DaR〈デッド・エンド・ロールバック〉

戸口 トロ

「 - Prologue - 」

01 -「Continue」

 目覚めというものはいつも億劫なものだ。

 出先のホテルだろうが、例え自宅であったとしても。

 少しでも「あと少し」などと惰眠を貪ろうと欲をかけば、決めていたはずのルーティーンにズレ・・が生じる。

 すると途端に、人間というやつはガタが来る。

 いつもと少し違う、そんな程度の誤差で日常というものは儚くも崩れ去ってしまうものだ。


 ではそのズレ・・が決定的な程に大きければ人は一体どうなってしまうのだろう?


 普通であるならば、こんな思考は一考の余地もなく一蹴するだろう。

 かくいう君もそうだ。

 常にもしも・・・はポジティブな思考のみがあり、ネガティブな思考はできるだけ排除する。

 難しいことなんてできるだけ考えたくないし、そんな事はその時の自分がどうにかするだろう、と。

 自分のことであるはずのことなのに、何処か他人事のように考えている。

 それが普通だ。


 最悪の事態に陥ったとしても意外とどうにかなる。

 暫く心に罪悪感や羞恥心がしこりのように残るだろうが、いつしか飲みの席で笑い話の一つに変わっている。

 そういうものだ。


 だから、これは。


「夢…………じゃない、よなぁ」


 今君の置かれている状況を一言で表す言葉があるならばそれは「最悪」。

 君のこれまでの人生でこの言葉を正しく使ったことなんて殆ど無いだろうが、今回に限って言えば間違いなく断言できる。


「なんで俺、こんな格好でこんなところにいるんだよぉ!?」


 改めて、現状を確認しよう。


 今の君。

 一糸纏わぬ生まれたままの姿すっぽんぽん


 前後の記憶。

 全くと言っていいほど覚えていない。


 今いる場所。

 天井から差す陽の光以外の光源はなく、何やら饐えた匂いのする石で作られた部屋。


 周りの状況。

 ゴミやガラクタばかりか、ホラー映画でしか見たことのないような白骨死体……そして、添い寝していたらしい誰ぞ分からぬ横になっている人のようなナニカ。


―――あぁ、神様。アンタの事なんてロクに信じちゃいないし、祈ったことなんて数えるぐらいしかないけど。それでも俺、なんか悪いことしましたか?


 嘆かずにはいられない思わず目を瞑って「これは夢だ」と思いたくなるようなこの悲惨な現実を表す言葉はやはり、「最悪」以外にないだろうと再認識したところで現実は「最悪」から何一つ変わることはない。


「はぁ……」


 大きなため息を吐き出ために取り込んだ空気が、これまで嗅いだこともないぐらい淀んでいたことに思わず顔を顰めながら、君は改めて周囲を見渡した。


「とんでもない数のガイコツだな、おい」


 明かりが天井から差して来ている僅かな陽の光しかないために辺りは一面暗闇で、ぼんやりとしか分からない。

 が、それでも分かるほどに重なるように積み上がった夥しい数のガイコツの一つと目が合った。

 双眸が収まっていたであろうぽっかりと空いた二つの穴の向こう側は真っ黒で、まるで深淵を覗き込んでいるかのような不気味さを感じ、君は思わず目を逸らした。

 その先でも別のガイコツと目が合い……今度はこの現実から逃げるように瞼を閉じたが、暗闇に暗闇を重ねただけで意味はあまりないことに気が付いた。

 諦めて、今度は無数に転がるガイコツたちとのにらめっこの恐怖から逃げるように、君はひとまずこの部屋の縁を目指してみることにし、暗闇の中のガイコツたちを踏まないように摺り足で進む。


