第5話 回復薬

 ドラゴンから何とか逃げ切った。だが危機はまだ去っていない。


 慎太郎の周りにはオオカミがいる。慎太郎は息を切らしながらも戦闘態勢、らしき構えを取る。


 睨み合う。しかし、その睨み合いをすぐに終わる。


「グルル……」


 オオカミたちが慎太郎への包囲を解く。どうやらもう敵意はないようだ。それを見た慎太郎は緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込むように座り込み、オオカミたちも疲れたのか各々その場に腰を下ろした。


「……。お腹、すいた」


 慎太郎のお腹の虫が鳴く。朝方、一日に食べられる量である10個の石を食べたはずだが、お腹が空いていた。


「そっか。動いてなかったもんね。お腹もすかないわけだ」


 単純な話だった。動かなければ腹も減らない。食べられなかったのはそれだけの理由のようだ。


「喉も渇いたけど……」

 

 どこかに水場はないか、と周囲を見渡すが見当たらない。石は食べているが水分は取っていないし、ドラゴンから逃げるため全力で走ったので喉が渇いていた。


 そんな様子の慎太郎の元へ一匹のオオカミが近づいてくる。それを見た慎太郎は座りながら身構えるが、オオカミに敵意がなさそうなので少しだけ緊張を解く。


「ガウッ」


 慎太郎の近くまで来たオオカミが短く吠えると慎太郎の横を通り抜けてどこかへと歩いていく。それを見た慎太郎はなんとなくついて来いと言っているような気がして、立ち上がってオオカミの後についていった。


「……水だ」


 オオカミの後をついて行くと小さな泉に辿り着いた。うっすらと青い色をした水をたたえた美しい泉で、水面は日の光を反射してキラキラと輝いている。


 慎太郎はその泉に近づくと両手で水を救って口に運ぶ。そして、泉の水を口に含んだ慎太郎は、なぜかほんのりと甘い水に驚いた。


「普通の水じゃない?」


 慎太郎はすぐに気が付く。オオカミに噛まれた後、ドラゴンから逃げる際に枝や葉で傷ついた頬、その他細かな傷がキレイに消えている。


「これって、回復薬とかなのかな?」


 もう一度水をすくって慎太郎は口に含む。やはりほんのりと甘く、ただの水ではなさそうだった。だがその水が回復薬かどうか鑑定する力を慎太郎は持っていないので、正確なところはわからなかった。


 慎太郎は泉の周りを観察する。オオカミたちが水を飲んでいる。水を飲んだオオカミの傷があっという間に消えていく。やはりこの水は回復薬か何かなのだろう、と慎太郎は確信する。


 もう一度慎太郎は泉に目を向ける。そして、その水の中に石が転がっているのを見つけた。


 回復薬らしき泉の中にある石。慎太郎はそれを手に取り、じっくりと観察する。


「もしかして。いや、どうなんだろう」


 もしかしたらこの石を食べたら回復薬が作れるようになったりするのだろうか。と慎太郎は考える。まさかそんな都合のいいことが、と疑いながらも、そうだったらいいなぁ、と期待もしていた。


「よし。お腹もすいたし、食べてみよう」


 慎太郎は泉の中の石を口に入れる。口に入れると回復薬と同じ優しい甘さが広がり、噛んでみるとシャリっと独特な食感をしていた。


 慎太郎は石を飲み込む。そしてすかさずステータスを確認する。


「レベルが、上がってる。それに……」


 サッとステータスに目を通す。


 変化はあった。回復薬生成の能力を身に着けていたのだ。


「石がある場所も関係あるのかも」


 ちょっと楽しくなってきた。慎太郎はまだ腹が減っていたので泉の中の石をさらに9個食べた。その結果、レベルは40に上昇。各種数値も上昇し、新しい能力も手に入れた。


「回復薬生成に+がついてる。これって、どういう意味があるんだろう?」


 ステータス画面の一番下。そこに『回復薬生成+9』という項目が増えている。これがもし文字通りなら結構すごいことかもしれない。


「と、とりあえず、やってみよう」


 慎太郎は試しに念じてみる。すると手からぼたぼたと液体があふれ出て来た。


「わ、ど、どうしよう」


 慌てる。だが慌ててもどうしようもなかった。近くには回復薬を入れる容器はないので、とりあえず生成をやめるしかなかった。


「回復薬を作るのは容器を手に入れてからにしよう。それまでは怪我をしたときにだけ使おう」


 もったいない。せっかく作った回復薬も垂れ流しでは意味がない。なので瓶か何かを手に入れるまで、回復薬はあまり作らないことにした。


「それにしても、大収穫だ。もしかしたら、火山の石とかを食べたら、マグマとか作れるのかも」


 楽しくなってきた。楽しんでいる状況ではないのだが、実験をしているようで慎太郎は楽しくなっていた。


 だが、楽しむ前にこれからどうするかを決めなくてはならない。特に今日の寝床の心配だ。どこかに手頃な洞窟でもないものか。


「そもそもこの森はどこで、ここはどの辺りなんだろう」


 この場所は転移した異世界のどの辺りなのだろう。まあ、わかっても異世界の地理を全く知らない慎太郎にとっては意味は無さそうだが。


「……レベルを上げよう。次にドラゴンが来ても、安全に逃げられるように」


 正直、ギリギリだった。地をかけるあのドラゴンがブレスを吐かなかったからよかったものの、もし吐いていたら今頃ここにはいなかっただろう。


「どれぐらい上げたら高レベルなんだろう。いや、そんなことは考えずにとっととレベルを上げよう」


 怖いから。何とかレベルを上げて安全に逃げられるようにしなければならない。


 石を食べればレベルが上がる。石を食べるとお腹がいっぱいになる。運動をするとお腹が空く。おなかがすけば石を食べてレベルを上げる。


「……スクワットでもしようかな」


 走り回ろうか、とも考えた。しかし、下手に動き回ればまたドラゴンの様な危険な化け物に出くわすかもしれない。


 なんで筋トレをすることにした。スクワット、腕立て、腹筋と慎太郎は自分の思いつく限りの筋トレを始めたのだった。

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