第12話「魔導教会②」

天欠優一は若い教員である。大学で免許を取り、地元の私立高校で教鞭を執っている。

一人暮らし用のマンションに住み、いつもは愛車で学校まで通勤する。

そういう設定だった。

本日も黎明を告げる目覚ましが鳴り、軽く朝食を済ませ、いつも通り車に乗ろうとしたところで、一人の男に呼び止められた。

「教会の手先が何の用だ。悪いが俺は仕事で忙しい。」

「やだなぁ人聞きの悪い。残念だけど仕事の話なんすよ。センパイ。しかも緊急の。」

「………簡潔に話せ。日栄。」

やってきたのは若い男だった。髪は茶髪。話し方は後輩気質で軽い感じではあるが、スーツを着こなしたできる若手社員という感じだ。

「………教会がなにやら昨晩から忙しないです。それに、俺みたいな末端には情報が降りてないっすけど、何やら生贄が、とか聞こえてきました。また何かの儀式を行うつもりかと。」

「………そうか。………悪い、少し待て。」

ポケットのスマホが鳴った。天欠は日栄を静止し電話にでる。

「………はい。はい。分かりました。私の方でも探してみます。はい。よろしくお願いします。」

軽く話した後、スマホをポケットにしまう。

「……当たりだな。直ぐに出る。手伝え、日栄。」

「………何があったんですか。」

「曙が攫われた。」




「駿、学校からの報告は聞いたな。」

『はい。やっぱりあれって………』

「あぁ、曙のことだ。今は実名を出すか審議中らしいが、彼女で間違いない。両親や教師陣、警察とも連携を取り捜索を始めているが、程なくして警察の操作は打ち切りになるだろう。」

天欠は日栄を乗せ、巫の家に向けて車を飛ばす。

先程天欠に来た連絡は、学校曰く、昨晩なかなか帰宅せず、電話を掛けても繋がらないゆらぎを不審に思った両親が警察に通報。朝方学校にも連絡が行き授業は臨時休校。教師陣は捜索にあたれとの指示であった。

『打ち切りって、それじゃあやっぱり……』

「教会の事案でまず間違いない。直ぐにでも警察に圧力が掛けられ、家出の様に適当に理由を付けて揉み消される。警戒を怠った俺の責任だ。」

『いえ、師匠だけの責任じゃないです。僕達も油断してた。………昨日、誰かが彼女を家まで送り届けていれば…………すみません……』

昨日はたまたま部員それぞれに予定が入っていたため、それぞれが直ぐに帰宅していた。

いつもは全員まとめて天欠が家まで送り届けていたが、昨日だけは違ったのだ。

(……色々憶測するのは後だ。)

原因を考えれば暇が無いが、今すぐ対策を考えねばゆらぎの見に危険が及ぶ確率は跳ね上がっていく。とにかく時間が惜しい。

「3人にも声を掛けておいてくれ。直ぐに向かう。」

そこまで伝え、天欠は通話を切った。

「行動に迷いが無いですけど、アテはあるんですか?俺が道案内してもいいですけど。」

「そうだな。内部に入った時に頼む。儀式上の詳しい場所は俺には分からん。」

「儀式上って……祭壇まで乗り込むつもりですか?あそこは厳重な警備と生体認証が必要なんですけど、俺でもまだ認証されてませんよ!」

助手席の日栄が困惑の表情を浮かべている。

「曙を攫ったということはそういうことだ。覚悟を決めろ。加えて生体認証は問題ない。何のために俺がガキどもの相手をしていると思ってる。」

「ガキども……?……!?巫駿か……!」

「はは、勉強熱心だな。その通りだよ。最悪駿も捕まえる為の撒き餌だろうがな。」

そう言う天欠の手は、ハンドルを強く握り締めていた。

「曙ゆらぎに巫駿。つまり……『権能』案件。」

「そう、あの日の儀式の再来だ。」

「………まずいですね。下手すれば死人が大勢出る。」

彼らは最悪の事態を想像し、気を引き締め直した。



「んん……」

冷たく硬い床の上で、ゆらぎは目が覚める。ひんやりとした感触が伝わり、ぼんやりとした意識が一気に覚醒へと引っ張り上げられる。

「ここは……」

当たりを見渡せば部屋の明かりは小さな燭台。何も無い部屋。固く閉ざされた鉄格子。窓も風の音も無い。恐らくは、地下。

「…………嘘。」

他に誰もいない空間に緊張感が漂う。暑くもないのに冷や汗が滴る。慌てて立ち上がろうとするが、

ガチャリ

と、音が鳴る。足は鎖で繋がれていた。

「そんな……お願い、外れて!!」

焦ってガチャガチャと引っ張ってはみるが、外れる気配は無い。

同時に恐怖が込み上げてくる。不安と絶望、そして後悔。あのとき1人になってしまったことが原因であると悟る。

(魔術を極め、魔導士としての振る舞いや存在を至高とするカルト宗教団体━━━━━━━━)

ふと、走馬灯のように天欠の言っていた言葉がフラッシュバックする。

その言葉を信じるなら、まず間違いなくゆらぎを攫った者は、

「魔導教会………」

「あら、察しがいいのね。曙ゆらぎさん。」

「っ!?誰!?」

振り向けば、牢の外には1人の修道女が立っていた。シワの無い整えられた修道服に身を包み、首からはヒビの入った十字架を掛けている。その服の特殊性を除けば、優しそうで上品な女性だ。

「初めまして。私の名前は巫香織。駿がいつもお世話になってるわね。」

その女は恭しく胸に手を当て、穏やかな笑みを浮かべる。

「巫…………君の」

「えぇ、今は離れて暮らしているけれど、私の自慢の息子よ。仲良くしてくれて嬉しいわ。これからもどうぞよろしくね。」

「は………はい……」

怪訝に思いながらも、思わず頷いてしまう。この女の言っていることを正直に信じて良いものか悩むところだが、ゆらぎは少しずつ落ち着いていく。香織はそんな不思議な雰囲気を纏った女性だった。

「手荒な真似をしてしまってごめんなさいね。私としてはもっと丁重にもてなすつもりだったんだけれど……あぁ、そういえば、貴女を襲った部下はちゃんと躾しておいたから。安心してね。」

「は、はぁ……そうですか……」

部下というのは先日魔獣をけしかけてきた魔導師のことだろう。処分が下っているはず、という話は巫達から聞いていたが、今はそれよりも気がかりなことだらけだ。

「その……いくつか質問してもいいですか?」

「えぇ、もちろん。可能な限り誠実に答えさせてもらうわ。」

存外あっさりと質問の許可が降りた。断られるだろうと思って言ってみたが、その表情を見るに、今の言葉に嘘は無いように見える。

「ここはどこなんですか?」

「ここは魔導教会の本部。その最奥。『祭壇』と呼ばれる場所に繋がる地下牢よ。」

「祭壇………何をするところなんですか?」

ゆらぎは恐怖を押し殺し、情報をできるだけ集めようとしていた。少しずつだが心が静まってきている。そして時間が稼げれば、皆が助けに来てくれる、そんな願いを支えに香織を見据える。

「儀式を行うところ。心配しないで。貴女は触媒だから、死にはしないわ。」

「…………私で何をするつもりなんですか」

「………『ソフィアの手記』の話は聞いたかしら?」

「…………ソフィア?」

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