第23話 誰にも言わないことにします

「おはよっす五季――ってなんか疲れてね……?オールでもしたか……?」

「してない。おはよ」


 朝に体力を使いすぎただけとも言えず、卯月の声を浴びながらグデーっと机に突っ伏す。


 朝花と話し合った結果、付き合ってることを公言しないことにした。

 理由としては……まぁ、小説のネタだ……。


『隠してたほうが面白くない!?』『少しずつバレていく展開がラブコメで面白いの!』という感じ。


 せっかくの初彼氏なんだから、朝花にとって悔いの残らない恋愛にしてほしい。

 というわけでその提案に付き合ってるわけなんだが……登校中に分かった。

 結構朝花の彼氏って大変だな?いやまぁ好きだから別れる気もないし、一生抱きつくけど。


「おっ、やっと起きた」


 ツンツンっと頭を突かれ、頭を上げてみれば卯月と目が合う。


「なんだよ。ダル絡みなら昨日充分味わった」

「……存分に味わった……?酒飲んだおっさんと遊んだのか……?」

「まぁそんなところだ」


 口が滑ってしまったが、勝手な勘違いを起こしてくれたからノーカンだノーカン。

 ……一瞬朝花に睨まれた気がするが、気のせいだろう。うん、そうしよう。


「あ、また倒れた」


 パタンっと音立てて再度机に突っ伏せば、俺の頭を突く卯月は朝花を見やった。


「なんでこうなってるか知ってるー?」

「知らなーい」

「絶対知ってるやつの言い方じゃん!」


 俺も大概だとは思うが、朝花もわっかりやすいな?