「一体どんだけ……。いや、考えても良いことなんてない、か」



 このガイコツの出処について考えようとしたが、すぐに辞めた。

 君何ぞに伺いしれないことなのは分かりきっているし、何よりも此処で目覚めてしまったという事自体が。


 彼ら・・と同じ運命を辿るかもしれないと言う考えを一瞬でも抱きたくなかった。


 何より、恐怖心を認めてしまえば君はこの闇の中へと永遠に幽閉されてしまう気がした。

 そんな胸中を誤魔化すように無我夢中で闇の中へと潜っていく。

 だが君の心とは裏腹に、闇の中へ溶けていくような感覚が進めば進むほどに恐怖心を駆り立てる。


「こちとら図太いのだけが取り柄なんだよ……!」


 半ば自分に言い聞かせるように呟いた言葉であったが、どうやら意外に効果はあったらしい。

 じわじわと蝕むように纏わり付いていた恐怖心はいつの間にやら無くなっていた。

 代わりに心臓の刻む音は恐怖に震えるのではなく、少しの好奇心に踊っているかのような錯覚を覚え、少しばかり進むペースを上げた。


「お」


 時間にして見ればおそらく2、3分程度進んだ所。

 ようやく壁に手が付いたところで後ろへ振り返ると、この部屋唯一の照明となっている光がかなり後方にあるように感じられる。

 この暗闇では距離感も狂ってしまうだろうが、この暗闇が何処までも続いていた訳ではないことに少しばかりの安堵を抱くと、今度は壁伝いにぐるっと部屋を一周してみることにした。

 壁際まで来ると床に散乱しているガイコツもまばらになっているようで、先程よりも随分歩きやすく先程よりも軽快に歩を進めていく。


「ん?これって扉、か?」


 石レンガで組まれているらしい冷たい壁の溝に指を添わせるように探っていると、他とは材質の違う……恐らく木材で作られた枠組みのようなモノに引っかかった。

 よく見れば格子窓のようになっている箇所があり、奥にほんのりとオレンジ色の明かりが灯っているのが見える。

 此処が密室ではなかったことは僥倖といえるが、同時に忘れかけていた警戒心が募っていく。

 こんなガイコツだらけの異常な場所にまともな人間がいるなんて到底思えない上、そもそも君は今全裸だ。


 ひとまずこの先に進むのはこの部屋の探索を終えてからだと心に決める。


 そうして探索を再開したが……この暗闇にも少しずつ目が慣れてきたとはいえ、明かり無しでは探索は困難を極めることに変わりはない。

 他には特にめぼしいものはなく、程なくして壁際の探索は十分に出来たと判断し、一度考えを纏めるために光の下へと戻る。


「さて……」


 改めて天井を見上げてみる。

 この部屋を一周してみて確信したがこの部屋の構造は丁度「凸」のような構造になっている。

 君が眠っていた場所を考えるに、恐らく君はあそこから此処に落ちて来たと考えるのが妥当だ。


 そして周囲にはあの扉の他に行けそうな場所は無かったことから、あの「入り口」から脱出するにはどうにかして高さを稼ぐか、何らかの手段を用意しなければならないのだが……。

