剪断(2)
子どもがどうやって生まれるのか。十歳を過ぎても考えたことはなかった。
三歳の六月二十八日のこと、予定日よりも少し早く、弟が生まれた。名前は
前日の夜は狂気じみて痛がっている母さんを見るのが辛かった。存在しないふりをしたくて、ダイニングテーブルの脚に隠れるものの、ソファで
夜中の二時半を過ぎて、病院の硬い椅子で父さんの膝を枕にして寝ていたとき、生まれた赤ちゃんには脳に障害があると聞いた。何時間も待ったことによる強烈な眠気が襲うなかでも大切な話をしていることは
赤ちゃんが生まれてから何週間も、病院と家とを往復した。その回数は眼科に通っているときよりもずっと多かった。眼鏡を掛けるようになってから、母さんが何度も「あれは見える?」などと
父さんに抱かれて初めて見た弟は、物々しい多くの機械に繋がれていた。管の刺された青白く痩せ細った塊は、
「病気があっても優しいお兄ちゃんがいるお家なら安心だろうって、真宙は我が家を選んで生まれてきてくれたんだね。」
父さんは僕が怯えているのに気がついたのか、
東北の震災があってすぐのこと、真宙が就学するのをきっかけに特別支援学校が近くにある地区に引っ越した。重度の障害がある子どもを受け入れてくれる小学校はあまりないようだし、母さんの実家も近く、何かと都合がよいらしい。習い事もせず、親しい友だちもいなかった僕は、転校を
しばらくして、各自で書いた自己紹介カードが廊下に掲示されたことで、朝のホームルームの前に廊下がごった返していた。群れたがる子どもたちに
「──うちは、その…インランってやつじゃない。」
たどたどしく
彼らとは違う学校に行くために、僕は中学受験をしたかった。けれど、我が家には金銭的な余裕がないようだ。障害というのは際限なく金が掛かるらしい。真宙は食事も排泄も、呼吸さえ自発的にはできない。入退院を繰り返す真宙を中心とした生活を送るしかなかった。僕の服さえ親戚にもらうことが増えているし、誕生日もクリスマスも去年からプレゼントはなかった。出前だって取らない。夜な夜な金の話で揉めていることも知っている。当然、塾に行きたいとは言えなかった。
それでも、母さんは何もしてあげられないことをこれで帳消しにして欲しいと願うように、毎月千円のお小遣いをくれた。今の時代、わずか千円で何ができるのかわからない。そこまで考えて渡しているようには思えなかったが、友だちのいない僕には十分足りた。その金で参考書を買って秘密裏に勉強をする。そして六年生の僕の誕生日、貯めておいた受験料の五千円を渡して「受験をしてみたい」と打ち明けたのだ。交通費もほとんど掛からない公立の中高一貫校を一校だけ。母さんはその金を受け取らず、真宙を祖母に預け、車で受験会場への送迎までしてくれた。でも本当は、「私立も受けてみたら」と言ってくれることを少しだけ期待していた。試験会場で見た育ちのよさそうな襟付きのシャツを着ている少年少女。塾にも行っていないパーカー姿の僕は、こんな県内トップレベルの学校に足を踏み入れてはいけないのだと痛感させられた。初めて受けた試験は、惜しくもなんともない場違いの点数で不合格だった。
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