第3話 もう一人のルームメイト、ツムギ・クリーブランド!

 星王には三つの食堂がある。私たちは、一般生徒御用達の食堂『ルミエール』にいた。


 「せっかく良い商売がせきそうでしたのに、木花さんのせいで台無しですわっ!」

 田野村はぷりぷり怒りながら、スプーンでオムライスをつつく。直前までぷんすか怒っていたくせに、オムライスを口に入れた瞬間、「んん~、ふわとろですわ~!」と、満足そうにほっぺたをさすった。


 「タノさん、何をするつもりだったんだい?」

 その横でポークカレーを食べるのは、私たちのルームメイト、ツムギ・クリーブランドだ。父がアメリカ人、母が日本人のハーフで、美しい小麦色の髪は毛先が少し丸まっていて、それが彼女のチャームポイントだった。


 ツムギはマイペースなのんびり屋で、いつも眠たそうにおっとりとしている。せっかく可愛いのに、もったいない。もし、ツムギがイケイケな性格だったら、ポラリス寮の女子の半分くらいは恋に落ちていたと思う。

 ……ぶっちゃけ、ツムギと同部屋になって初めて顔を合わせた時、私は軽く惚れかけてしまった……もちろん、今となっては昔の話である。


 「何が商売よ。ただのぼったくりじゃん」

 「山頂で買うジュースは、スーパーで買うよりずっと高いんですの。それと同じですわ」

 「それはそうだ」ツムギは田野村に同意した。


 「だって十倍だよ? 十倍」

 「私と酒城さかしろさんで合意した値段なら、何も問題ありませんわ」

 「それはそうだ」ツムギは田野村に同意した。

 「いや、それは酒城さんが普通の値段を知らなかっただけで」

 「いいですこと、木花さん。社会は厳しいんですの」

 「……は?」

 急にもっともらしい顔をした田野村に、私はイラっとした。


 「それはそうだ」ツムギは相変わらず田野村に同意する。

 「ひとたび社会に出れば、自分だけが得をしようとする人はごまんといますの。そうした社会の厳しい常識を教えるために、一般生徒がこの学園に通っていますの」

 「……いや、そこは自分で良いじゃん」田野村も同じ一般生徒である。『私のような』と言えば良いものを、何故か私の名前を出す。


 「う~ん、いつ食べても、ここのカレーは美味しいね~」

 「……いや、そこは同意してよ」こんな時に限って、ツムギはカレーを食べる。少し黄色くて、大きな野菜がゴロゴロと入っている昔ながらのポークカレー。一般食堂では一番人気のメニューだ。



 「……という訳で、カップラーメンの値段に、社会の厳しさを教える授業料を上乗せさせていただきましたの。将来的に悪い大人に騙されなくなると考えたら、三千円はお買い得ではなくって?」

 「それはそうだ」ツムギは当然のように田野村に同意した……ってか、何だコイツら。私は、いよいよ腹が立ってきた。私は教室で起きようとしていた『カップラーメン3000円ボッタくり事件』を未然に防いだだけなのに、どうして二人にごちゃごちゃ言われなければならないのか。

 私はムスッとしながら、唐揚げを食べた。


 「ほら、ツムギさんも賛同してくれてますわ」勝ち誇ったような田野村。

 「タノさん、良い商売を見つけたね。投資するよ」

 ツムギはポケットから五千円札を出した。

 「ごっ、五千円も⁉ ほ、本当にいいんですのっ⁉」

 「元本は保証しなくていいから、ハイリターンで頼むよ」

 「任せてくださいまし! 今週末にでも仕入れに行ってきますわっ!」

 「……ん、頭痛くなってきたな」


 バカは無視して、私は玖我磨くがま先輩のことを考えることにした。

 艶やかで麗しい黒髪、ミステリアスでどこか憂いのある瞳、優雅に歩く後ろ姿……振り返ると、玖我磨先輩は私に優しく微笑みかけ、コツコツと近づいてくる……そうして、私は気が付くと壁際に追い込まれてしまい、壁ドン、次の瞬間には……。


 「ちょっと、聞いているんですのっ!」

 「……ふえ?」私は田野村の声で現実に引き戻される。最悪の気分だった。せっかくゾーンに入っていたのに、あと少しで良い所だったのに、バカのせいで全て台無しになってしまった。

 「何?」私は愚かな田野村を厳しく睨みつけた。

 「よ・だ・れ。また、出てますわよ」

 「……」ベチョ。

 嘘だと思って口元に手を当てると、ひどく不快な感触がした。


 「ああもう、ほらほら、ちゃんと紙ナプキンで拭くんですわ」

 私の方に回り込んでくると、紙ナプキンで口元をゴシゴシする田野村。

 「それはそうだ」またしても同意するツムギ。

 「ねえ、木花さんたち、またやってる~」

 「相変わらずね」

 「本当、あの三人って面白いよね~」

 後ろの方から聞こえてくるクスクス笑い……もう、何もかも最悪だ。


 「さあ、もういいですわ。でも本当に、世話の焼ける人ですこと」

 私の口元を拭き終えた田野村は、小さな子どもを見るような目で私のことを見つめていた。


 本当に、何もかも最悪の気分だった。

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