第6話 ジャンボクラブの鍋


「オベトさん! 見てください! 海ですよ、海!」

「おぉ......。確かに綺麗ですね......」


 街から馬車を出して数時間、水平線の彼方まで見える広々とした海に到着した。

 砂浜から大きな道路を一本挟んだ所には白い壁と青い屋根の家々が立ち並んでおり、前世でのギリシャを想起させる。

 砂浜には大きな出店が立ち並んでおり、お祭りのような雰囲気が漂っていた。


 馬車を繋ぎ場に置いて、道路に出る。

 道路と砂浜は斜面によって繋がっており、少し高い位置にある道路からは屋台や出店を越えて、太陽に照らされた光り輝く海がよく見えた。


「とりあえず、どこ行きましょうか......」

 

 透き通るような海もさることながら、街の景観も非常に美しい。


「そうですね。じゃあとりあえず......」


 シンシアさんは言いながらも、おおよそどこに行きたいのか予め決めていた様子のシンシアさんは即座に続ける。


「屋台でご飯を食べましょう!」

「へ?」

「朝から何も食べて無いので、お腹が空いてしょうがないんですよ!」


 彼女は少し頬を赤らめて、目を逸らしながらそう言う。


「だ、ダメでしたか......?」

「いえ。屋台、凄く楽しみですね」


 すると、彼女は目をキラキラと輝かせて興奮気味に語る。


「ですよね! オベトさん、食べるのが好きみたいだったから喜んでもらえるかなって......!」


 食べるのが好き、か。

 確かに自分でも意識をした事は無かったが、言われてみればそうかもしれない。

 最近で一番好きな楽しい時間は魔物を食べる時だし、食べている時は他の全てがどうでもよくなる。


 自分でも気づいていなかった一面をシンシアさんに言い当てられて、少し驚いていると......。


「さぁ、いきましょう!」

「は、はい!」


 俺は駆ける彼女に手を引っ張られながら、屋台へと向かった。



◇◆◇



 海から少し離れた砂浜に立ち並ぶ屋台たち。

 賑わってはいるが、人が大変多いという訳では無いので心地が良い。


「焼きそば、食べてもいいですか?」

「俺も食べます」


 するとシンシアさんが俺の分もまとめて注文してくれる。


「じゃあ、焼きそば二つ下さい」

「あいよ」


 店員から分厚い蓋つきの容器に入った焼きそばが渡されると、俺達は互いに目を見合わせて蓋を開ける。

 暖かな蒸気と共に広がるのは、濃厚なソースとかつお節の香り。

 焼きそばには牛のこま切れ肉、キャベツ、人参、玉ねぎがバランス良く入っている。

 そして端にちょこんと乗った紅しょうがは欠かせない。


「いただきます......!」

「私も、いただきます!」


 口の中に広がるソースの香りとモチモチとした麺。

 そしてシャキシャキと少し歯ごたえの残った野菜達。

 

「うまい......! 濃い口のソースが細麺によく合いますね......!」

「はい、しんなりとした具材達に絡みつくソースと麺が最高ですよね......!」


 そうやって食べ進めていくと香ばしい香りの中に一瞬だけ、独特な物を感じる。


「あ、これは隠し味に味噌を使っているんですかね......?」

「確かに......。言われてみれば味噌の香りが薄っすらしますね。焼きそばの香ばしさを更に押し進めていていいですね!」


 そうして半分くらい食べ終えると、シンシアさんは嬉しそうにしながら。


「私、最後は紅ショウガで締めるのが好きなんです......!」

「子供の頃は嫌いだったんですけどね。今や、これ無しじゃ終われないですよね」

「はい! 紅生姜大好きです!」


 シンシアさんは元気のいい返事をすると、隅に集まった紅しょうがを散りばめて焼きそばと一緒に頬張る。

 彼女に続いて俺も紅しょうがを焼きそば一緒に口に含む。


「やっぱり、濃い味の焼きそばと紅しょうがは抜群に合いますね......」


 そうして、俺とシンシアさんはあっという間に焼きそばを平らげた。


「――次はイカ焼き食べましょう!」

 

