なぜか同じクラスのS級美少女アイドルのマネージャーになった

三田さん

第1話 同じクラスのアイドル

 人間社会には見えない境界線があると思う。

 一般人と有名人、スクールカーストなんかもそれにあたる。それを隔てた人間同士は別の世界で生きていて、それを越えることはできない。

 だから人は諦めて、受け入れて、迎合する。

 天変地異か、時空の歪みか、あるいは世界の定義が覆されたりしない限り、その現実は付きまとうんだと思う。


 だから俺は今の日常を受けて入れている。それに、別に特に大きく変えたいとも思わない。

 ほどほどに退屈で、ほどほどに平和なこの日常を。


「なあ灰谷、昨日のおかず教えろよ」

「いや、昨日は普通に寝ただけだ。おかずとかない」

「いや! 嘘だね!」

「なんでそう思うんだよ」

「……匂いでわかるんだよ」

「いやいや意味がわからん」


 朝っぱらから下ネタ全開なこのアホは同じクラスの山根 努やまね つとむだ。

 見た目はなんというか、一般男子生徒って感じで特に特徴はない。俺と同じクラスのモブキャラというか、目立たない側の人間だ。

 高校に入ってから約二ヶ月、俺は席が前後になっただけのこいつとそれなりに仲良くしている。とはいっても、学校にいるときだけで放課後遊んだりすることもないけど。


「いやでもマジで女子はそういうの匂いでわかるらしいぜ。じゃああれだな、アイドル赤城さんに聞いてみるか?」

「いやいやいやいやマジでやめろ」


 赤城心あかぎ こころ

 彼女はこの学校で一番可愛いと言われている女子で、「アイドル」と呼ばれている。もちろんそのあだ名に相応しい容姿をしていて、実際にアイドル活動もしているみたいだ。


 なんとかかんとかっていうグループの一人で、最近バズり始めたアイドルグループらしい。別に特別興味があるわけじゃないけど、SNSのタイムラインに勝手に流れてきたので、なんとなくは知っていた。


「まあさすがに聞かないけど。というか、赤城さんにそんな話したら灰谷がどうこうじゃなくて俺の学校生活が終わるわ」

「陽キャ女子に嫌われたら終わりだからな」


 赤城やその隣のギャルも含めて、所謂陽キャ女子というやつは苦手だ。なんというかそこはかとない怖さや絡みづらさを感じる。


 入学してから、一度だけ赤城心と会話をしたことがあった。

 あれは俺が校内の自販機前で何を買うか迷っていた時のことだった。


『ねえ……君』

『……え?』


 突然誰かに声をかけられ振り向くと、赤城心が冷たい目をして俺の後ろに立っていたのだ。

 常人離れした顔の小ささと文句のつけようのない端正な顔立ち。綺麗な栗色の長い髪。まさにアイドルと呼ぶに相応しい風貌だと思った。

 突然クラス一の……いや、学年一のアイドルが俺に何の用だ……?


