第39話 苺姫ちゃんの家へ行く
いろいろとあったけど、旅行は楽しかった。
苺姫ちゃんと一緒にお風呂へ入れたり、同じ部屋で寝ることができたりで、俺としてはお腹いっぱいな気分だ。
それはよかったんだけど……。
「ねえ獅子君、苺姫ちゃんより夢論ちゃんのほうがかわいいよ。夢論ちゃんにしたほうが絶対にいいって」
下校時。
駅で苺姫ちゃんと別れてから、夢論さんが現れてこうして言い寄って来る。旅行は良かったけど、夢論さんにしつこく言い寄られるようになって困っていた。
「だから俺は苺姫ちゃんにしか興味無いんですって」
「夢論ちゃんのほうがかわいくておっぱい大きいのに?」
「そ、そうです」
小柄な体に見合わない大きなおっぱいを押し付けられるも、俺は心を賢者にして苺姫ちゃんへの想いを貫く。
俺が好きなのは苺姫ちゃんだけだ。
この想いはどんな金属よりも硬い。
「そんなに苺姫ちゃんのことが好きなの?」
「は、はい」
「でも結婚するのは難しいよ」
「えっ? どうしてですか?」
「うちの両親、厳しいから」
「結婚するとなったら全力で説得しますよ」
苺姫ちゃんのためなら立派な仕事について、必ず幸せにするとご両親を誠心誠意、説得して結婚を許してもらうつもりだ。
「ふーん。じゃあさ、うちへ来てみなよ」
「えっ? 夢論ちゃんのうちって……ってことは苺姫ちゃんの家へ?」
「当たり前でしょ。姉妹なんだから」
「はい……」
苺姫ちゃんの家へ。
それはもちろん行ってみたいけど、夢論さんの誘いというのが気にかかるというところ。
「じゃあ決まり―。明日の日曜日、朝に駅まで迎えに行くからねー」
「あ、ちょ……」
まだ行くとは言っていないんだが……。
しかしすでに夢論さんは遠くへ去ってしまい、行くしかなくなってしまった。
……翌日、駅へ来るとすでに夢論さんが待っていた。
「遅ーい。夢論ちゃんを待たせちゃダメだよー」
谷間を露出した大胆な服で待っていたので少しドキッとしてしまう。
いやいや、俺は苺姫ちゃん一筋。
他の女の子の谷間にドキドキなんてしてはいけないと、スケベ心を戒める。
「いや、朝としか言ってなかったんで、なるべく早く来たつもりなんですけど……」
「そうだっけ? まあいいや。早く行こ」
「うわ、ちょ、腕を抱かないでくださいよっ」
「いいからいいから。ほら行くよー」
半ば無理やり腕を引かれて俺は夢論さんについて行く。
苺姫ちゃんの家へ行くのは楽しみだけど、なんだか不安もあった。
「あ、そういえば苺姫ちゃんに家へ行くって伝えるの忘れてました」
いきなり行ったら驚くだろう。
夢論さんが伝えてくれていればいいんだけど。
「ああ、苺姫ちゃんはお出掛けしてるから気にしないでだいじょぶ」
「そうなんですか? えっと、どこかへ遊びに?」
「それは秘密。教えてほしかったら夢論ちゃんにキスして」
「い、いや……それはちょっと」
「じゃあ教えてあげなーい」
そう悪戯っぽく笑って言う夢論さんであった。
電車に乗ってしばらく。
俺たちは電車を降りて駅を出た。
「こっちこっち」
「あ、はい」
腕を引かれて夢論さんについて行く。
そしてしばらく歩いてやって来たのは、なんか大きな豪邸の前である。
「えっと、夢論ちゃんの家はこの辺りなんですか?」
「なに言ってんの? ここが夢論ちゃんのお、う、ち」
「えっ?」
夢論さんが見ていたの側にある大きな豪邸。
よく見ると門柱には三池と表札があった。
「こ、こんな大きな家だったんですか?」
「そ。夢論ちゃんの家はお金持ちだったのだー」
えっへんと腰に手を当てて胸を反らす。
苺姫ちゃんも夢論さんもお金持ちっぽさがまるで無いので、こんな大きな家に住んでるなんて想像もしていなかった。
