第8話 首謀者

「今日は嶋内君休みなんだねー」


「え? ああ、そうだね」


 5月13日、九里ヶ崎高校。


 移動教室中の水希は、中学時代からの友達である──釘舘くぎたち 空緒あおと共に体育着に着替えてグラウンドに向かっていた。


 悠真と水希の喧嘩のヤジでちょくちょくセクハラ発言をするのは、9割9分この女子高生の仕業である。


「どういうつもりなのかね~、金曜には球技大会だってのに~」


「そ、そうだね……」




 九里ヶ崎高校では毎年5月の第3金曜日と1月の第3金曜日に球技大会があり、この時期になると生徒達は躍起になる。


 九里ヶ崎高校は異能力者ディナイアラー育成機関なので、自由に異能力ディナイアルを使用出来るのだ。


 普段の異能力ディナイアル向上の堅苦しい授業とは違い、思いのままに行使出来るのだから誰もが気合いを入れてくる。


 夏休みに北海道で開催される現地の高校との1週間の異能力ディナイアル対抗戦、10月に大阪で行われる3日間の合同体育祭と、自由に異能力ディナイアルを行使出来るイベントは目白押しだ。


 しかし九里高内のみとなると、この球技大会が唯一となる。


 九里高球技大会は区内にある専用グラウンドと体育館で行われ、毎年全国から多くの観客が動員される。


 企業のスカウトもこぞって来るため、ここで如何に活躍して名刺を貰えるか、という面もあるので、この時期に悠真のように体調不良でも無いのに休む生徒は極めて稀であった。




「で、私らは何だっけ?」


「1年はサッカーだよ」




 男女で分けられる事は無く、全学年がA組対B組で3度競技を行い、勝敗を決するというシステムだ。


 今年度のA組は定員の30人に対し、B組は悠真を含めて31人と数的有利なので勝てる可能性が僅かに増えている。


 交代は1度出た者はその試合に出られないが何人でも交代出来るので、1人多いというのも戦略次第では使える手段が増えるだろう。


 だがやはりA組は異能力ディナイアルのエリート集団、過去50年間で球技大会で全学年含めB組がA組に勝利した回数は、僅か6回だけである。


 そしてその6回とは、ある者がB組に在籍した3年間だけとなっていた。


 現九里ヶ崎高校理事長にして、妖十家が一家〝二条〟現当主──二条にじょう 誠一郎せいいちろうである。




「どうせ負け試合でも、名刺のためには頑張りたいよね~」


「まあ1年B組で貰えるかは分かんないけど」


 補足として、1年B組在籍の生徒で名刺を受け取った事がある者は数年に1人ほどはいる。


「それ抜きでも家族観に来るからな~……はぁ、回ってくるな出番」


「出たいのか出たくないのかどっちなのそれ……」


「ゴール前で駄弁ってたいわ~」


「それも無理だね~」


 サッカー問わず、全種目で生徒達はガチで勝ちに行くので、部活の試合張りに本格的なプレーをする。


 そのため今週は授業よりも練習の方が多い。


「てかさ、水希って嶋内君と付き合ってんの?」


「はあ!? えっ、な、何を根拠に……」


 分かりやすく動揺する水希が面白くて笑いを堪えようとする釘舘だが、やはり堪えきれずに顔面を水希の胸に埋め込む。


「ひゃっ! ちょ、ちょっと空緒!!」


「良いではないか良いではないか~、私には無いこの胸ならどんな男子もイチコロよ~」


「いいから離れなさいっ!」


 両肩を掴んで無理矢理引き剥がすと、釘舘は満足げにホワホワした笑みを浮かべていた。


「で、ABCのどこまで行ったの?」


「だから付き合って無いってば!!」




   ※ ※ ※ ※ ※




「ハックシュッ!! 何だ急に……噂されたらくしゃみってアレマジなのか?」


 同時刻、九里ヶ崎区内のとある喫茶店。


 平日の午前中とはいえ、客が悠真と張り込んでいるメアリーと露城と黒サンタだけという閑静な店内。


 奥の方のテーブル席で紅茶の口の中で転がしていると、入り口から1人の青年が昨日と全く同じ格好で来店した。


