美少年悪魔、コンカフェで働く

チャハーン

プロローグ 勝利、或いは左遷か

 机の上に置かれた三枚のカード、それを囲うように僕を含めて四人が椅子に座っている。

 僕から見て左にいる老婆、名前を四級子爵オロス。彼女は手に持っていた二枚のカードを見つめると、チップ───お金ではなく人間の魂───を二枚上乗せした。

 その隣にいる蛇頭、一級男爵イートゥ。先のオロスよりも一つだけ階級が下だが、持っているチップの質はこいつの方が少しばかり高い。


「ヴィル、お前はレイズするのか?」


 僕の右にいる狼の頭をした大男、僕と同じ二級男爵のナルガンが言った。


「もちろんレイズさ、軽く五百と行かせてもらおうか」


 僕は胸ポケットからタバコを取り出すと火を付けた。

 ナルガンは僕の言葉を聞くと嘲笑うかのように言った。


「お前、これのルールをわかっていないな?最低でも一万は賭けないといけないんだぜ」


 もちろん、ルールはわかっているつもりだ。

 先程オロスが上乗せした金額が一万だ。ゲームを降りないのならば、同じように僕も一万を賭けなければならい。


「なっ…五百万だと?」


 三人が呆気に取られている様子は滑稽そのものだ。イートゥは舌をだらしなく垂らし、元から小さい目が点になるまで細めていた。まるで山羊のようだ。


「フン、どうせはったりだ」


 オロスが喉を鳴らして言う。

 はったりと思うのならば更に賭けるといい。

 イートゥは無数の鱗によって抑えられていたカードを机の上に置くと、舌を何回か出し入れした。


「ここに出されたスペードのエース、こいつは僕の方を向いている。これが何を意味するかわかるか?」


 オロスは悔しそうな表情でカードを机に置いた。

 ナルガンを見たが、依然カードを握っている。

 あとは出来る限りチップを賭けさせて全部頂くとしようか。ナルガン二級男爵───枢機卿くらいの資産を持っていると噂される高潔な吸血鬼だ。


「これは僕の勝利を意味している。それでも挑むかい?」

「面白い、いいだろうレイズだ」


 それでこそ吸血鬼だ。もっとも、お前に勝てるビションは存在しないが。

 場に出たカードはスペードのエース、ダイヤの3、クローバーの3だ。そして次のターン、ディーラーが引いたカードはハートのクイーンだ。

 僕の持ち札はクローバーの3とハートの7だ。これによりスリーカードが出来る。


「ハートのクイーン、君のような独身の吸血鬼にはお似合いじゃないかい?」

「五月蝿いぞ小僧。レイズだ」

「もっと出してもいいんだよ、例えば…一千万相当のパラディンの魂とか」


 まだ枢機卿の魂を出させるわけにはいかない。

 もっと、もっと、もっと多くの魂を。


「パラディンを?その程度でいいのか?ではこれを賭けよう」

「は」


 いかん、冷静になるんだ。

 大司教の魂、僕が想定していたよりも遥かに大きい額だ。

 ナルガン男爵、まさかこれほどの資産を持っていたとは…そしてそれをただの賭場で出せる勇気、さすがは万年生き永らえた吸血鬼だ。


 ここで使われているチップは、我々のような地獄の住人が人間から''合法的に''奪い取った魂だ。人間の魂の価値によってチップの額は変動し、殺人鬼のような悪人はほとんど無いに等しい。

 逆に善人の魂は価値が高い。徳を積んだ人間は自然と魂の価値が上がっていく。もちろん徳を積まなくても魂の価値は上がる。

 簡単な方法は教祖になることだ。自分に付き従う人が多ければ多いほど魂の価値は右肩上がりになる。例えば世界の主要な宗教団体の偉い人になれれば相当な額だろう。


 大司教は相当な額になる。

 到底僕がレイズ出来る額ではない。


「お、面白い…それでこそギャンブルだ」


 ダメだ、ここで心の奥底を晒してしまえば───


「少し待ってくれ」


 僕は自分でも気づかないうちに知人に連絡を取っていた。

 ネクロン財閥と呼ばれる、地獄ではかなりの影響力を持っている会社のトップ、ネクロン第二公爵にメールを送っていた。


 ───ネクロン、いきなりだが大司教クラス借りれるか?

 ───利子は高いですよ。


 手元を見ると、既に大司教のチップが一枚握られていた。

 僕は恐る恐るチップを机に乗せた。たった一枚のチップにこれほどの重みを感じたのは初めてだ。


「ナルガン、お前のその資産…恐れ入った」


 最後の、五枚目のカードが引かれた。

 ダイヤのジャック。

 特に何か変わるわけではないが、良しとしよう。


「スリーカード」


 勝ちを確信した。

 が、


「フルハウスだ」


 嘘だろ。

 ハートの3とダイヤのエース、正真正銘のフルハウスだ。つまり僕は負けてしまった。大司教の魂を借りて、持ちうる全財産を賭けて勝負に挑んだというのに───


「チップを渡してもらおうか」

「やっ…やめ」


 チップを離したら、無一文になってしまう。有名無実の男爵になってしまう。


「終わったな、もう諦めろ」

「僕はまだ」


 言い終わる前に僕の体は宙を舞った。

「ふ、ふざけるな!僕はまだ戦える!チップが───」

【もう貴方のチップはありませんよ】


 声が聞こえた。と同時に、自分の体が何者かによって抑えられていることに気づいた。四肢の関節を手で握られ、もがいてみたがビクともしない。

 恐る恐る後ろを振り向くと、ネクロンの顔が───

 不気味な笑みを浮かべる石膏のマスクを被った男の顔が、闇からその姿を顕にしていた。


【吾は無駄な借金を作るつもりはありません、返済が絶望的だと判断した瞬間…精算、します】

「ちょっと待って!僕は…僕は!」


 石膏頭の口元が微かに動き、口角が上がり始めた。

 気づいた時には僕の体はネクロンと向き合っていた。


【ご安心を、返済のあてはありますよ】

「僕を殺して、臓器でも売るつもりか!」

【うーん…どうも誤解が生じているようだ、働いて返してもらいますよ】

「僕に働け…と?」


 ネクロンは微笑した。


【人間界で…ね】

「よ……よせ!まだ僕は人間界に行きたくない!」

【吾の手足たちよ、この者を丁重に人間界へ送りなさい】


「い……や…!」


 こうして僕は住み良い地獄から、人間界へと飛ばされた。

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