 彼女に手を引かれて、次の屋台へとすぐさま移動する。

 イカの身が丸々一匹、キツネ色の焼き目を付けて醬油ベースのタレの匂いを放っていた。

 串に付いたままかぶりつくと、柔らかな食感と共にイカの旨味、そしてタレの風味が口の中に広がる。


「このイカすっごく柔らかいですね~! なんか新鮮な気がします!」

「海が近いからですかね?」

「私の知っている限りだと、少し遠くに港があったような......」

「じゃあ、それかもしれないですね」

「ふふっ。はい!」


 そんな事を話しながら、彼女はイカ焼きにかぶりついて、暖かな笑みを浮かべていた。


「――オベトさん、次はキュウリの一本漬けです!」


 良く冷やされた大きなキュウリが一本、串に刺さっている。

 鮮やかな緑色に歯を入れると、シャクシャクとした食感と出汁によく漬かっているキュウリの爽やかな風味を感じる。


「これは何本でもいけそうですね......」

「はい! キンキンに冷えているのも凄い嬉しいですよね! 箸休めに丁度よくて」


 そうして平らげると、すぐに次の屋台へと向かう。


「――次はかき氷ですよ! オベトさん!」


 俺はオレンジを注文して、シンシアさんはブルーハワイのようだ。


「美味しいです! フワフワの氷と爽やかさながら甘みの強いシロップが合うんですよ!」

「こっちは、オレンジ特有の酸味みたいなのがあって、中々に美味しいですね......」


 すると彼女はもじもじとしながら、小さく口を開いた。


「あの......。もしよかったらオベトさんの一口貰ってもいいですか?」

「あぁ、どうぞ。じゃあシンシアさんのも貰ってもいいですか?」

「へ!? は、はい! どうぞ!」


 挙動不審なシンシアさんを不思議に思いながら、彼女の器にスプーンを伸ばす。


「うん。ブルーハワイの方もおいしいですね。王道って感じの味がする」

「は、はい......!」


 そうしてかき氷を食べ進めて、容易に完食した。

 何故だか顔を赤くしているシンシアさん。

 少し心配しながら見ていると「コホン」と仕切り直すような咳をした。


「――次はチョコバナナです!」


 バナナの全身がチョコでコーティングされ、カラースプレーが散りばめられている、お馴染みのチョコバナナだ。

 

 シンシアさんが一口齧ると、軽快な音が鳴ってチョコレートが割れていく。


「パリッとしたチョコレートとトロッと熟したバナナが混ざり合ってガツンと来る甘さ! 最高ですね、オベトさん!」

「はい。カラースプレーのジャリジャリ感も嬉しいところです」


 イカ焼き、キュウリの一本漬け、チョコバナナと、串物続きの中......。


「――次はたこ焼き!」


 一箱六個入りだったので、シンシアさんと分ける形で一箱だけ買った。

 カリッカリに焼きあがったたこ焼きの上に茶色いソースとマヨネーズ。そしてその上にかつお節とあおさのりがフワフワと揺られている。


 つまようじで一つのたこ焼きを突き刺すと、暖かい内に口の中に放り込む。

 出汁の旨味と濃い口のソース。

 そして外カリ中フワの生地は、完璧な組み合わせだ。

 大きくゴロっと入ったタコは歯ごたえがちょうどよく、噛み切りやすい柔らかさだった。


「生地もソースも良いですけど、何よりもタコが美味しいです! やっぱり、このタコも新鮮な気がします!」

「確かに、噛み切りやすくて小さな子供でも食べれそうですよね」


 そうして、沢山の料理を食べた後に......


「――最後はわたあめです!」

 

