第8話 デビュー動画を作ろう(1)
「窮屈です」
「がまんがまん」
モバイルトラッカーをラキにつける。
窮屈で不満そうだけど、これから長く付き合っていくんだから我慢してほしい。
この小柄のモバイルトラッカーは後頭部、両手首、腰、両足首に専用のバンドを使って装着するだけで3Dでフルボディトラッキングできる優れものだ。
ラキが合格してから三か月。
九十九からラキのVTuberとしての姿『ラッキー』とモバイルトラッカーが送られてきた。
その間は、柄にもなく少々働き者になったがそのおかげで、なんとかまだ生活はできる。
私が描いたラキのイメージがそのまま現れたような天才的な3Dモデリング。
どこか眠たげな眼に気だるげな表情、ぶかぶかのシャツを着て、首には麦わら帽子を掛けている。
スマホでアプリを開いて、トラッカーと接続するとアプリ上にラッキーが現れる。
「すげえ!」
「見せて!見せてください!」
ラキがわちゃわちゃ動くと、アプリ上で動くラッキー。
ARモードにしたら私の部屋のなかに、ラッキーが現れる。
外にラッキーを表示させるのは、基本的にARモードになる。
ラキの動きに同期してラッキーが動くから徒歩で移動するときとかはトラッカーつけた状態で前の道を撮影するだけで、ラッキーが歩いて移動している様子を撮れるわけだ。
デビュー予定日までは後二週間。
合格したのは、ラキを含めて三人というのは聞いている。
ラキは唯一の動画勢で、初配信ではなくて動画投稿の予定だ。
それまでにデビュー動画を作らないといけない。
「それでデビュー動画どうするんだ?」
「構成的には軽い自己紹介は入れてほしいとのことなので、そこ以外でインパクトを残したいです」
「となると……」
顎に手を当てて考える。
ラキの方針を明確にするのが良いだろうし、それでいてインパクト……って
「おい、なにしてる」
いつもの白いワンピースではなく、私のぶかぶかのシャツでもなく、アウトドア用に通販で買ったマウンテンパーカーに着替える。
サイズを間違えて、ほとんどワンピースのようになったそれと長ズボンを履いて、完全に外に行きますよの姿になったラキはふふんと胸を張った。
「僕に考えがあります!」
ロクなことにならなさそうにその笑みに、ため息をつく。
どうやら私は
◆◆◆
ボロアパートの外には何もない。
都会人に言わせると、草木があり、川があり、山があるのかもしれないが、田舎人から言わせると何もないのだ。
西に少し離れた場所に米農家の大きな家が建っていて、さらに西に行くと家やスーパーが見えてきて大通りにでる。
東には古びた神社が建っている。北と南は山だ。
この場所にアパートを建てた理由を以前、婆さんに聞いたことがあったがそのときは『ここにあったほうが喜ばれると思って』と少し心配になるような返答をされた。
このボロアパートが曰く付き物件だと言われているのは、この立地も確実に影響しているはずだ。
「今日は虫捕り網は要らないのか?」
「ここら辺の虫は一通り捕まえて写真に収めたので大丈夫です」
「マジで手だけはちゃんと洗えよ」
ラキに預けたタブレットの写真フォルダだけは絶対に見ないようにしないと。
「そして今日はこれを持っていきます!」
ラキは家の前に無造作に置いている釣り竿ケースを取ってくる。
二千円ぐらいで買えたものだ。
「釣りでもするのか?」
「そうですけど、まずは最近できたお友達がいるんですそこにいきます」
「お友達……?」
この辺りに人は住んでいないと思うけど……
ラキについていくと、山から流れる川についた。
流れが速く、入ったらすぐに流されて死んでしまうぐらいの川だ。
ごつごつとした白い石が転がる川を、ラキと一緒に上流に向かって歩いていく。
こんなところに誰かいるのか?
若干の不安を覚えながらラキについていくと、川の上流に動く影のようなものが見えだした。
人間大ではなくて、野良猫ぐらいの大きさですばしっこく動いている。
近づくたびにその姿が鮮明になる。
毛は茶色っぽくて、体長は猫よりは少し大きいだろうか。
「……イタチ?」
「カワウソですよ?」
「カワウソ……」
なんか水族館で見たことある気がする。
かわいいやつだ。
でも水族館で見たコツメカワウソとは少し違う種類っぽい。
毛色は少し茶色っぽくて、私のことをめちゃくちゃに警戒している。
でもラキには懐いているようで、足元をするりするりと歩き回っていた。
流石元天使だ。
「友達ってこの子たち?」
「そうです!この子たちに動画撮影を付き合ってもらおうと思いまして」
「へ~」
「題してカワウソVSダ天使!どっちが魚捕るのが上手いか対決~~~!」
「ぱちぱちぱち」
拍手するのが面倒なので口で言っておく。
野生のカワウソなんて初めて見たし、そんなものと仲良く釣りをしている姿は確かにインパクトになるだろう。
日本にカワウソなんて居たんだな、とのほほんとそんなことを思いながら釣り具の準備をするラキを見る。
その間は私がカメラ担当で、動き回る可愛らしいカワウソたちを映していた。
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