第10話 二人ともキスなんかしやがって!
ポラリス寮のお風呂は少し小さな銭湯みたいな感じで、グループごとに利用する順番と時間帯があらかじめ決まっている。その日は私たちのグループが夕食の直後ということもあって、これ以上余計な無駄話を———まあ、私にとっては余計でも無駄でもない死活問題を話し合う余裕は無く、私たちは巻きで残りの夕食を食べ終え、部屋に戻ってお風呂に入る準備をした。
「ツムギさん、動かないでくださいまし」
「動いてないよ~」
風呂上がり。いつものように、田野村はツムギにドライヤーをかけていた。
一方のツムギはというと分厚いブラウン管に映し出されたゲーム画面に集中し、レトロなシューティングゲームをして遊んでいる。三人で使っている壁際の本棚は、ツムギのスペースだけが往年のレトロゲームで埋め尽くされていた。
『それで、政治的な問題って?』
夕食時、二回訊いたにもかかわらず、風呂の時間が近いということで結局うやむやにされてしまい、今に至っている。いくら今後に関わる死活問題とは言え、三回もバカに同じ質問をするのは、流石に私のプライドがそれを許さない……かと言って、このまま黙って聞かなかったことにしてしまうのも、それはそれで癪に障る……。私は、難しい決断を迫られていた。
「……さあ、これで良いですわ」
「悪いね~、助かるよ」
ツムギは華麗に敵の弾丸を避けると、一方的に敵機を撃墜し続けていた。ハイスコア更新なるか。
「それで、木花さん」
田野村は私の方を向いた。もしかすると、流れが来たのかもしれない。
田野村は、先ほどの私の質問を忘れていなかったのだ。私から訊き直すのはともかく、向こうから勝手に教えてくれる分には何の問題もない。
「なに、田野村」
「一体、どんな手を使いましたの?」
「……ん? どんな手?」
「執行委員会に入った、その方法ですわ。一体、どうやって潜り込みましたの?」
「あんたねえ……」私はため息をついた。
期待した私が馬鹿だった。田野村は、まるで私がとんでもなく汚い手を使って聖域に侵入したみたいに言った。失礼な! 私は真正面から、正々堂々、恥じるべきことはただの一ミリも無く、公明正大に、執行委員会入りを果たしたのだ。
だが仕方なく、私は当時の状況を説明した。田野村はコップになみなみと注いだコーヒー牛乳を「ぷはーっ」とやりながら、私の話に聞き入っていた。田野村曰く、『お風呂上がりのコーヒー牛乳は、高貴なレディの嗜みですの』とのこと。田野村には、私にも良く分からない謎のお嬢様観があるらしい。
「なるほど、ですわ……」
私の話を聞き終えた田野村は、うんうんと頭を悩ませているようだった。
「
「へえ、そうなんだ」ってかコイツ、こういうことだけは何でも知ってるな。
「……それで? 京都の出身だから何かあるの?」
「お二人ともニコニコと、感じの良い笑みを浮かべていませんでした?」
「うん。まあ、二人とも優しかったよ」
「あ、あなた、大物と言うか、なかなか図太いですわね……」
「?」
コーヒー牛乳を飲むと、田野村は「まあ、いいですわ」と話を切り替えた。
「あなた、これからは、言葉の裏を読むように気を付けた方がよろしいですわ」
「言葉の裏?」
「ええ、高貴であればあるほど、基本的に本音を口にすることはありませんの。執行委員会で活動するなら、常に、言葉の裏に隠された本音を読み解かなくてはなりませんわ」
「……え、何それ、メンドくさくない?」
「面倒でも何でも、それがこの学園の常識ですわ」
……え、そうだったの?
星王に入学して二週間近く経った今、私はようやくこの学園の常識とやらを知った。
田野村は話を続ける。
「執行委員会ともなれば、恐らく、わたくしには想像もできないような恐ろしいやり取りが……」
「いやいやいや、考え過ぎだって」
昼間の光景を思い浮かべながら、私は笑って否定した。
「鳳先輩も都公宮も良い人だったし、それに、噂のショートケーキと美味しい紅茶まで、タダでご馳走してくれたんだから」
「そう、それですわ」
「それ?」
「どうして、三人分のケーキがありましたの?」
「お客さんが来た時のために、いつも用意してるんだって」
「あなた、それ、本気で信じていますの?」
「説得力はあったよ。だって、ムチムチだったし」
「……むちむち?」
田野村は不思議そうに首を傾けた。
「うん。鳳先輩の、ムチムチのボディ」
「……ま、まあっ! あなた、高貴なレディに何てことを」
「それは、こんなボディですかな~?」
「ひいッ⁉」
気が付くと、いつの間にかツムギは私の後ろに回り込み、服の中に素早く手を入れていた。
「んっ……ツムギ、やめっ……」
ツムギは慣れた手つきで、遠慮なく私のお腹を
「おや? モモさん、意外と細いですな~」
「ちょ、やっ、やめっ……って、あんた力強くないっ⁉」
小柄なくせに、ツムギの力は強かった。きっと、アメリカ人のムキムキなお父さん譲りに違いない。私が必死に振り払おうとしても、まるで石像のようにビクともしない。それどころかツムギは、いっそうお構いなしに私のお腹を弄った。
「つっ……ツムギっ……もう、本当に……」
「つ、ツムギさん、はしたないですわっ!」
「……おや? タノさん、珍しくヒゲができてるじゃないか」
ツムギはあっけなく私の拘束を解くと、田野村の方に向かった。
「……え、終わり?」
助かったものの、何故か納得のいかない私……というか、あまりに不完全燃焼すぎて何ともへたーッと気が抜けてしまった。
田野村の口元には、コーヒー牛乳の跡が薄っすらと浮かんでいた。
「……あら、本当ですわ」
ご丁寧に手鏡でそれを確認すると、田能村はわざわざティッシュに手を伸ばした。田野村はいつもお嬢様ぶってるが、こういう所は本当に上品だ。
「タノさん」
「ん?」
田野村が自分の方を向いた瞬間、ツムギは素早く手を取ると、そのまま田野村にキスをした……って、え、マジ⁉
「ッ⁉」田能村は驚き、一瞬目を丸くしたが、直ぐに両目を閉じてしまった。
普段は愚かで、馬鹿で、やかましい二人だが、悔しいことになまじっか顔だけはアホほど良いので、こういうシーンが自然と絵になってしまう。
私は気分が高揚してしまうことに苛立ちを覚えつつも、結局、最後まで二人から目が離せないのだった……ちょ、ちょっとうらやましいかもとか、そんなこと……わっ、私は、思ってないから!
「……も、もうっ! さっきから何をやってるんですのっ!」
「うへ~」
田野村はツムギを押しのけた……本当は、自分だって満足してたくせに!
顔色一つ変えないツムギとは対照的に、田野村の顔は茹で上がったタコみたいに真っ赤だった。
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