい。


「はいっ!よろしくおねがいしますっ!」


「うふふ、元気ね……じゃあ、三名様ね。こちらへどうぞ」


「よろしくおねがいします……」


「お願いします!」


 俺は意気揚々に、ミウは緊張気味に、ヒロは急かされたように。

 受付のお姉さんに、ガイドのお姉さんはバトンタッチ。


「それでは、こちらに記入をお願いします」


「はい、じゃあハヤト、ミウも書いて!」


「わかってるって……急かすなっ」


「もぅ……」


 一番大人しそうなメガネ君が、実は一番アクティブだったりするんだよなぁ。

 そんなこんなで、俺たちは記入に名前と『ODC』のIDを書き込み、小部屋へ向かうのだった……。




――キャラ紹介・主人公たち――

・ハヤト  仲良し五人組の一人、身長が低く少しぽっちゃり体型の少年。

・ミウ   仲良し五人組の一人、大人しそうな黒髪の少女。

・ヒロ   仲良し五人組の一人、メガネを掛けた真面目そうな少年。

・ヒビキ  仲良し五人組の一人、明るい性格の元気な少女。

・サクタ  仲良し五人組の一人、高身長でスポーツマンの少年。

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