 フワフワとした雲のような物体にかぶりつくと、甘い香りが広がる。

 口の中で瞬く間に溶けてゆき、心地の良い感覚だけが残る。


「やっぱり、これですこれ! シンプルだけど可愛くて美味しいですよね~!」

「はい。俺も夏祭りでよく食べましたよ」

「なつまつり? それはお祭りの一種ですか? ここら辺では聞きませんけど......」

「い、いえ。こちらの話ですので、お気になさらず......」

「そうですか......?」


 そんな風に彼女と会話をしながら、わたあめを食べ終えると。


「ふぅ......。結構食べましたね。でも後、1,2種類くらい食べたいところですね......」

「そうですね。何か探しま――」


 突如として聞こえる、幾つもの悲鳴。

 何事かと思い、海の方向へと体を向けるとすぐに答えが分かった。


 縦に体長3mは超えるだろうという、巨大な蟹がそこにはいた。

 奴は屋台を乗り越えようとして長い足を引っかけるも、その重みに耐えられない屋台は轟音を上げて壊れていってしまう。


 そんな様子に、他の客や店員たちは悲鳴を上げながら逃げていく。

 まさに阿鼻叫喚。恐怖と焦りの混ざった声が次々と蟹から遠ざかっていく。

 しかし、そんな中でも俺は静かに立ち止まっていた。


「いや、オベトさん!? 早く逃げましょう!」

「あれはジャンボクラブか......」


 真っ赤な体に巨大な爪や足。中々に身が詰まっていそうだ。

 シンシアはジャンボクラブを静かに見つめるオベトを見て、何かを察していた。


「まさかとは思いますが......!」

「シルミアさん。まだお腹は空いていますか?」

「ま、まだ6割ぐらいですけど......。本気ですか!?」


 シルミアの問いかけに頷くオベト。

 彼は、屋台を破壊して暴れているジャンボクラブにゆっくりと近づいていく。


 先程までいた客や店主は一人残さず逃げ去ってしまい、辺りに人はいない。


(『スキル:一角』発動)


 彼が心の中で詠唱し、宙に手をかざすと、目の前に一角が現れる。

 角は瞬く間に回転数を増していき、熱によって赤く発光した後に発射された。

 

 角はちょうど蟹の甲羅の中心部分。心臓を綺麗に貫いた。

 元気よく暴れていた蟹は次第に動きを止めて、その場に倒れる。


「え......。オベトさんの力......?」

「あ、そういえば、シルミアさんは見るの初めてでしたね。実は――」


 これまでの言動から、シンシアさんに真実を告げたとしても秘密を守ってもらえるだろうという確信があった。

 なので、魔物を食べるとスキルやアビリティを手に入れるという事を彼女に伝えた。


 保管領域の嘘の説明をした時も驚いていなかったから、今回もすんなり受け入れてくれるかと思っていたが......。


「え、嘘......。魔物を食べればスキルが発現する......? そんな事が......」


 彼女は目をグルグルと回しながら、深刻そうに頭を抱えていた。


「とりあえず、ここでは人も戻ってきそうですし、場所を変えますか」


 俺はそう言いながらジャンボクラブを保管領域に入れ、シンシアさんを連れて屋台を後にした。



◇◆◇



 人気の無い砂浜にて、シンシアさんに白湯を出すと、彼女は少しずつ落ち着きを取り戻す。


「大丈夫ですか?」

「はい......。あまりにも衝撃的だったもので......」

「じゃあとりあえず一旦、その事は忘れて料理に集中しましょう!」


 俺は調理器具と食材たちを取り出し、さっそく調理に取り掛かる。


 最初に大きめの鍋に水を張り、火にかける。

 水には出汁粉と醤油、みりんを適当に入れておく。

 この世界は調味料に異様な程、種類があって本当に助かる所だとしみじみ思いながら、次の工程に入っていく。


 次に白菜やネギ、ニンジン、しいたけ、大根、水菜を適当に切って鍋へ投入。

 そして今日のメイン食材、ジャンボクラブを保管領域から取り出す。


「改めて見てもデカいなぁ......」


 流石に二人で全身を食べるのは無理なので、今回は足一本の半分だけを食べる。

 足一本だけでも普通の蟹の何十本分もあるので、それだけでこの魔物が規格外に大きい事が分かる。


 ジャンボクラブから一本の腕をもぎ取ると、半分の所で切り分け、爪先の方を使う。

 蟹の腕をまな板の上に立て、薪割りの要領でナイフを差し込んで殻を削いでいく。

 

 殻の中からは、宝石のように真っ赤に光る美しい蟹の身が見える。

 見ているだけでもお腹が空いてくるが、ここは我慢だ。

 

