桃花からの告白(8-4)
結田の駅を出発した電車が、のんびりと町中にすべり出す。そろそろ桃花の家の場所を確認しようとして、メッセージが入ってたことに気が付いた。
――そういえば桃花って、引っ越しとか言ってなかった?
私がメンバーになってる数少ないグループだったので、その後で何人かから「私も聞いた」「それって今日じゃね」と返信が付いている。
血の気が引く感覚と嫌な汗がじわっと出てくる感触の両方が、私に襲いかかってきた。
震える指先でありがとー 取りあえず行ってみるとだけ打って、私は天井を仰いだ。
引っ越し…… 引っ越し! いつしてても不思議じゃないそのことに今の今まで思い至らなかったことに、愕然とする。
私のところに、あのノートが届いたタイミング。きっと今を逃したら、もう桃花に想いを伝えるチャンスはない。直感的にそう思って飛び出してきたけど、桃花がこの町から離れるってことまでは考えられなかった。
聞き間違いかも知れないし今日じゃないかも知れないしまだ午前中だし……。
わき上がってくる不安を振り払うのに、必死であれこれ考えた。ぐるぐるしてる思いは何回も、焦りの混じった願いに戻ってくる。
お願い、とにかくこの電車、早く着いて――!
***
――体育祭とか文化祭の空気って、特別だよね
普段はあんまり交流ない子とかとも
気軽に話せちゃう
でもやっぱこの時、もう完璧に混合リレーでしょ!
ドラマだったな~
自分でも自分の走りにびっくりしたもん
それでさ、今はもうバレてると思うけど
みんなの所に駆け寄りながら和佳奈のこと
探したんだよ
嬉しかったな~ 和佳奈とハイタッチ
本当はハグとかしたかったけどね
このときは我慢した
***
はやる私の心をなだめるように、ノートの中の桃花は気さくで、どこか楽しげだ。
2年生の体育祭。クラス対抗の混合リレーで優勝が決まった時の「特別な空気」は、私もはっきりと思い出せる。
だけど、それ以上に――。
放課後の教室で「ニセモノ」の記憶を一緒に作った桃花とのやり取りの方が、私にとっては特別で、大切な時間だって今は思う。
“もうバレてると思うけど” だって! 私、本当にこういうの疎くて、鈍感なんだよ!?
体育祭の時は熱に浮かされてただけだし、この間だって、桃花の気持ちに全然気付けてなかった。
私のこと、目で追いかけて、さり気なく近づいて、ハイタッチして……。同じ空気を吸っていたはずなのに、こんなにも違う想いを抱えてたなんて。
ハグ、してくれてたら、どんな気持ちだっただろう?
あの頃だったら、ええってびっくりしただけかな……?
それとも、桃花の心の中にあった何かが、少しは伝わったかな……。
ゆっくりと、緑色のペンで書かれた桃花からのメッセージを読みながら、「思い出ノート」の中の時間が過ぎ去っていく。そんな私のページをめくる指先に、緊張が走る。理由は、はっきりと理解していた。だって、この先に来るのは――
***
――本当に、好きになったよ
***
あっけないくらい簡潔に、桃花はそう書いていた。
2年生の秋、文化祭が終わった後。桃花が演じた放送劇と、私がかけた言葉。
本当に、本当にそうだったんだ……。「このときに好きになったことにしよう、そうしよう」って言いだした桃花に驚かされて、その後は…… 桃花と抱き合って、桃花の体温をぐっと近くに感じた、あの日。
本気めかした冗談だって思ってたけど、逆だった。
ようやく、分かったよ……。あの時の桃花がどんな気持ちだったか。
緑のインクで書かれたのは、たった一行。だけど、それだけで十分だった。
お昼休みの放送劇に感激した私が、桃花にそのことを伝えたくて、珍しく話しかけた。たったそれだけのコトだったけど、それはあの時の桃花にとって、ううん、今の私にとっても、偶然で、特別なタイミングだったんだ。
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