 思わず睨みを向けてしまいそうになる体を止め、代わりに松浦さんを見やる。


「……なに?なんでこっち見るの?」

「あいや、安全地帯だから」

「安全地帯?私が?」

「そう」


 これまた朝から気分が悪い松浦さん。

 シワを寄せた目でスマホを睨んだかと思えば、すぐにため息を吐く。


「ごめん朝花。今日の昼、一緒に弁当食べれない」

「全然大丈夫だよ?私も食べれないから」

「そうなの。だったら好都合」

「……すまん卯月。俺も昼飯一緒に食えん」

「まじで!?俺1人じゃん!」

「すまん……」


 デカデカとしたリアクションを披露する卯月だが、こんなやつでもこのクラスでは友達が少ない。

 まぁずっと俺と一緒にいるから作る機会がないんだろうが、それでもいなさすぎだ。


 卯月が友達なら絶対に楽しいと思うんだが、クラスのみんなにもそれぞれの友だちがいるのだろう。


「友達作り頑張れよ」

「いきなりだな!?」


 元気な声を耳に入れながら、チラッと朝花のことを見やれば……ニマついた目と視線が交差する。


 言わずもがな、俺が卯月と一緒に弁当を食べれないのは、朝花と一緒に弁当を食べるから。

 誰にも話さないと決めた以上、弁当を食べるのもコソコソと。


 スッと目を逸らした俺は、ボロを零さないように机に突っ伏した。


「どしたの朝花。ニヤついて」

「ん〜?なんでもな〜い」

「……そ」


 分かりやすく疑う松浦さんだけれど、詮索するつもりはないらしい。

 デカデカとため息を吐き、俺と同じように机に突っ伏してしまった。


「お前ら朝から疲れすぎじゃね!?」

「誰か知らないけど黙って。疲れてるの」

「まだ覚えてないのか!?俺の名前は真崎卯月――」


 そうして鳴り響くチャイムの音に耳を預けながら、おもむろに頭を上げた。






「ねぇ五季?」

「……ん?」


 咀嚼とともに反応を返してやれば、ハンバーグを摘んだ朝花が「はい、あーん」と箸を突き出してくる。


「……口の中入ってる」


 場所は、以前にも使った屋上へと繋がる階段。

 一応自分のお弁当……というか、今日は朝花の弁当も俺が作ったんだが、朝花曰く『あーんしたい!』とのことらしい。


 前にもしたはずなのだが、付き合ったというので情景が変わるのだろう。


「いいから。はい、あーん」


 なにが変わるのかも分からないまま、突き出されたハンバーグを強引に口の中へとねじ込む。

 刹那に朝花の頬が緩み……


「これが、今朝食べれなかった五季の唾液……!」

「……」


「グヘヘ……」と頬を緩ませているが、それもまた小説のネタになるのだろう。


 静止したい気持ちを堪え、ジト目を向ける俺は、やがて自分の弁当箱に目を落とした。


「朝花にもあーんしてやろっか?」

「いや大丈夫。やられるのは……多分、照れちゃうから……」

「だからやるんだよ。照れてる姿が1番可愛い」

「……っ!?か、可愛いっ!?」


 大したことは言ってないはず……なのだが、真っ赤に頬を染めた朝花はお箸を持った手を震わせ始める。


「可愛い。自分で責めてくるくせに、守りは弱っちいところまじで可愛い」

「守りが弱っちい!?」

「誰がどう見てもクソ弱だろ……」


 現に、耳まで真っ赤にした照れ顔を披露している。たかが『可愛い』という言葉一つに。

 そんなやつが守りに強い?寝言は寝て言えとはこのことだ。


 自分の弁当箱から、均等に切ったハンバーグを摘んだ俺は、弁当箱ごと朝花の口元へと近づける。


「ほれ、あーん」

「い、いや!私はほんといいから!」

「満更でもないくせに?」

「満更じゃなくても!私の威厳をまだ保ちたい!」


 心底拒みたいようで、ブンブンと首を振ってくる。


「……もうねぇよ……」


 鼻から息を吐き出した俺は、自分の太ももへと弁当箱を置き――1つの提案を持ちかけた。


「もし、俺との”口移し”だったらやるか?」

「……っ!?」


 刹那、大きく朝花の眼が開かれた。

 それは恥ずかしさからなのか、興味を抱いたからなのかはわからない。


 ただまぁ、耳が真っ赤ということはそれなりの恥じらいがあるのだろう。


「し、したい……けど!絶対にダメ!もっと求めちゃう!!」


 頭を抱え、グワングワンと苦悩を表現するようにヘッドバンドする朝花を横目に、ハンバーグを頬張った。


 朝花が今言った通り、口移しなんてものをしてしまえば歯止めが効かなくなるだろう。

 それが学校であれ、周りに人がいなければなおさら。


 飲み込みやすいように咀嚼を繰り返した俺は、やがて朝花の目を見やる。


「え!?ほ、本当にするの!?いや良い!来て!かかってこい!!」


(なぜ強気……?)


 そんなツッコミを心のなかで呟いた俺は、自分から近づいてくる朝花にジト目を向ける。


 ――そして、飲み込んだ。


「え?」


 喉が動いたのが見えたのだろう。

 呆気にとられた声が鼻の先で聞こえてくる。思わずフッと鼻を鳴らした俺は、ニヤケっ面で言葉を返す。


「しねぇよんなこと。朝も言ったが、彼女の暴走を止めるのが彼氏の役目だ。そんな彼氏が暴走してたまるかっての」


 そうすれば目の前の少女がワナワナと震え始め……


「ねぇぇぇ!!!期待したじゃん!!!」

「期待させたからな。可愛かったぞ?」

「そんなんで許さないから!私の期待を返して!!」


 照れてるのか怒ってるのか。

 真っ赤になった顔とともに腕を振り回し、胸を叩いてくる。


「俺はただ食べてただけだぞ?勝手に期待したのそっちじゃん」

「期待させるようなことした五季が悪いんですー!!」


 苦笑を浮かべながら言葉を返してやれば、ぷくーっと頬を膨らませてしまった朝花。


 改めて思う。

 朝花はほんと、喜怒哀楽が激しくて可愛げがある。


 照れた姿が1番可愛いのはもちろんのこと、この怒った姿にも愛嬌を感じる。

 自分で言うのもなんだが、相当朝花を溺愛してるな?俺。


「……ふんっ!」


 ご丁寧にデカデカと鼻を鳴らした朝花は、そっぽを向いて弁当を頬張り始めた。

 そんな姿を横目に、同じように弁当を突き、


「……1個気になることが合るんだけどさ」

「ん?」


 相も変わらず不服そうな朝花が、ポツリと言葉を続ける。


「今更言うのもなんだけど、五季って、”越菜のこと好き”じゃなかったの?」

「……ん?」


 俺がシワを寄せてしまうのも必然だろう。


 だって、俺の行動のどこをどう汲み取って『松浦さんのことが好き』という発想に至ったというんだ。

 自分で言うのもなんだが、話す量も朝花の方が圧倒的に上で、笑顔の数も朝花の方が多かったはず。


 そんな俺の疑問を遮るように、お箸を置いた朝花がか細い声で紡いだ。


「……好きな人があ行にいるって言ってたから……ちょっと、心配になった……」

「あー……んなことも言ったな」


 言われてみれば、松浦さんの名前もあ行だ。

 俺に友だちが少ないことを1番に知ってるのは朝花であり、その少ない友達の中で唯一話してる女子が松浦さん。


 朝花視点で考えれば、心配で仕方なかったのだろう。


 白米を口に放り込んだ俺は、おもむろに腰を上げて、朝花の太ももとくっつかせた。


「付き合ったんだから分かるだろう?俺が朝花のことしか考えてないってこと」

「……なに?イケメンムーブ……?」

「おいごら慰めてやってんだぞこっちは」

「それは、そうなんだけど……イケメンが過ぎる……!」


 眉を顰めたかと思えば、眩しいと言わんばかりに顔の前に腕を構える。


 こんな行動がイケメンに入るのなら、世の男は全員イケメンだな。

 そんな考えを胸に、卵焼きを頬張った。


「まぁそんなわけだ。俺は松浦さんのことは好きじゃないし、ずっと朝花の事を見てきた」

「まずいっ!私の彼氏が私のことを口説こうとしてる……!」

「もう付き合ってるんだが……?」

「さらに私を好きにさせようとしてくる!!」

「それはもう存分に好きになってくれ」

「分かった!存分に好きになる!」


 引いていた腰はどこに行ったのやら。ピーンと背筋を正し、はにかみを浮かべた朝花は、肩をくっつけてブロッコリーを口に放り込んだ。

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