第13話 女の子に褒められるのは気持ちいい
今まで多重人格らしい所は一回も見せてないけど、実は僕は多重人格なんだ。
僕はギターを触ると人格が変わる。それは俺がギターを愛してるから。そして、ギターには大まかに二種類あって、エレキギター(エレクトリックギター)とアコギ(アコースティックギター)がある。エレキは電気信号で増幅させた音をアンプから出す。アコギは電気を使わずにボディに大きな空洞が空いていて、その振動で音を出している。多分どっちのギターを触っても僕は人格が変わる。エレキの方が思い入れが強いけど、アコギの方でも変わるはずだ。
実は変わった後、俺から僕に戻る明確なトリガーは無い。僕は一回だけ変わったことがあるんだけど、ギターを触ったら、記憶が飛んで、気づいたら部屋は滅茶苦茶になっていて、ギターが真っ二つに折れていた。その時母さんが見ていたらしいけど、ギターを触ったら人が変わったように暴れていたらしい。
治療にはメイン人格である、俺の人格の協力が必要だが俺はギターを触った時以外出てこないし、もしかしたら暴れる危険性もある。
医者が言うには、メイン人格の俺は心の中で癒されるのを待っているらしい。
多重人格は主に強いストレス、耐え難い心的外傷で発症するようだが、僕の場合原因は明確だろう。父さんと母さんの離婚、憧れていた人が落ちていく様。その苦痛から逃れるため、俺は音楽が好きでは無い僕を作って、無理やり音楽をやめた。
そして、一般的に多重人格といわれるが、ひとつの肉体に複数の人格が宿っているわけではないらしい。あたかも独立した人格のように見えても、それらはその人の部分だそうだ。
他の人格は、その人が生き延びるために必要があって生まれてきたのであり、すべての人格は何らかの役割を引き受けている。
僕の役割は音楽をしないで過ごすこと。かつて、俺と父さんが愛していた音楽をしないこと。そうすれば俺は苦しまないから。思い出さないで済むから。
まあ、僕はもう十分癒やされているよ。『俺』よ君はこの笑顔が見れないことが残念だと思わないか?
「
日向さんが拍手して、僕を褒めてくれる。女の子に褒められるのは気持ちいい。これは男なら誰でもそうだろう。
僕は軽音部の部室でピアノを弾いていた。
正確にはピアノの
それなら、この楽器一つで良くないって思う人もいるかもしれないけど、そういうわけにはいかないんだよね。やっぱり音の良さは本物には劣るし、複雑な奏法は再現できない。
軽音部の部室には僕と
ちなみにピアノはそんなに上手く無い。実際何度かミスタッチをしてしまった。父さんはピアノもギターもベースもドラムもプロ級だったけど。なんなら、サックスとかも吹いてたよ。
僕の役割は音楽をしないで過ごすことなんだけど、女の子の前でカッコつけたいから許してくれるよな俺。悪い。
「……そう。水瀬は、ピアノもドラムもベースも弾ける」
三宅はドヤ顔で言った。
「……全部初心者に毛が生えた程度だけどね」
僕はベースを手に取ろうとしたがやめる。
ギターとベースは見た目は似ているが、役割と構造は違う。ギターは六弦、ベースは四弦だ。まあ、四弦以上のベースもあるけど。そして、ギターよりベースの方が弦が太く低い音が出る。
ベースで人格は変わらないと思うが、一応触らないでおこう。
「……水瀬、ドラムもやってみてよ」
「えー、ドラムかあ。まあいいよ。てか、勝手に使っていいの?」
「いいよ。わたしが許可する」
ならいいか。いいのか? まあ今更か。
僕の曲ではだいたい、ドラムとベースは打ち込みだ。でも、一回だけ父さんに叩いてもらったっけな。
僕はドラムを八ビートのリズムで叩く。クローズドハイハットを八分音符で刻み、バスドラムを一拍目と三拍目に鳴らして、スネアを二拍目と四拍目に叩く。この繰り返し。あんまり難しいことはできない。
ドラムを叩くのをやめたら、三宅と日向さんがなんか喧嘩している声が聞こえた。
「……わたしは、水瀬と中学から一緒だった。中学の水瀬、あなたは知らないでしょ?」
「……へー、それだけ? 私は悠也くんとキ――」
僕は慌てて日向さんの口を塞ぐ。
「なんでもないよ」
僕は日向さんにだけ聞こえる小さい声で言った。
「……………日向さんそれはさすがに秘密ね」
「……うん、そうだね」
「じゃあね。三宅、邪魔して悪かったね」
「……うん、またきてね、水瀬。次は一人で」
「私もまた来るね。三宅さん」
「……? わたしの言葉が理解出来なかった?」
「いいから、ほら、帰るよ日向さん。三宅もあんまり喧嘩売るなって……」
この二人はあんまり相性が良くないかもしれない。
帰り道、二人で並んで帰る。一応、人通りの少ない道だし、周りに見られないよう警戒はしている。
ここを通ると催眠で一緒に帰ったのを思い出す。あの日の光景が遠い出来事のように思える。
「中学の頃、三宅さんとはどういう関係だったの?」
日向さんが僕に訊いてくる。
「いや、別になんともないって……」
「本当に?」
「本当だよ」
三宅はよく僕にくっついてくるやつだった。中学の頃、僕はその、イキってたんだけど、その姿に憧れちゃうとかやばいぞ三宅。
急に、日向さんはスマホを取り出すと僕に催眠をかけてくる。
「え? なに、急に」
僕は催眠にかかってしまった。
「中学の時、三宅さんのこと好きだった?」
「いや、違うけど……」
「中学の時好きだった人は?」
「隣のクラスの小林」
「……その人のことは今でも好き?」
「………いや」
「あ、そういえば……これ答えるのは催眠かかっている最初の人格なんだっけ……」
日向さんはアプリを終了して催眠を解除した。
「で、どうなの? 悠也くん」
「小林は違う高校行ったから……、だから今は好きじゃないよ」
「そう? ならいいけど」
もしかして、日向さんに催眠アプリがある限り僕は昔のことは何も隠し事はできないのか。
「……もしかして、催眠かければ私、最初の人格と会話できる?」
「あー、確かにそうかも」
それは会話ではないかもしれないけど。尋問かもしれないけど。
「……悠也くん、もう一回催眠かけていいかな?」
「……また、今度にしてくれよ」
「わかったよ。じゃあね。悠也くん、またあした!」
「ああ、バイバイ日向さん。また明日」
日向さんは僕に手を振って、自分の家の方へ行った。
思い出すな、日向さんに催眠かけられて、一緒に帰ったこの道。今回は催眠はかけられたけど、僕の意思で一緒に帰った。
今度の手を振る影は二つだ。
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