 ロープやはしごなどの昇降装置があったとしても、この部屋の天井はドーム球場のように弧を描いていて、中心となるのは丁度今君が居る光の下。

 天井には煙突みたく縦長に空いた穴の奥には求めてやまない光が見えるが、此処からでは正確な高さが伺いしれないほどには高い。


 故に何かしら物を積んで高さを稼ぎ、直接あの「入り口」にアクセスすることはほぼ不可能だ。


 現状、この光だけが外界との唯一の繋がりと言っていいが、これらの理由から君はあの「入り口」から脱出することは不可能だと結論付けた。


「そもそも、俺はなんでこんなところにいるんだ?」


 次に、どうしてこんな場所にいるのか。

 これに関しては全くわからない。

 此処で目覚める前の記憶は皆無と言っていいぐらいで、君が最後に思い出せる記憶は久しぶりの定時退社にウキウキしながら酒とツマミ片手に帰宅したところまでだ。


 あれから酒の入った君がハメを外し、何かしらやらかしたのかとも考えたが……。


 度数の弱いチューハイとビール数本で出来上がってしまう程、俺はアルコールに弱いわけではない。

 であれば何あがあったのかと記憶を探ってみるが……どうしても思い出せない。


「…………うーん。なんか、忘れてる気がするんだけどなぁ」


 状況からして君は一時的な健忘状態きおくそうしつにあるのだろう。

 何か取っ掛かりでもあれば思い出せるかもしれないが、現状では思い出す事できるほどの判断材料があるとも思えない。


「まぁ、何かしら厄介な事に巻き込まれたんだろうってことは分かってるな。うん」


 確かに全裸で、かつ死体の山で目覚めるなんてことが日常であったなら、君はごく普通のサラリーマンなんてやってなかっただろう。

 刺激の少ない毎日だなと考えたことがないわけではないが、いざ自分が巻き込まれる立場になると、いつも通りの日常が恋しくて仕方ない。


「とりあえずどうにかして此処から脱出しないと……」


 最早懐かしくも思える過去の日常に思いを馳せるのもそこそこに、現実に戻り、思考を再開する。

 ひとまずの主目的は「脱出」であることは考えるまでもないことだが、今の君は全裸だ。

 流石に現代日本の生活に馴染んだ現代人としては、服……最低でも隠す程度の布ぐらいは欲しい。


 ……それに、いつまでも見て見ぬ振りを続けるというのはそろそろ厳しくなってきていた。


「…………覚悟、決めないとな」


 ひと目見ただけでは眠っているようにしか見えないが、この部屋の有様からもなんとなく察しは付いていた。

 意を決して、探索から帰ってきても石レンガの床にずっと寝転んだままのソレ・・に君は手を伸ばす。


「うっ……」


 覚悟はしていた分、衝撃はなかった。

 だがソレは以前見た祖父や叔父のような綺麗な死に様ではなく恐怖と苦痛に歪みきった、形相は同じ人間かと疑ってしまう程に歪んでいた。


 込み上げてきた恐怖と嫌悪がごちゃ混ぜになった感情で心臓が一際大きく揺れ、胃の中を暴れ回れるような感覚に思わず嘔吐えずいた。


 こんなにも間近で人の死体・・を見たのは初めてだったが、それがこれほど壮絶なモノだとは思いもよらないことだ。


「落ち着け、落ち着け。落ち着け……」


 胸中を駆け巡る恐怖心をなんとか捕まえ、押さえつける。

 この程度のことで動揺していては、この先どうなるかもわからない。

 慣れろ……とは無理からぬ事であるのは承知しているだろうが、それでも進まなければ。

 そんな想いで無理やり体を動かす。


「重……くないな」


 完全に脱力した人体は重いものだと思っていたが、今回に限っては予想に反して随分と軽いと感じたのは、この死体の有様のせいだろう。

 到底服とは思えないボロボロで汚れた布切れ一枚だけを纏った肢体には、筋肉どころか脂肪すらも着いていない。

 余った皮が骨に張り付いてしまっていぐらい、痩せこけていた。


 俺と同じく上から落とされただろうことは周囲に散乱している砕けた骨からして分かるが……。

 この体では積み重なった骨の緩和剤をもってしても耐えきれなかったらしい。

 事実、体を守ろうとしたらしい腕と足の骨が折れていた。

 あまりにも酷い死に様に胸中にあった恐怖は無くなっており、憐憫ばかりが募っていく。


「誰だか知らないが、せめて安らかに」


 弔いの気持ちを込め、目を閉じ、手を合わせる。

 こうすることに意味などないかもしれないが、無念の内にこんな場所で亡くなってしまった彼へのせめてもの弔いをしたかった。

 もう光を宿すことのない瞳を閉ざし、縮こまるように横になっていた体を楽に伸ばし、両手をへその上に広げ置こうとしたその時、あることに気が付いた。


「……何だこの数字?」


 今まで気付かなかったが、君の右手の甲に「09」と黒い文字で数字が刻まれているのだ。


 それだけならばまぁ、大した疑問を抱くことはなかったのかもしれない。


 だが、その疑問を深めさせたのはこの死体にも同じく右手の甲に「10」という数字が刻まれていたことだ。

 これが一体何の意味を示しているのかは……正直、分からないが、少なくとも君とこの遺体には何らかも関連性があったということになる。


「……「10」と「09」で連番になってるってことは、他にも「08」とかもあるってこと、か?」


 陳腐な考えだが、この数字は「01」や「11」などの他にも数字が存在しており、その数だけ自分と同じく此処に放り込まれた人間が存在している、などだろう。

 だとするなら他にも自分と同じような境遇の人間が存在しているということになる。

 それならば他の生存者を探し、協力を仰ぎたいところではある……が。


