第3話 なぜ幼馴染に彼氏ができないのか

 前の席の朝花がクルッと体を回し、スマホをいじる俺の目に顔を覗かせてくる。


「私、思ったんだよね」


 電源を落とした俺は、制服姿の朝花から体を離して目を細める。


「……いきなりなんだよ」

「私、思ったんだよ。どうして私って付き合えないんだろうって」

「はぁ……?」


 頬杖をつき、ペン回しを披露しながら淡々と紡いでくるが、俺の口から出るのはため息だけ。


 確かに朝花は可愛い部類に入るだろう。というか可愛い。これは決定事項だ。


 小さな鼻と小さな口。それをバランスよく保つのは小さな顔。

 その中で目立つパッチリとした大きなお目目は、小さなパーツたちを乱すかと思われるが、自然と調和している。


 そしてなにより、この制服に隠れたこの大きな胸。

 俺だけが見た巨大な生乳は、制服のせいで小さく見えているのだが、体操服を着た時にその姿を化けさせる。


 その事実はうちのクラスなら知らぬ者は居らず、顔も相まってそれなりにモテてる。というかとてつもなくモテる。


 ……はずなんだが、今朝花が言った通り、この高校生……いや、この人生で一度も付き合ったことはないのだ。


「なんで興味なさそうなの。大切なことなんだよ?」


 ジトッと湿った瞳を向けられるが、好きな人を取られたくない俺からすれば、そのまま付き合わないでくれとすら思う。


 だから俺は、ため息混じりに言葉を返してやった。


「別に付き合わなくてもいいんじゃないか?朝花には趣味があるんだし」

「それはそう……なんだけど、居たほうがもっと良いラブコメが書けると思わない?」

「思わん」

「いーや!書ける!」

「……言い切るなら俺に聞くなよ……」


 英断なのは朝花の良いところなのだろう。

 ……だが、それと同時に誰からも告白されない理由のひとつだろう……。


 朝花が握りこぶしを握ったからか、注目が集まるクラス中。

 その中で、男子たちがコソコソと話す。


「告白したらあんな風にきっぱり振られるんかな……」

「だったら怖いな……。告白やめとこ」

「いやでも挑戦したい気持ちも……」


 所々から聞こえてくるそんな言葉に耳を傾けながらも、胸を撫で下ろした。


「てな感じで彼氏作りたいんだけど、五季はどう思う?」


 ……すぐに撫で下ろした胸を持ち上げた。

 理由なんてひとつ。朝花の声が、思った以上に大きかったから。


「おい聞いたか!?彼氏欲しいってよ!」

「聞いた聞いた!」

「ちょっ、俺行ってこっかな!」


 男というものは本当にちょろい。

 女子の言葉一つでこんなにも態度が変わり、考え方が改まる。


 ほんとちょろい。ちょろすぎる!

 俺を含めてな……!


(彼氏欲しいなら俺がなるぞ?)


 なんて思案を胸中に抱きながら、腕を組んで口を開く。


「まず、朝花は好きな人いるのか?」

「え?五季の想像に任せるよ?」

「じゃあ居ないな」

「……」


 ……そう。俺が告白できない理由。俺が彼氏候補として名乗りあげられない理由は、朝花に好きな人が居ないということ!


『好きな人?居るよ。五季』だったらすぐさま告白して付き合うんだが、恋愛はそんな甘いものじゃない。


 もとよりアタックはしてるんだが、『小説のネタくれるの!?』って言われてアタックが無碍にされている。


 ……だからまぁ、振られるぐらいならネタ提供者としてあれやこれやを朝花とするほうが得だな、と結論付けた。


「好きな人いないのに彼氏欲しいのか?」

「……だって友達みんな『好きじゃないけど付き合ってる』って言ってるし、私もそうしよっかなって」


 まるで夜中の猫のように、クラス中の男子の目が光った。

 もちろん俺の目も!


 ……だがまぁ、朝花にはそんな尻軽になってほしくない。


「朝花のヒロインはそんな尻軽なのか?」

「私の……ヒロイン……?」

「朝花の物語にもヒロインが居るだろ?そのヒロインが、誰それ構わず付き合うような女子なら良いと思うが、話を聞く限りじゃそうじゃないだろ」


 ネタ提供する身として、朝花からも物語の詳細を聞くことがある。


 その全てが純粋なラブコメだ。

 ヒロインは一途に主人公を好きで居たり、主人公の鈍感さに頭を悩ませたり。


 つまるところ、朝花の作り出したヒロインは、現実世界の高校生のように誰それ構わず付き合うことはないのだ!