「ほらおいでー」
「わっと」
豪邸を眺める俺の腕を引いて夢論さんは門を開いて中へ進んでいく。
そのまま豪邸の中へ連れ込まれ、俺は中の豪奢さに唖然としていた。
「すごい家ですねー」
あんまりな豪邸なので場違いな感じがしてしまう。
「うちって昔から会社の経営をしててお金持ちなんだよね。けどいいことばっかじゃないよー。昔からのしきたりとかあって面倒なこともあるし」
「そうなんですね」
お金持ちとは言え、いいことばかりでもなさそうだった。
「特に勇ましさとか強さにうるさいんだよねー」
「勇ましさと強さですか?」
「そう。まあ、品の無い言い方をすれば殴り合いに弱い奴は家の恥って家柄なの。夢論ちゃんも苺姫ちゃんも小さいころから鍛えられてねー」
「へー」
だから苺姫ちゃんも夢論さんも喧嘩が強いのかと納得する。
それから大きなテーブルのある部屋へ連れて行かれた俺は、イスに座るよう促されてそこへ腰を下ろす。見たところ食堂のようだった。
「いらっしゃいませ」
「あ、どうも」
メイドらしき人からお茶をもらって飲む。
こんな大きな家の子なのだ。
夢論さんの言う通り、苺姫ちゃんとの結婚を許してもらうのはかなり難しそうに思えた。
「ご両親もお出掛けですか?」
「うん? うん。まあね」
あいさつしたかったけど、不在ならしかたない。
「それじゃあ獅子君、さっそく婚約の試練を受けてもらおうか」
「は? えっ? なんですかそれ?」
不意に言われた謎の言葉に俺は疑問を返す。
「三池家ではね、娘が付き合っている男性に婚約の試練を受けてもらうの。これをクリアしないと苺姫ちゃんと結婚できないってこと」
「そ、そんなものが……」
これも昔からのしきたりとかのひとつだろう。
しかし俺は苺姫ちゃん一筋だ。将来は苺姫ちゃんと結婚をしたいし、この試練は乗り越えなければならないものだった。
「うん。まあ、やるかやらないかは獅子君次第だけど?」
「や、やりますっ! やらせてくださいっ!」
絶対に試練をクリアする。
やる気は十分だった。
「わかった。でもその前に決まり事を約束して」
「えっ? なんですか?」
「試練に失敗しても苺姫ちゃんのそのことは言っちゃだめなの」
「どうしてですか?」
「試練に失敗した男は黙って身を引く。それが試練を受ける男に課された決まり事なの。わかった?」
「わ、わかりました」
要はクリアすればいいのだ。
失敗したときのことなど考える必要は無い。
「おっけー。んじゃ新藤、説明してあげて」
「はい」
と、さっきお茶を持って来てくれたメイドさんがキリっと表情を改める。
「三池家に伝わる婚約の試練は強さを試すものです。弱き男と娘の結婚は許さないと、初代の当主様がお考えになった試練を受けてもらいます」
「強さですか」
「はい。では少々、お待ちください」
そう言って新藤さんは食堂を出て行く。やがて、
「わっ!?」
数人のメイドともに大きな石像を荷台に乗せて戻って来た。
「なんですかこの石像?」
誰だか知らないおじいさんの石像である。
見たところ大きさは3メートルくらいあった。
「これは夢論ちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんの……とにかく、このおじいちゃんは三池家の初代当主なの」
「へー」
確かに当主らしい立派な髭をたくわえた威厳のありそうなおじいさんである。
「この石像をどうするんですか?」
「はい。持ち上げて元あった場所へ戻していただきます」
新藤さんは平静な声音でそう言った。
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