【04】新世界
取り留めのないお話です。
皆様、大阪にある<新世界>という地名を聞いたことありますか?
近頃はテレビでも紹介されているので、ご存じの方も多いと思いますが、通天閣界隈の繁華街のことです。
最近は海外からの観光客で賑わっているようですね。
でも私が若い頃には、それなりに治安が悪かったんですよ。
隣接する<釜ヶ崎>のドヤ街に住む、日雇いのおっちゃんたちが、昼間から酔っぱらって管巻いておられました。
別におっちゃんたちのせいで、治安が悪かった訳でもないんでしょうけど。
中々スリリングな街だったんです。
例えばパチンコ屋に入って、トイレに行った隙に席と玉を盗られてたりするんです。
そして、「オッサン、そこ俺の席やんけ」と文句言ったら、「ワレ、因縁吹っ掛けとんけ?」という返事が返って来る感じですかね。
当時まだ高校生だったので、警察沙汰になると不味いと思い、泣く泣く引き下がりましたが。
高校生がパチンコ屋に!ということは、一先ず置いて下さい(笑)。
その愉快な街<新世界>に、当時<新花月>という劇場があったんです。
<花月>という名称から吉本興業系の印象を持つんですが、多分松竹芸能系じゃないかなと思います。
今は違いますが、当時は吉本と松竹の芸人さんは共演NGだったみたいなのですが、<新花月>に出ていた芸人さんは松竹の方でしたので。
まあ、どうでもいい話ですが、勘違いだったらすみません。
出ている芸人さんは無名の方ばかりでしたね。
正月の新春興行の時は、何人かテレビで見知っている方が出ておられましたが、普段は超若手か超ベテランの方が殆どでしたね。
そして私の友人の一人が、<新花月>が大好きで、たまに誘われて観に行ってたんですよ。
これは私が初めて<新花月>に連れて行かれた時の話です。
当日は10組くらいの芸人さんが出ておられました。
正直殆ど印象に残らないくらい、おもろなかったです。
一人の年配のマジシャンの方は、ずっとカードのマジックを見せてくれたんですけど。
「私のカード捌きは超一流で、どこどこのマジック大会で、世界中のマジシャンが見に来ていた」などという自慢話を延々と続けるんですよ。
しかしマジック自体は、手捌きは見事かも知れませんが、華がない。残念。
という感じでした。
私は少々飽きてきたんですが、疎らに座った観客の皆さんは慣れているのか、特に苛立つ風でもなかったんです。
一人を除いては。
そうなんです。
そのマジシャンの後に出て来た、その日のトリの落語家さんの出番で事件が起こったんです。
その落語家さんは30代後半くらいだったんですけど、それまで見たことのない方でした。
その方が舞台中央に座って、一席語り始めて、2、3分経った時でしたかね。
客席の中央に座っていた小柄なオッサンが突然立ち上がって、喚き始めたんです。
「こらあ!お前3日間も同じネタしやがって。
飽きたわ!おもろないんじゃ!」
何とオッサン、その頃仕事にあぶれて相当暇だったのか、3日間も劇場に通って、同じ演目を聞いてたようなんですね。
それは腹立つだろうと思う一方で、「何で3日も通ってんの?」と、思わず心中でツッコんでいました。
落語家さんも同じ気持ちだったらしく、立ち上がって、
「うるさいわ。オッサンこそ3日間も観に来て、暇なんか?」
とやり返したんですよ。
その後は互いに罵声の応酬でした。
隣で私の友人は、「これやから<新花月>はおもろいねん」などと喜んでるんです。
あんたそれ、来る目的が違っとるで――と呆れてしまいましたが、一方でその気持ちも分からなくもなかったですね。
その後どうなったかというと、落語家さんが切れて、舞台からオッサン目掛けて降りようとしたので、流石に劇場のスタッフが止めに入りました。
落語家さんが舞台袖に引っ張って行かれる間も、罵り合いの応酬。
いやあ、見応えありました。
そして客席が騒然とする中、最後の演目の大衆演劇が、何事もなかったかのように幕を開けました。
内容は全く記憶に残ってないんですが、印象的だったのが小学校低学年くらいの女の子が出演してたんですよ。
私が、この子ちゃんと学校に通ってるのかな?――などと場違いなことを考えていると、先程の荒ぶるオッサンが突然立ち上がったんです。
そして舞台に向かって、つかつかと歩み寄るではありませんか。
――おお、今度は何をやらかすんだ!
私がワクワク、もとい、ハラハラして見ていると、荒ぶるオッサンは舞台上で呆然とする女の子の前に立ったんです。
そしてその子の手を取って、御捻りを渡したんですよね。
遠目に見ただけでしたが、万札だったと記憶しています。
そしてオッサン、またスタスタと席に戻ると、あからさまに涙ぐんでいるんですよ。
先程の怒りはどこへやら、少女の健気な姿に感動したんでしょうね。
それを見た私は、ついオッサンの全く知らない人生に思いを馳せてしまいました。
そして全ての演目が終わり、「な、おもろいやろ?」と宣う友人を横目に、私は<新花月>を後にしました。
多分また来るだろうなと予感しつつ。
外に出ると日が暮れかかっていたので、そのまま友人とその辺りの串カツ屋に呑みに行くことになったのです。
高校生の分際で。
今はもう、あんなカオスな場所はなくなってしまったんでしょうね。
そう思うと、少し寂しさが湧いてきます。
さて、全く取り留めのない、思い出話で申し訳ありませんでした。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます