千陽らのお姉ちゃんの勇姿

隼瀬の話の前にこっちやろうと思ったら忘れてたテヘ



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2048年 11月6日



この世界で地元九州を中心に絶大な人気を誇るプロ野球チーム、福岡ファルクス。そのファルクスに2026年秋のドラフトで1位指名され、以降今年まで22年に渡りずっとファルクス一筋で、投手と野手の二刀流で活躍してきた"ミスターファルクス"(この世界では女性がミスターなのだ)こと葛西陽葵選手は今年のレギュラーシーズン前半戦、試合後のヒーローインタビューのお立ち台で突如、今季限りでの引退を発表。それからファルクスはまるで陽葵の花道を用意するかのように怒涛の快進撃を続けてペナントレースを独走、日本記録の102勝という星をあげて地区優勝を決めると、そのままプレーオフもその強さを見せつけあっさりとリーグ優勝、日本シリーズ進出を決める。そしてこの日、そのファルクスとホエールズの、力と力がぶつかりあい、お互い3勝3敗で迎える日本一決定戦の最終戦を福岡で迎え、陽葵は首脳陣に直訴し、約4年振り、そして現役選手としては最後となる先発のマウンドに上がる事を決めたのであった。


『2番、ピッチャー!葛西ぃ陽葵ぃぃ!熊本県熊本市出身!』


このファルクス本拠地、福岡ヘイワドーム伝統のスタジアムDJのスタメン発表。このコールと共に陽葵の画像と成績がビジョンに映し出されると、わあああっと物凄い地響きのような歓声がファルクスファンのみならず、相手のホエールズファンも混じって球場全体に響きわたる。そして、今日はお互いのファンは試合結果がどうなっても、2020年代後半からずっと日本球界の顔だったレジェンド、葛西陽葵の最後の勇姿を見届けたいと、それだけを願うのだ。 自他ともに認める陽葵の1番のファンたる妹の芳美もこの球場に居る誰よりも、ずっと憧れの姉の最後のプレーをしっかり目に焼き付けようと願う。


「勝っても負けても、これでほんなこて最後か・・・」


「芳美、まだ泣くなよ」


「なん、にーにだっちゃ泣きそうな顔しとったん」


「そらあ僕も中学ん時からずっと、葛西陽葵って言うすぎゃあ野球選手ば見てきたけん」


「ほんと、凄すぎるばん、姉ちゃんな・・・」


そんな芳美も陽斗も家族皆が見守る中、いよいよ試合開始の時刻がやってくる。


(22年か・・・これまでの私の選手生活は全てこの日のために・・・私なんかのために凄い歓声を出してくれるファンのため、そしていつもすぐ側で支えてくれた家族のために今日は・・・)


「最初から全力で行くぞ!」


プレイボールからの初球、相手先頭バッターのインコース高めいっぱいに入ったそのフォーシームに球場は一旦静まり返って、スコアボードに101mphという球速、スピン量3027という数字が表示されると、すぐにおおおおおっと歓声が沸き起こる。陽葵は最近、年齢もあって先発は少なくなり、リリーフ登板でもストレートで100マイルを超える事などなくなってきていたが、今日のこの初球は彼女の若い頃、バリバリの二刀流だった全盛期のそれそのものであった。そして、この初回をあっさり三者連続三振で抑えた陽葵は、その裏の攻撃でもいきなり先制ホームランを放ち、4回にも追加点となるタイムリーも打ち、投手としては6回表終了時点で68球でパーフェクトと全盛期のような躍動を見せ、球場に見に来ていたファン達は「今日の葛西若返っとるな」なんて口々に言い合ったりする。まあしかし、陽葵が最後だからと無理している事は受けるキャッチャーや、甲斐監督ら首脳陣もお見通しなわけで・・・・・・


「陽葵、お前もう限界だろ。ブルペンで唯達も準備しとるけん無理すんな」


現役時代、捕手として若い頃の投手陽葵を多くリードしてきて、よく分かっている甲斐監督自らそう言うが、陽葵は露骨に嫌な顔をする。


「監督のお気遣いはありがたいですが、私は今日だけは、あのマウンドを誰にも譲る気はありません」


「ばってんお前、明らかに顔色も・・・」


「嫌です、今日はいくら止めても無駄です。それにこの日本一決定戦ていう大事な試合で勝ってる時に先発を早めに降ろすなんてありえんでしょ、拓さん」


監督が現役だった頃の呼び方に戻って、そう言って微笑む陽葵。そして、甲斐拓未監督は陽葵がこういう気持ちを出した時は誰も止められない、何を言っても無駄だと言う事はよく分かっていて、一言だけ伝える。


「楽しめよ、陽葵」


「拓さん・・・はい!よし、今日は皆祝杯あげるぞ!」


陽葵が笑顔でそう叫ぶと、彼女の背中を見て育ってきたファルクスの今の主力達もうぉぉおおおおと声を上げ、元気を出す。そして、ここから更にリミッターを外した陽葵は、7回表もホエールズ打線をパーフェクトに抑え、裏には今日2本目のレフトスタンド上段に飛び込む大ホームランも打つなど、一気にファルクスに流れを引き寄せると、8回も三者凡退。8-0のファルクスリード、日本一まで後アウト3つ、そして葛西陽葵投手パーフェクト継続中、ヘイワドームのファンのボルテージは最高潮に達していた。