「ホントにそんな単純なことなのか……?」


 これを結論とするにはあまりにも時期尚早すぎる。

 ポジティブな思考はこの状況においては必要なことだが、同時に思考の柔軟性を失わせる諸刃の剣だ。

 あくまでもこれは考えの一つであることを念頭に置いて、フラットに考えなければ。


「謎解きや推理ゲーを嗜んでいた経験がこんなところで生きるとは」


 君はこんな状況下で冷静でも居られる自分の図太さが今は頼もしく感じながら、再度部屋の探索を行うことにした。

 先程はあくまでも部屋の構造を理解するためで、今回の目的は現状の打破に向けてのもの。

 この先、流石に身一つでどうにかできると思うほど君は楽観的には成れなかった。


「服……は難しいかもしれんが、せめて布か何か……」


 というよりも、流石にそろそろ下ぐらい隠せるモノが欲しかったのだ。

 残念でもなんでもないが、君には変態の素質はなかったらしく、この状況下で全裸これを楽しむというのは流石に無理だった。

 ガイコツの山から漁るというのは、死体を漁っているようで気分の良いものではないが、背に腹は代えられない。

 周りに散乱しているゴミやガラクタ、ガイコツの山を光の下にできるだけ寄せてその中から目ぼしい物を物色していく。


「すまん、ちょっと貰って行くよ」


 やはりどれだけ探しても上等なモノは無く、あの遺体が着ていたようなボロ布のような服しか見当たらなかった。

 数あるガイコツの一つに軽く黙祷と断りを入れたあと、俺が着られるようなサイズの服を丁寧に脱がしていく。

 恐らく麻で作られているらしい服は手触りからして粗悪であることは明白で、いつも着ていたTシャツに比べてしまうと天と地どころの差ではなかったが、この状況で贅沢は言えない。


「なんか違和感あるけど、まぁこんなもんだよな」


 着慣れない服であった為、手間取ってしまったがなんとかこれで文明人としての体裁は保てるだろう。

 下着などは流石にガイコツのお古とは行かなかったために、直にズボンを履いているため違和感が凄いが、全裸よりは断然マシだと判断した。

 というのもこれまであまり気にならなっていなかったが、この部屋……此処全体というべきか。

 このままずっと滞在していれば凍えてしまいかねないぐらいの涼しいとかそういうレベルではない、冷気を含んだ風がどこからか吹き込んできているようだ。


「さっさと行動しないとな……」


 人間という生き物は何もしなくても腹も減るし、喉も渇く。

 食事抜きなら2~3週間、水抜きは3~4日というが、それは「何もしない」という前提のことで、一般人が満足に行動できるのは殆ど初日が限界だ。

 飢え・乾きは軽度でも人は注意力や思考力を失ってしまうし、重度ともなれば命に関わる。

 幸いにも今は少し喉の乾きを感じているぐらいで、体調は万全と言える今にどれだけ行動できるかがキモになる。


「うわ!?な、なんだコレ!?」


 タイムリミットが刻一刻と迫ってくる中、燻りだした焦燥に胃の中を焼かれるような感覚に耐えながら。

 探っていたガラクタの山から出てきたのは、錆びて根本から折れてしまった剣らしきものだった。

 それも一つではなく、似たような酷い状態の剣や弦の切れた弓などの現代ではお目に掛かれないような、中世的な武器の数々。

 尽くが致命的な損傷を受けており使えるような物はひと目見た感じなさそうだが、重要なのは使えるかではなく。


 今回の場合、どうしてこんなものが大量に捨てられているのか。


 この疑問自体が大きな問題になってくる。

 理由なんていくらでも思い浮かぶが、どれもこれも荒唐無稽でいつもであれば思考の余地すらない、そんな馬鹿馬鹿しいモノであるのにも関わらず。


―――ありえない。


 ただ一言。

 それだけの否定の言葉がどうしても出てこない。

 どんなに取り繕ってみようとしても、一度ぎったその思考を覆せない。


「………」


 最も最悪なのはこれが間違っていようと正しかろうとも、一度認めてしまえば君に生じたズレ・・が致命的なものであることを認めることになってしまう。


 だが……やはり。




「もしかして此処って、異世界ファンタジー……?」




 全く以てクソッタレな事に。


 どうしても、認めざるを得ないらしい。



















――― 現在観覧可能なステータスを開示します。


 

~~~

 

《名前》 ???

《性別》 男性

《ロール》 【一般人】 ⇒ 【???】


《能力値》

 筋力:―

 生命:◯

 技術:―

 俊敏:―

 知性:―

 精神:◯

 幸運:◯

 魅力:?

 魔力:?


《ポテンシャル》

【健康】

 貴方は健康だ。

 これまで病の類に殆ど罹った事すら無い。

 劣悪な環境の中でも問題なく活動する事が出来る。


【???】

 現在判明していないポテンシャル。

 

【???】

 現在判明していないポテンシャル。

 

【???】

 現在判明していないポテンシャル。


《所持技能》

【地質学】 1/10

【コンピューター】 1/10

【???】 1/10

【???】 1/10

【???】 1/10


《装備・所持アイテム一覧》  ※◯が装備中

◯粗悪な麻の服

 麻で作られた服。

 経年劣化と悪環境で長期間放置されていた。

 服としての機能を保っているだけのボロ布。


《特殊能力》

〈???〉

 現在判明していない能力。


〈???〉

 現在判明していない能力。


~~~


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