 いやまぁ現実世界でもそんな事する人は少数派だろうけど。


「……確かに……」


 小さく朝花が呟き、ポンッと手を鳴らす。


「そう……だよね!親である私がちゃんとした恋をしなきゃ、”子どもたち”のやりたい恋愛もできないもんね……!」

「お、おい。声がデカ――」


 沈めた声で忠告するのも遅く、ギラギラと光っていた周りの目は、勢いよく見開かれた。


「おい!子どもってなんだ!?」

「嘘だろ!?まだ高2だぞ!?!?」

「17歳……いや!16で出産!?」


 案の定、朝花の誤解を招く言葉のせいで教室が騒音に包まれた。


 多分だが、朝花の言う『子ども』は、主人公とかヒロインの、自分が作り出したキャラクターのことだと思う。

 だが、朝花が創作をしているのを知っているのは、俺だけ。


 知らない人が『子ども』なんて言葉を聞けば、誤解を招くのも当然で……わらわらと朝花を囲うようにクラスメイトが集まってくる。


「藤守さんそれほんと!?」


 机に手をついた黒髪センター分けの男子が声を張り上げる。


「え?な、なに?」

「いやいや!子どもって言ってたじゃん!」

「…………」


 グルーっと目を動かし、ひとしきり考えた朝花は頬杖をついていた手でポンッと音を鳴らす。


「あ、あぁ〜!あれね!」


 刹那、囲っていたクラスメイトが困惑の声を上げ始める。


 どうやら、こいつらの目には俺なんて映っていないらしい。

 ……いや、厳密に言えば、”俺なんかが彼氏になれるわけない”と思っているらしい。


「親戚の子どものことだよ!昨日家に来てさ?『恋愛してみたい〜!』って言われたんだよね〜」

「親戚の……子ども……?」

「そうそう〜」


 朝花が淡々と説明する中、朝花のバトンを受け取ったように机に頬杖をつく。


 別に自分を卑下するわけじゃないが、俺の顔はこのクラスで見ても下の下。友達も朝花を除いて1人しかいないし、朝花が同じクラスにいなかった高1時代は本当に陰キャだった。


 ……まぁ、学校では髪セットしていないというのもあるんだが、クラスでの俺の評価『可もなく不可もなく。けど絶対に彼氏にはしたくない』という、なんともまぁ褒められたものではない評価を頂いた。