『ど、どうし——』

『決まってないなら先、いいかな』


 表情を一つ変えずにそう言い放つ赤城に俺は圧倒され、無言で場所を譲った。

 それが彼女と会話をした最初で最後の記憶である。

 あの時の冷たい目線は記憶に焼き付いている。これが陽キャJKかと、思い知らされたのだ。

 なので、正直今後ともできれば関わりたくない。


「でも灰谷。そんな陽キャ女子達が自分の前だけデレデレしてる未来、見たくないか!?」

「いや、別に。というか夢見すぎだろそんなん」

「まあ凡人ならそう考えるのも無理はない。だけど俺はこの高校生活をかけて、陽キャ女子ハーレムを形成することを目標にしている!!」

「あっそ」

「反応薄くない!?!!?」


 山根はアホだからほっておこう。アホが移る。

 まあきっと、この先高校生活でああいう陽キャ女子と交わることはないのだろう。あいつらからしても、俺や山根のようなモブキャラと関わるメリットなど一つもないのだから。


⭐︎⭐︎⭐︎


 いつも通り時間が過ぎ、授業が終わりすぐ家に帰る。今日も何も変わらない日常だった。

 家に帰ると妹ののぞみがリビングでゲームをやっていた。

 望は俺の妹に似つかわしくなく、派手な見た目をしていて人懐っこい。所謂陽キャ女子というやつで、側から見ると可愛い部類らしい。

 まあ俺はそう思ったことないけど。


「ただいま。それ、新しく買ったのか?」

「おかえり。そーなんだよね。最近流行ってるみたいでさ」

「ほー。面白いのか?」

「まあまあかなー。やっぱお兄って新しいもの好きだよね」


 望の言う通り、俺は昔から新しいものに目がない方だと思う。

 所謂ミーハーってやつかもしれない。だからSNSで話題になってる赤城のことも知っていた。


「まあな。ワクワクするだろ新しいものって」

「わからなくないけどね。でもこれフレンドとやらないとあんまり面白くないよ。お兄友達いないでしょ」

 

 ぐさりと刺さるセリフをこいつはさらっと言ってきやがる。

 確かに友達はいないし、誰かと一緒にやらないといけないゲームは気が進まないけど。


「まあ友達はいないけど、そんなストレートに言うなよ」

「すんませんね。でも不思議だよねー昔はあんなに友達沢山いたのに」

「色々あんだよ俺にも」

「ふーん」


 あまり触れられたくない話題になったので、俺は逃げるように自分の部屋に移動した。

 望の言う通り小学生の時までは人並みに友達もいて、人並みに年相応の人生を謳歌していた気がする。

 中学に入ったあたりからだ。自分がにいるべき人間だと気付いたのは。


 頭の良さや運動神経、コミュニケーション能力。全てにおいて自分が凡人か、それ以下であると気付いてしまったのだ。だからといってめちゃくちゃ努力ができるわけでも、意外な特技があるわけでもない。なんだか空気のような人間だと思う。

 まあ遅かれ早かれこうなる人種だったのだろうから、別にそんな自分を特に変えようとも思わないけど。


 ——コンコン。

 部屋のドアをノックする音がした。


「入ってます」

「いやトイレじゃないんだから。お兄、ちょっといい?」


 俺の返事を待たず、望は勝手に俺の部屋へ入ってきた。


「勝手に入んなよ。今からアニメとか映画とか見ようとしてたんだよ」

「ちゃんとノックしたでしょ。でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだよ聞きたいことって」

「赤城心っていうアイドルの人、もしかしてお兄と同じ学校?」

「え、そうだけど。ていうか同じクラス」


 望は目の色を変え、俺の方に身を乗り出した。


「え!?!?!? マジで!?!?」

「急にでかい声出すなよ。それがどうした」

「私、この人のファンで!! お兄さ、サイン貰ってきてよ!!」

「はーー? 嫌だよ」


 まさか望が赤城のファンだったとは。というか、知名度やっぱり結構あるんだな。


「いいじゃんケチ! この人たちのグループ、超弱小事務所でなんのコネもないところから努力し続けて最近段々知名度が上がってきてて、すごいなんていうか叩き上げっていうかかっこいいんだよ!」

「いや知らんけど……」


 望はキラキラとした目で早口で語った。

 こいつはそういうところがある。好きになったものには夢中になって周りが見えなくなる。


「その中でも心ちゃんは芸能経験0から芸能経験のある他二人のメンバーと肩を並べて、いやそれどころか一番人気メンバーになってて! まだ地下アイドルだけどこれから絶対来るって言われてるんだよ! 絶対サイン欲しい! お願い!!」

「めっちゃ詳しいなお前……」


 だめだ。もう何を言っても無駄そうな気がする。こうなったこいつは正直止められない。


「ね! お願い! 一生のお願い!」

「……はぁ」


 こいつの一生のお願いを人生で何個聞いてきただろうか。

 でもなんだかんだ俺は頼み込まれると断れない性格だから、きっとこいつのわがままをまた聞いてしまうのだろう。


「お願いお願い! なんでもします!」

「……わかったよ。明日聞いてみるから静かにしてくれ」

「え! 本当!? やった!! お願いね!!」


 というわけで、押しに押されて結局望の頼みを聞いてやることにした。

 とはいっても赤城とまともに話したことがないし、むしろあまり関わりたくない俺にとって、これは結構な難易度のミッションな気がするけど……。

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