 赤城勇翔──昨日水玖を狙った男、そして暗躍する者の手がかりとなる情報を持っているであろう唯一の男。


「どうも、昨日ぶりですね!」


「そうだな」


 悠真の向かい合う席に座ると、店員が水の入ったコップとおしぼりを勇翔の前に置き、エプロンの胸ポケットからメモ帳とシャーペンを取り出す。


「ご注文は」


「あ~、俺昨日の電車代で所持金40円になっちゃって……」


「奢る」


「ありがとうございます! え~そうですね~」


 奢ると聞くとすぐさま席の端にあるメニュー表を開き、1度全ページを通して見てからバンとメニューを閉じる。


「タマゴサンドとオレンジジュースで!」


「かしこまりました、少々お待ちください」


 お姉さんの営業スマイルを見送り、青年は遠足に来た少年のようにワクワクしながら立ち上がって店内を見渡した。


 ノスタルジックな雰囲気を漂わせ、流れてくるジャズが味を出している。


 店内が直接注文を聞きに来るという、東京都内では極めて珍しいレトロなシステムが、一部の人々に受けているらしい。


「ここの常連なんですか?」


「俺も初めて来た」


「なるほど、人がいないからっていうチョイスですね、なら連れの人に聞こえるように声を張る必要も無いですね」


 隠しているつもりではなかったが、他の客が悠真の連れだとすぐに気付いた勇翔。


 また通常なら聞こえないように声量を落とすと言う場面のはずだが、どうやら勇翔も隠すつもりは無いようだ。


「それで、聞きたいことはなんですか? 答えられる範囲なら何でも答えますよ」


「分かった──まず、お前は何者だ」


「赤城勇翔、19歳、見ての通り男、ある女を追って九里ヶ崎区に来ました」


「なら何で昨日アクーニャランドにいたんだ」


「あー、あれは事故というか……九里ヶ崎に行こうとしてたら間違えちゃって」


 意味が分からない。どういう移動手段を取れば九里ヶ崎区と間違えて金麗区、それもアクーニャランド内に辿り着けるのか。


 この時点でかなり怪しいが、不思議と嘘はついていない様子なのでメアリーは踏み込まずに質問を再開しろと手振りで促した。


「そうか……お前は昨日、あの子を攫った男を知っているのか?」


「いえ全く、けど仕向けた首謀者は知っています」


 という事はあの男はただの下っ端なのだろう。そして聞きたい情報を持っているという可能性は当たりのようだ。


「そいつは誰だ」


「そうですね、口では言えないので……」


 勇翔はそう言って紙ナプキンとアンケート用のボールペンを取り出し、首謀者である者の名前を書いて悠真に渡した。


〝蘭堂 薫〟


 悠真は名前に聞き覚えは無い。


 スマホで写真を撮ってからクシャクシャにしてポケットに突っ込み、3人に聞き覚えが無いかと送信した。


(てっきり三苫の残党か、他の妖十家だと思ってたんだけどな……)


 すると3人からメッセージが送られてきたが、残念ながら全員聞き覚えが無いという事だった。


「それから、勘違いされていると思うので1つ言っておきますね」


「何だ」


 水を1口喉に通し、それまでの笑顔から突然切り替わったように真剣な表情で悠真を見つめる。


「奴の本当の狙いはあの子ではなく──




 ──嶋内悠真さん、あなたの命です」




   ※ ※ ※ ※ ※




「あっ、ごめん!」


「何やってんの~」


 同時刻、九里ヶ崎高校グラウンド。


 2人1組でサッカーのパス練習を行っていた1年B組。そんな中水希は釘舘からのパスをトラップし損ねた。


 どんどん転がっていったサッカーボールは、見学していたある女子生徒の座っていた車椅子に当たって止まった。


「すみませーん!」


「大丈夫、1年生も頑張ってるね、私は出られないけど期待してるから」


「ありがとうございます! ──






 ──先輩!」





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