模造品のリナリア

主憐茜

第一章

Episode.1-0:ある日の夢

『——先輩たちはこれから、ほんの少しだけ不思議な体験をするかもしれません』


 何処からか声が聞こえてくる。柔らかく、それでいて優しい声であった。故にその声は俺をまどろみから呼び醒ますことはなく、それどころか、その状態はより深くまで押し戻される。


『——その際、心優しい貴方たちのことです。きっと私のことを心配することでしょう』


 言葉は続く。だが、もはやその声はほとんど俺の頭には入ってこない。一体誰の声であるかということすら、半分、忘れかけていた。


『——でも、安心してください。貴方たちが——詩遠先輩が私を覚えていてくれる限りは、私は私で在り続けることが出来ます。だから、』


 その声はとても明るいものであった。もしかしたら、声の主は今笑っているのかもしれない。......しかし、なぜだろうか。そんな調子であるはずなのに、その声は何処か震えていて、何処か——


『どうか、お幸せにっ!』


 ——何処か、とても哀しそうであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る