第33話 獅子と相部屋でドキドキ

 ―――三池苺姫視点―――


 旅館の部屋に着いて荷物を置いたあたしは一息つく。

 しかしおかしなことがひとつあり、それについて問い質さなければならなかった。


「なんであたしと獅子だけで2人部屋なんだよっ?」


 部屋割りはあたしと獅子が2人部屋。理子と好美と巨大は3人部屋という、どう考えてもおかしなものだった。


「あー理事長が言うにはー、部屋が2つしか取れなかったらしいんよねー。だから姉御と芝園が2人部屋で残りがあーしたち3人ってことで」

「いやおかしいだろっ! 男女で2人部屋ってっ! あ、あたしたち別に……こ、恋人同士ってわけじゃねーんだぞっ!」


 部屋が一緒ってことは、布団を並べて寝るってことじゃないか。寝顔を見られちゃうこともあるかもしれないし、そんなのはかなり恥ずかしい。


「一晩を共に過ごして獅子と仲良くなるのが姉御の目的っしょ。だったらいーじゃん。布団も一緒にして寝ちゃったら?」

「ば、ばば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよっ!」


 耳元で呟く好美に対して声を上げる。


 一晩を共に過ごせばお互いの理解が深まるかもとは思った。

 しかしそれは部屋まで一緒という意味ではない。旅行で同じ宿に泊まるという意味だ。同じ部屋に泊まるのは理解し合ったあとのことだろう。


「うおおおっ! 苺姫ちゃんと同じ部屋っ! 布団も一緒にして抱き合って寝ようね苺姫ちゃんっ!」

「うう……」

「えっ? あれ? そこは一緒になんて寝るかーってツッコンでくれないと。あ、その……もちろん俺は一緒の部屋で寝たりしないよ。ネカフェでも探してそっちで寝るから大丈夫だよ」

「い、いや、いいよ大丈夫。別に……一緒でも気にしねーから」

「そ、そう? けど……」

「あたしがいいんだからいいんだよっ!」

「うん……」


 気にしないなんてことはない。すごく緊張するし、夜なんかはきっとずっとドキドキしているだろう。ちょっとした同棲気分だ。しかし一晩を同じ部屋にて過ごすことで、気持ちに一体感が生まれてお互いの理解が深まるかも。そんな期待があった。


「ラッキースケベで苺姫ちゃんの下着姿を見ちゃったりするかもよ?」

「もう見たことあるだろ」

「苺姫ちゃんの下着姿は舞い降りた天使のように美しいから何度見ても良い。寝顔とかも楽しみだなぁ。スマホに撮って待ち受けに……。苺姫ちゃんどうかしたの? なんかいつもと様子が違うような気がするけど?」

「な、なんでもねーよっ! いつも通りだっ! 寝顔を撮ったりしたらぶん殴るからなーっ。このやろーっ」

「う、うん」


 強がってみたが、内心はただただドキドキだ。

 夜になったらどうしようと、気持ちが落ち着かなかった。


「なんかお腹空いたねー。夕食までまだ時間あるしさ。なんか食べ行こーよ」


 松永の意見に皆が賛成し、あたしたちは外へ昼食を食べに行くことに。

 飲食店が立ち並ぶ小さな商店街のような場所へやって来ると、


「あ、あたい財布、部屋に忘れたっス」

「あーあーしも」

「わたしも忘れちゃったー」


 3人が一斉にそんなことを言い出す。


「そうなの? あ、じゃあ俺が立て替えても……」

「いや、すぐ取って来るからいいっス。先に店を探して、決まったら連絡してほしいっス」

「あ、うん。わかった」


 戻って行く3人を獅子と並んで見送る。

 その際、理子がチラと振り返ってあたしを見ながらウインクして見せた。


「もしかして……」


 これが理事長からの指示か?

 理子の意味深なウインクが、そうであろうことをあたしに教えていた。


「じゃあ店を探そうか」

「う、うん」


 あたしと獅子は入る店を探し歩く。


 旅館が立ち並ぶ温泉街だからだろう。小さな商店街には家族連れやカップルが多い。カップルはもちろん手を繋いだり腕を組んで仲良さそうに歩いていた。


「カップルもたくさんいるね。俺たちも腕を組んだりしちゃう?」

「ば、馬鹿。そんなことするわけねーだろっ」


 そう言ってフンとそっぽを向いて見せるが、これではいけないとも思う。


 せっかく2人っきりにしてくれたのだ。

 なんにもしないでただ店を探して入るだけでは意味が無くなってしまう。


「なに食べようか? 巨大は大食いだからなんかたくさん食べられる店を……えっ? い、苺姫ちゃんっ?」


 あたしは思い切って、自分の腕を獅子の腕へ絡ませる。


「む、向こうに良さそうな店があったから行こうぜ。ほら」


 組んだ腕をグイと引っ張る。


 獅子はきょとんとした表情であたしに引かれていた。


 やってしまった。かなり勇気を出した。

 顔は熱くて胸はドキドキ。


 赤くなっているだろう顔を見られたくないあたしは、獅子の腕を引きながら前だけ向いて歩いていた。


「い、苺姫ちゃん」

「ん? な、なんだよ?」

「その先、もう店は無さそうだよ」

「えっ?」


 言われて周囲を見回すと、いつの間にか商店街から出ていたのに気付く。


「あ、あれ? 道、間違えちまったな。戻ろうぜ」

「う、うん。苺姫ちゃん」

「な、なんだよ?」

「少しゆっくり歩こう。苺姫ちゃんと長く腕を組んでいたいからさ」

「ば、馬鹿。……まあいいけどよ。うん」


 あたしは獅子の腕へ抱きつくように歩く。

 見上げると、顔を赤くした嬉しそうな獅子の顔があった。



 ―――三池夢論視点―――



 ……男と仲良く腕を組んで歩く妹の姿を遠くから眺める。


 幸せそうにしちゃって。


 そんなにあの男の子が好きなのかな?

 どう見ても普通の男の子なのに。


「でも苺姫ちゃんがあんなに好きな男の子だと思うと、余計にほしくなっちゃう。夢論ちゃんは悪い子。けどほしいんだからしかたないよね」


 ほしくなったらしかたない。

 それが誰のものであっても、ほしくなったら手に入れるのが夢論ちゃんなのだ。


「まずあいさつ代わりに脅かしてあげようかな」


 と、夢論ちゃんは鞄の中を確認する。


 これ投げたら男の子びっくりして逃げちゃうかな?

 まあそうなったらその程度ってことで、ほしくなくなっちゃうけど。


「んふふ、楽しみ」


 わくわくを胸に滾らせた夢論ちゃんは、意気揚々とした気持ちで苺姫ちゃんたちへ近づいて行った。

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