第7話 ギャルは勉強会がしたい

「俺思うんだけどさ、テレビ業界に入ったら芸能人ハーレム作れる気がするんだよ」

「は?」

「いやまじでまじで。俺のパッションなら絶対に作れるんだよ!」

「まずはこの学校で作ってから言ってくれ……」


 今日も山根は朝からアホだな、と思う。

 いつも通りの何も変わらない日常だ。でも、最近はサインの件で毎日追われていたので、なんだか久しぶりな感じがした。

 昨日望に無事赤城のサインを渡すことができて、ついに俺の日常が戻ってきたというわけである。


「おはよ、灰谷くん」

「おはよう」


 赤城と大川が登校してきた。

 大川は元気な声で「おはよー!!」と皆に手を振っている。朝から元気なやつだ。


 そして、赤城と大川は当たり前のように俺の席の近くまで椅子を持ってきて座った。

 謎の四人で机を囲むのがもはや日常になってしまっている。

 相変わらずクラスメイトたちの目線が痛い。良いように捉えるのであれば、羨望の眼差しというべきか。


「灰谷くん、昨日はありがとね。色々とドキドキすることばっかりだったね!」


 赤城は俺に向かってにこりと微笑みかけた。

 

「ああ、まあ……」

「え??」


 山根と大川が俺の方をぽかんと見つめている。

 何か変なことでも言っただろうか。

 …………ん? ちょっと待って。赤城の言い方、良くなくないか? ドキドキすることばっかりとか、なんか勘違いされてない?


「ちょ、赤城なんか変な誤解——」

「灰谷くんがウチで着替えてる時とかさ——」

「ちょっっっと待て!!!」

「えええええ!? ウチで着替え!??!!?」


 大川が飛び上がって驚く。

 山根は殺意の籠った目をかっ開きながら俺に視線を突き刺す。

 ちょ、まじで勘弁してくれ……。何してんだ赤城……。


「ちょっと待ってくれ誤解だ。俺はただ——」


 赤城は人差し指を俺の口の前に立てた。そして、にやりと笑った。

 昨日ことはどうやら他言無用らしい。でもこの状況……。


「えーーなになに?! 秘密の関係ってやつ!? お姉さんドキドキしてきちゃった」

「違うって!」


 俺は真っ赤になりながら否定をしたけど、大川と山根は全然信じてくれなかった。

 ひとしきり俺を揶揄ってから、大川は思いついたように言う。


「あ! ねえもうすぐ期末テストだからさ、私良いこと考えた」


 ここ数日間でわかったけど、大川は山根並みに適当なことを言うやつだ。良いことというのも絶対に碌なことじゃないと思う。


「いいことって?」


 赤城が興味を持っている。


「ふふ。学生の青春イベントといえば……。そう! 勉強会!」

「勉強会……? いやいや、大川って勉強とかしないだろ」


 思っていたことが漏れてしまった。

 絶対に大川みたいなギャルは勉強とかしないだろ。……偏見だけど。


「あら、失礼だこと。人を見た目で判断するなんて、遅れてるねえ灰谷」

「え? 大川って勉強とかちゃんとするタイプなのか?」

「ふっ……。……私がそんなタイプに見える?」

「いや、見えない」

「正解」

「……あっそう……」


 じゃあなんで勿体ぶったんだよ……。


「まあ細かいことはいいの。とりあえず青春っぽいから勉強会しよ。ラッキースケベもあるかもよ? 男子諸君」

「まじで!?!?!?!?」


 黙っていた山根が急に立ち上がった。目が充血している。

 こいつ……。こういう話の時だけスイッチ入るのなんなんだ。


「いや、ラッキースケベって予告するものじゃないだろ……。ていうか、勉強会って言っても、赤城は仕事で厳しいだろ多分」

「まあ基本的には放課後も土日も仕事だねー。でも、今週の土曜日は空けられそう!」

「マジですか天使様!?」


 山根のテンションが上がっている。


「お、じゃあ今週の土曜日にみんなで勉強会しよー! じゃあ場所は灰谷んちで!」

「…………は?」


 いやいやいや。なんでそうなる。そもそもこの歪な四人で勉強会するのもなんか変な感じがするけど、そこは百歩譲ったとして。なんで俺んちなんだよ。


「俺の家もあるぜ!」


 山根がすかさず親指を立てながら言う。


「えー、山根の家はなんかイカ臭そうだから無理」

「……ひどい……」


 山根は膝から崩れ落ちた。


「じゃあ大川んちとかでもいいだろ別に」

「え……? 灰谷、もしかしてお姉さんとイケないコトしようとしてる……?」

「いや違うって! 俺んちじゃなくてもいいだろってことだよ!」

「えー。だって男の子家に連れてきてるのお兄ちゃんにバレたらやばいんだもん」

「それはどういう……」

「お兄ちゃん超絶ブラコンの元ヤンで百キロ越えのマッチョでさ」

「あ、じゃあ俺の家で大丈夫です……」


 俺はなんだかパンドラの箱を開けた気分になったのだった。

 さすがに現役アイドルの赤城の家というわけにもいかないので、消去法で俺の家に決まった。

 俺の家だとしても、赤城が男子生徒の家に遊びにいくこと自体は問題ないのだろうか。流石に変装とかするのか……?


「楽しみだね! 土曜日は仕事入らないようにしないと」

「じゃあ持ち物は勉強道具とやる気ということで!」

「女子と勉強会女子と勉強会ラッキースケベラッキースケベ……」


 なんか山根だけ変な気合いが入ってる気がする……。

 ——ガラッ。

 担任の宮下先生が教室に入ってきた。

 先ほどまで歓談をしていたクラスメイト達は一斉に席につき始めた。


 宮下先生は小柄な女性教師だ。度が強いメガネをしていていつも小声で喋っている。気が強い方ではないので、あまり怒ったり注意をしたりすることは少ない方だ。


「み、みなさん座ってください。あ、朝のHRを始めます……」

「せんせー! 事件です! 灰谷が心とイケない関係になってるみたいでーす!」


 大川が急に立ち上がり、静まり始めていた教室に爆弾を投下する。


「は!? ちょ……」


 クラス中がざわつきはじめた。当然の反応だ。先ほど山根から向けられた殺意の籠った視線がいたるところから集まってくる気がした。

 ふざけんなこいつ……。なんてことしやがる……。


 「そういうことは大人になってからしてください」とか言いながら宮下先生は顔を赤くして俯いていた。

 俺は絶望しながら頭を抱える。これだから陽キャ女子は。

 その時、ポケットの中でスマホが震える感覚がした。


 なんだろう、と思いポケットからスマホを取り出して画面を見ると、赤城からメッセージが届いていた。


『今日の放課後、屋上に来れる? 話したいことがあって』


 話したいこと……? この流れは告白……? 俺に興味があるとかなんとか言ってたよな……?


 思わず赤城の方を見ると、赤城はこちらを向いて軽く微笑んでいた。

 なんだか赤城の顔が直視できなくて、俺は目線を逸らす。

 まさか、そんなわけないとは思うけど、逆に屋上まで呼び出して話すことなんて告白以外にあるか……?


 この後、俺は全く授業に集中できなかったのであった。

 

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