「なんかホエールズファンまで葛西コールしてくれてません?」


9回の登板前、同郷で高校時代の先輩でもあるキャッチャー村上澪に、なんかお客さんの声援凄いっすねと他人事のように言う陽葵。


「そらお前、もうこの回で現役葛西陽葵は最後だけん」


「いやあ、ばってんこっからホエールズ打線が奮起して追いつかれるかもしれんし」


「まあありえんくはにゃあばってん・・・ばってん大丈夫、今日のお前はいつもの39歳のベテラン選手じゃにゃあ、私が最初にバッテリー組んだ高校ん時と変わらんごつあるけん」


「まあ、だいぶ色々無理はしてますんでね。あ、そうだ澪さん、ちょっとご相談が・・・・・・」


自分の体の状態を把握して、澪にある事を耳打ちする陽葵。それを聞いた澪は一瞬、ベンチを見かけるが、陽葵の最後まで投げたいという強い気持ちを尊重し、キャッチャーボックスに戻る。


(陽葵、お前のそぎゃんとこ高校ん時から変わらんよな・・・よし、こうなったらもう思う存分、最後のその時まで・・・・・・)


そんな事を考えながら、高校時代に衝撃を受けたなんてそんなもんじゃなかった、とんでもない怪物が現れた!と感じた後輩の最後の登板の球をキャッチャーミットで噛み締めるように受け取る澪。そしてこのイニング2アウトを取ったところで、彼女はタイムを取り、マウンドへ駆け寄っていく。


「陽葵・・・!」


そう、陽葵はこの試合87球目のフォーシームで三振、この回2アウト目を取った直後、そのままマウンドに腰を下ろしたまま立ち上がらないのだ。


「お前、さっき言いよった肩の痛みが・・・」


「い、いえ・・・ちょっとここへ来て流石の私も緊張しちゃって、マウンドにこれを書いてたんですよ」


「?」


ふとマウンドの土を見ると、心という文字が彫ってあり、澪はそれを見て、恩師の名前を口にする。


「心・・・芙美子先生の言葉か」


「そうです、いつも真心を持って、感謝とかの気持ちを忘れずプレーしろって言われてましたよね。ふと今思い出して、最後は私から全てのファン、チームメイト、ライバル、家族達への感謝を込めて思いきり投げます。勝ちますよ、澪さん」


「お、おう!」


ともかく、陽葵はやばい怪我をしたわけじゃなさそうだと澪もチームのトレーナーらも安心して、再びプレーが始まると、陽葵は相手バッターを2球で追い込んだものの、それから嫌に粘られ、なかなか決着がつかない。


「陽葵さん、とても引退する選手の球じゃないっすね」


ホエールズの9番、梶山が嬉しそうにそう言ってきて、だろ?だけんどうせならさっさと三振せんかと返す澪。


「いやいや、俺だってこの対決すぐ終わりたくないすから」


「まあそら分かるな・・・よし、じゃあ打たせたるわ」


このベテラン捕手がそう言う時、三振させるつもりだろうなと解っている梶山は、なんとかまた粘ろうとバットを出す。が・・・・・・


「・・・・・・マジかよ」


その最後の、陽葵が全身の力を込めて投じたその球は、気付いたらストライクゾーンど真ん中の澪のミットに収まっていた。そして目の前を駆け出していく澪が、周りにバレないように倒れ込む陽葵を抱き抱えたのは、陽葵の家族以外でそれを分かったのはこの梶山選手だけであった。



試合終了後



家族の待つVIPルームに、澪に支えられた陽葵がやってきて、陽斗が彼女を思いきり抱きしめる。


「最後倒れるまで無茶して!こんバカどんが!・・・ほんとはとっくに限界来とったくせに最後の最後までしこつけて(カッコつけて)・・・ほんなこ・・・・・・ほんなこてむしゃんよすぎばん(かっこよすぎだろ)、あんたな・・・・・・」


陽斗が号泣しながらそう言う言葉に、皆ウンウンと頷きながら、目を潤ませるのであった。



葛西陽葵 2027〜2048(全期間福岡ファルクス所属、熊本第四高校卒)


背番号18→7(入団時から憧れの先輩だった選手に懇願して彼女の引退時に受け継いだ)


投手成績通算


357勝84敗169S 防御率2.83 奪三振862(30代半ばからは抑えに転向)


野手成績通算


打率.307 安打3957 本塁打796 打点2638 盗塁843 守備率.985


歴代記録


球団史上3人目の新人2桁勝利2桁本塁打


日本プロ野球史上最速19歳8ヶ月で100号本塁打到達


史上2人目の若さ22歳7ヶ月で100勝到達、同時期に史上初の若さで200盗塁達成


22歳8ヶ月 前人未踏の1シーズン3回目の完全試合達成


上述のように特に22歳のシーズン、キャリアハイとなった2031年シーズンは走攻守投と全てにおいて大暴れ。この世界の日本、いや世界を見ても野球界史上初の20勝50本塁打40盗塁達成という化け物みたいな記録で史上初の投打タイトル文字通り総ナメ。

300盗塁、200号本塁打、400盗塁、250号本塁打、1000本安打・・・と、その後も通算記録の節目は全て史上最速であった。


ファンからの愛称等 葛西ひまわり(彼女がヒーローインタビューでいつも笑顔だった事から名前をもじってつけられた)

かさひま

野球星人(それほどの活躍ぶり)

(現代の)球聖

ミスターファルクス

勝利製造機

ゾーン葛西(野手出場時も投手としても守備のよさから)

ミスターパーフェクト(完全試合、ノーヒットノーランも複数回達成したため)

家族愛野球おばさん(一部のコアなファンから)

























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