第5話 彼女のお返し

 駅前の喫茶店。

 その奥に用意された二人掛けの席で、水瀬未来は口を開く。


「私のお返し、決めたよ」

「……そ、そうか」


 正面を向いて座り直した彼女はだけど、と言葉を続けて。


「二宮君には秘密、でいいかな?」


 悪戯っぽい仕草で、人差し指を唇にあてた。

 すると自然、彼女の柔らかそうな唇に意識が向いてドキリとする。

 我に返るまでもなく、今俺の前に座っているのは学年二大美少女の一人なのだ。


「……まぁ、俺は構わないが」


 平静を装いつつそう返す。

 とはいえ、本心だった。

 結局、彼女が納得してくれることが大事だった訳で。

 そもそも、彼女からのお礼を期待して助けたわけではない。


 彼女の言うお返しの内容に見当はついていなかなかったが、彼女のことだ、こちらに不利益が生じることは決してないだろう。

 それくらいには、ここまでのやり取りで彼女のことを信頼できていた。


「ありがとう。じゃあ決まりね」


 俺の言葉に、水瀬は嬉しそうに笑った。

 俺は礼を言って、一口紅茶を飲む。


 飲んだのは今日が初めてだったけれど、すっかりこの味が好きになっていた。



---



 さて。

 俺には未だ内容は分からないものの、お返しの内容も決まり、ここに来た用件はもう済んだはずだ。

 しかし、何故か水瀬は特に帰る素振りを見せない。


「ところで二宮君」


 新たに注文したケーキをつつきながら、水瀬は新たに話し始めた。

 まぁこの後特に予定はないし俺は別に構わなかった。というか、なんならこの一年放課後に特に予定があった記憶が無い。


「もう少し、学校に来た方がいいんじゃないかな」


 水瀬のもっとも過ぎる発言に、冷や汗を垂らしながら目を逸らす。


「ああ、それね……。いやぁでも……ちょっと色々あって」


 俺はそう言うことで、まるで複雑な家庭の事情を抱えてる風を醸したが。

 あれっと水瀬は首を傾げた。


「今までの二宮君の口振りから、ただ学校がめんどくさいだけだと思ったけど」


 彼女の意外に鋭い指摘に図星を突かれたが、ここは冷静に切り返す。


「は、はぁ? そんなわけねぇし! 別に朝起きれないだけじゃねぇし!」

「思いっきり語るに落ちてるじゃん……」


 水瀬は呆れたような顔をした。


「それって寝るのが遅いんじゃないの? 親御さんは何も言わないの?」

「あー、いや……俺一人暮らしだから」


 俺が言うと、水瀬は驚いたような顔をした。

 確かにこの辺は大した都会でもなく、高校生の一人暮らしは多くない。


「へぇ、珍しいね。なんで?」


 彼女の問いに何と答えようか少し考えていると、


「あ、あれだったら全然いいからね。人それぞれ色々あるよね」


 そんなことを水瀬が言ってきたが、


「いや、大した事情じゃない。普通に実家から高校が遠かっただけだ」


 俺は水瀬に実家は隣の県にあることを話した。


「へー! 飛鳥ちゃんと同じだね!」

「……ああ、そうらしいな」



---



 閑話休題。

 俺の朝起きれない問題について、水瀬は頭を捻っていた。


「けど、夜早く寝てね、としか言えない……ほかに何かあったかなぁ」


 水瀬はうーんと少し考えた後、何故かややぎごちない動作で鞄からスマホを取り出し、操作し始めた。


「あ、二宮君レインやってる?」


 通知のチェックでもしているのか、今の彼女は先程までとは違いこちらを見ずに、じっとスマホの画面を見つめている。


「おう、流石に。と言っても家族としかやらないけど」


 彼女の質問の意図が分からず、そんな返事をしたのだが。


「そ、そう。えっとさ、じゃあ、……私と、レイン交換しない?」

「……!?」


 そう言った水瀬は未だ画面から目を離していなかったから、俺はなんとか動揺を隠せたんじゃないかと思う。


「あ、ああ……」


 女子とレインするとか都市伝説かと思ってたわ。

 現実逃避気味にそんなことを考えながらスマホを鞄から取り出した。

 二人で幾つか操作すると、「友達」の欄に水瀬のもののアイコンが表示された。

 簡単な操作で、なんてことない操作だったが。

 俺にとってはとてつもない偉業であった。


 感慨深く、なんてものじゃなく、未だ信じられない思いで、「水瀬未来」と書かれたアイコンを眺める。

 シンプルなフルネームか。少し意外だ。見たことないから分からないけど、陽キャ一軍女子はもう少し砕けて書く人が多そうな気がした。


 ちらりと対面に座る少女を見ると、彼女も俺同様、スマホに視線を落として満足げに頷いていた。


「……ん。じゃあ、まずは友達一人目ってことで、よろしくね」


 スマホを見てえへへ、と笑う水瀬に俺は内心首を傾げた。

 彼女にとってはレインの交換なんぞ、珍しくもないだろうに。

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