 そんなわけで、幼馴染であろうが、俺と朝花は釣り合わないという認識を勝手に作られたというわけだ。

 言っちゃ悪いが、朝花よりも……このクラスの誰よりも断然ハイスペックなはずなのに。


「――ね!五季!」


 俺の名前を呼んだかと思えば、勢いよく顔を振り向かせてくる朝花は……察せと言わんばかりにウインク。


「……そうだな」


 なにも分からずに頷く俺はジト目をしていたはずなのだが……学校のマドンナの前では俺のことなんてどうでもいいらしい。


「よかったぁ……」

「じゃあまだチャンスはあるってことだな?」

「え、行こっかな」


 安堵のため息を吐く者や、わかりやすく胸を撫で下ろす者が続質する。


 朝花がモテているのは、幼馴染としては誇らしい。

 ……だが、好きでいる俺としては、ひっっじょうに妬ましい。


「そんなわけだからさ!ちょっと離れててくれるかな?今五季と大切な話をして――」

「おーい五季〜!随分と人気者になったなぁ〜!」


 朝花の言葉を遮って肩を組んでくるのは……唯一の友達である、真崎しんざき卯月うづき


 目元まで髪が伸び、根暗な俺とは違い、寝癖なのかセットしてるのかもわからない赤色の短髪を生やし、常日頃から元気のある男。それがあと一人の俺の友人。


 確かバスケ部の次期エースだとかなんだとか言ってたが、部活関連はよく分からん。


「……どこをどう見て人気者と……?」

「クラス中の生徒に囲まれてんじゃん!人気者以外のなにがあるっていうんだよ!」


 羞恥心なんてないのか、満面の笑みで辺りを見渡しながら紡ぐ卯月。

 そんな卯月に肩を竦めた俺は、ため息混じりに言う。


「残念ながら人気者じゃないんだな、これが」

「えまじ?じゃあ誰に注目浴びてんのさこれ」

「…………どう考えても朝花だろ」

「あぁ〜!そういえば藤守さんって人気者だったね!」


 俺の顔の前でポンッと手を叩く卯月は朝花を見やる。

 続けざまに俺もそちらに目を向けるが、そこにあるのは分かりやすく不機嫌でいる朝花の姿。


 目を細め、背もたれに頬杖をつき、若干頬を膨らませている。


 その姿をラブコメで表現すれば、『私と好きな人の時間を潰さないでくれます?』とかになるんだろうが、あいにく朝花にそんな気はない。


 なんたってここはラブコメの世界でもなければ、朝花は小説の虫なのだ。

 どうせ『小説について話したかった』とでも思ってるのだろう。


「まぁ……うん。とりあえず荷物置いてこれば?」


 朝花の不機嫌に気づいてすらもいない卯月に言葉をかけれてやれば、


「あ、確かに」


 肩から手を離して……隣の席にカバンを置く。


「改めて隣の席でよかったわ!」


 遡ること昨日。

 このクラスにも慣れてきたということで、先生が席替えを提案した。


 案の定、クラスで1番の美人の隣を狙う者が多く現れた。

 2番目気取りの秀才やら、悪党番長……ではないが、クラスの一軍陽キャまでもが朝花の隣を狙っていたのだが――


「おはよー」


 ――朝花の肩を叩いた金髪の少女が、クラスで1番の美人の隣に腰を下ろした。


 野郎どもの目を考えたらこうなる未来が1番よかったんだろうが……本音を言えば、俺があの席を奪い取ってやりたかった。


「おい五季ー?俺の隣じゃ不満なのかー?」


 金髪の少女……もとい、松浦まつうら越菜えつなに目を向けすぎたからだろう。

 不意に視界に入ってくる卯月が眉根を伏せた。


「全然嬉しい。なんでこの世に卯月がいるんだろうって思うぐらいには嬉しい」

「まじで!?やっぱそう思っちゃうよなぁ〜!」


 お世辞という言葉を知らないのだろうか。

 照れくさそうに頬を緩める卯月は自分の頭を撫で始める。


 そんな中、さっきまで目を向けていた一軍女子である松浦さんは、そっけなく周りの男どもに手を払った。


「朝花に用ないならあっち行ってもらっても?これから私が楽しく話すから」

「そ、そんな言い方しなくても……」

「こんな言い方しなきゃ男どもは離れてくんないの。朝花も見習いな?」

「え、あ、は、はい……」


 困惑している朝花を横目にする松浦さんだけど、すぐにクラスメイトに目を向けた。


「てなわけで、君たちのターンはこれで終わり。散った散った」


 呆れるように言う松浦さんに、不機嫌だと言わんばかりの眼差しを向けるのは、言わずもがなのクラスメイト。


 だが、一軍女子に逆らえるほどの威勢は持ち合わせていないようで、素直に自席へと戻っていっていった。


「松浦さん!そんな言い方はないんじゃねぇか!?」


 ……だがまぁ、怖いもの知らずの卯月は一軍女子という名の魔王に立ち向かえるらしい。


「……あんた誰?」

「あんた誰!?じゃあしゃーなしに自己紹介をしてやろう!」


 ピシッと体を立てらせた卯月は力強く胸を叩き……開いた手で俺を指差してくる。


「この世で1番の親友である五季の親友である真崎卯月だ!」

「分かりづら」

「分かりやすいだろ!」


 松浦さんの性格は、威勢の良い卯月の真逆。物事に興味はないし、基本サバサバとしている。

 笑顔も基本はなし。怒った顔もなし。声に抑揚もなし。


 ただ、朝花に負けを劣らない顔を持っているため、女子のお友達は多いらしい。

 最近じゃ朝花としか一緒に居ない気がするが。


「卯月。残念ながら分かりづらよ」

「五季まで!?」


 大きく目を開いた卯月が俺を見下ろす。

 釣られるように松浦さんもこちらを見るが、すぐに視線を逸らされてしまった。


 一軍女子ともなると、俺みたいな陰キャは気に食わないのだろう。

 高1の時に色々と味わったから今更なんとも思わないんだが、朝花との間にわだかまりができそうだからやめてほしいところではある。


「――親友キャラは元気いっぱい……。バスケ部のキャプテンで、陰キャのクラスメイトを親友と言う……。哀れだけど嬉しい……」


 不意に聞こえてくるのは朝花のブツブツと呟く声。

 横目に見れば、スマホを凝視して親指を動かしている……のだが、その姿があまりにも不自然過ぎる。


「もう一度分かりやすく説明してやる!」

「いやいい。もう聞き飽きた」


 卯月の声量が相まってか、2人には朝花の声は届いていないらしい。


 内心ホッと胸を撫で下ろす俺なのだが……俺のことを陰キャのクラスメイトって言うな?

 というか『哀れだけど嬉しい』ってなんだ。それ幼馴染としての本音だろ。


 心のなかでツッコミを入れる俺はジト目を向けてみるが、文字の虫になった朝花に届くわけもなく、頭上からはチャイムだけが降り注いだ。

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