 そして削いだ殻は清潔な粗目の布にくるんで、鍋に入れて出汁を取っておく。

 身の方は中心の筋を取り除いて、少し大きめにぶつ切りしたら鍋へと投入。


 蓋を閉じて、ある程度煮立ったら完成だ。


「シンシアさん、出来ましたよ。ジャンボクラブの鍋です」


 蓋を開けると、野菜達と蟹が混ざった濃厚な香りが立つ。

 出汁取り用に入れておいた蟹の殻を取り出して、具材をよそう。


「わぁ~! いい香りですね! いただきます!」

 

 彼女は俺のスキルの事で頭を捻っていたが、よそわれた具材達を見ると、たちまち表情を明るくして食べ始める。

 彼女に続いて、俺も合掌をする。


「いただきます......」 


 さぁ、今回の食材ジャンボクラブは一体どんな味がするのだろうか。

 普通の蟹以上か、蟹未満か。

 俺は意を決して、赤く肉厚な蟹を口に含む。


「うん。美味しい。けど、なんかサッパリとしているような......」


 そう思いながら、一口、二口......。


「でも、普通の蟹より食べやすいかもしれない......。もうちょっとだけ......」


 そして、三口、四口、五口、六口......。

 気がつけば、次々と新しい蟹に手をつけていた。

 

「オ、オベトさん......! これ凄く食べやすいですよ! 手が止まりません!」


 目を見開きながら、自分自身の行動に驚いている様子のシンシア。

 

「俺もです......! この蟹、生臭さが一切無くて、後味はスッキリとしているから何本でも次を求めてしまう......!」


 蟹だけじゃなく、野菜と一緒に食べる事によって、蟹の美味さが数段押し上げられる。その事も相まって、オベトとシンシアは黙々と次の食材に手を伸ばして、鍋の中身はあっという間に残りわずかになってしまった。


「シンシアさん。最後にこれはどうですか?」


 俺は一つの小鉢をシンシアさんに渡す。


「これは......。かにみそですか......?」

「はい、獲れたてのかにみそをじっくりと弱火で加熱しました。そのままでも、鍋の具材を付けてみても美味しいと思います」


 するとシンシアは恐る恐るスプーンでかにみそをすくって、口に含む。


「っ! 美味しい! 濃厚! 本当に濃厚です!」


 そうして彼女は鍋の具材を皿によそって、そこにかにみそを少し入れて一緒に食べる。


「ん~! ほろ苦い大人な風味に優しい甘さ。そしてかにみその芳醇な香りが癖になっちゃいそうです! まるで先程までとは違う料理を食べているみたいで......!」


 満足げなシンシアさんを見て、こちらも嬉しくなり、彼女に続いて鍋に手を伸ばしていく。

 

 そうして、鍋の中身が空っぽになった頃。

 正午は既に超えて、日は傾いている。


 いつも通りに、頭の中に声が響く。

【 『アビリティ:動体視力強化』を入手しました 】


 もはや意に介する事も無く、シンシアさんとの話を続ける。


「ふぅ......。そういえば、結構食べましたね」

「はい。焼きそばにイカ焼きにキュウリ。かき氷とチョコバナナとたこ焼きと綿あめ! そして、何といってもジャンボクラブ! 私もこんなに大量に食べたのは初めてです! 本当に、どれも全部美味しかったですね......!」


 目をキラキラさせながら、今まで食べた食材に想いを馳せている様子の彼女。

 

「そうですね。今日は良い思い出になりました。シンシアさん、誘っていただきありがとうございます」

「え!? いえいえ! こちらこそ、あんなに美味しい料理を作っていただいて。感謝してもしきれませんよ!」


 そんな風に感謝を譲り合うような状況が何だかおかしく思えて、二人はお互いを見て微笑み合う。


「――帰りますか」

「ふふっ。そうですね。今から帰ったらちょうどいい時間になりそうですし」


 そうして俺達は美しい海に来たというのに、沢山の料理を食べるだけ食べて、帰路に着いた。



□■□



 【ジャンボクラブ】 ランク:C

 殻は鋼鉄に匹敵するほど強固で、加工すれば高級な装備になる。

 とある獣人の村ではジャンボクラブの甲羅を魔除けとして飾っている。

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