第26話「ダンス・ウィズ・ウルブス」

 真雪の退寮前日に行われる『お別れ会』こと、令嬢たちの親睦会。


 それは『灰銀家ご令嬢』ではなく、『真雪』とお近づきになりたいお嬢様たちにとってうってつけのものだった。


 一応、一年生限定とはなっているものの、すでに会場にはちらほらと二年生、しいては三年生の姿も見える。


 それらに優理はそれとなく注意をして回っているものの、なにより本人が楽しみなのだからしょうがない。


(またまゆちゃんに逢える! まゆちゃんのことだから、手料理も用意してくるだろうし、楽しみだなぁ)


 ぽわぽわと楽しい想像を膨らませながら、それでも優理は表情を崩さない。


 このあたりの貌の使い分けは、さすがに時東女学院生徒会長といったところである。


「皆さん、お待たせいたしました。それでは今日の主役にご登場ねがいましょう」


 司会役の如月がそう言うと、会場の全員が静まりかえった。


 そして、イベントホールの中央扉が開かれると、ふたりのメイドを従えた真雪がしっかりとした足取りで歩みを進める。


「ごきげんよう、皆さま。今日はこのような催しを開いていただき、たいへん嬉しく思います」


 スカートの裾をつまみ、腰を落として、令嬢挨拶をする。


 その仕草も声色も様になっていて、『灰銀真雪』という存在に一同が息を呑んだ。


「さすがは灰銀家当主のお方……」


「名を背負うだけはありましてね」


「素晴らしいです。実に素晴らしい……」


 ぽうっと見とれる一方で、いつもの快活さはどうしたのかとご令嬢たちが思った。


 その矢先、真雪はニコッといつもの笑顔を弾けさせた。


「じゃあみんな、堅苦しい挨拶はここまで! 今日はいっぱい楽しんでね!」


 元気いっぱいのウインクも忘れない。


 そんな真雪の素顔に触れて、またしてもご令嬢たちはハートを撃ち抜かれるのだった。


「ああ、可愛らしいお方……!」


「妹になってほしいですわ!」


「愛くるしいです! 実に愛くるしい!」


 一気にくだけた空気になった会場は、ワイワイと賑わい出す。


 その圧倒的な場の和ませかたに、優理は人知れず柱の陰でほうっとため息を漏らした。


(ああ、やっぱりまゆちゃんって可愛い……)


 うっとりとして、熱っぽい視線を向ける優理。


 そこには年上としての余裕はない。


 ただただ愛くるしい従妹に見とれているだけだ。


「みんな、かんぱーい!」


 ひとりひとりにグラスを当てて回る真雪は、それだけで周りを虜にしていく。


 すでに一学年全員の顔と名前を覚えていることが、ご令嬢たちをさらに驚かせていた。


 昔から、こういうところにも気配りがきく真雪だからこそ、優理は目が離せないでいる。


(ああ、でも、わるい虫がついたらどうしましょう。やはりここは生徒会長として、まゆちゃんを守らないと!)


 実際、なにかしらにかこつけて、真雪へボディータッチをする女子が散見される。


 そのたび、ピクッと反応しているのは優理だけではなかった。


「………………」


 如月。


「………………」


 ティア。


「………………」


 奏。


 三者三様に、お怒りマークを頭に浮かべている。


 その顔はみな平静を装ってはいるが、口元が引きつっているのだった。


 そんな近しい仲間の心配をよそに、真雪は挨拶回りを続けていく。


 しかし、そんな真雪でもさすがに腰に手を回されたときは「ひゃあっ!」と声を上げた。


「あらら、可愛らしいお声。ねえ、灰銀さん? わたくしと素敵な関係になりま──」


『女子食い』で有名なご令嬢の囁きは、しかし最後まで続かなかった。


 如月が真雪に触れていた手を払いのける。


 ティアが真雪を引き剥がして保護する。


 奏が間に割り込み、ガードする。


「あ、あら? すみません、わたくし、おいとまさせていただきますわね」


 逃げようとした『女子食い』を、優理が立ち塞がって止めた。


「すこしお話しましょうか。さ、どうぞこちらへ」


 にこりとした笑顔がこれまた圧となって、『女子食い』は恐怖に縮こまる。


 しかし相手は生徒会長。


 逆らうこともできず、言われるままに会場外へと連れて行かれるのだった。


「さて、どのような折檻をお望みで?」


「ひっ……! お、お許しください!」


「なりませんわね」


 再度、笑みを浮かべた優理は、折檻用お尻叩き鞭を手にする。


 もうそれだけで、『女子食い』は悲鳴を上げるのだった。


「あれ、今なにか聞こえたような……?」


「気のせいですよ、真雪さん」


 如月が、いつものほがらかな笑みで真雪を落ち着ける。


「さあ、真雪。お料理もありますので」


 ティアが実に柔和な態度でビュッフェへと促す。


「まゆ様の大好きなもの、そろえましたからね!」


 奏が快活な声で真雪の手を引く。


 こうして四人の連携プレーで、真雪は無事守られたのだった。


 ……

 …………

 ………………


 時がたち、宴もたけなわと言ったところで、壇上に上がったのは生徒会長の煌崎優理だった。


「みなさま、ごきげんよう」


 挨拶をして、全員の注目を集める。


 そして、手のひらを前へと突き出し、いきなりの大胆発言をした。


「生徒会長権限において、煌崎優理が宣言いたします。これより、『教導姉妹制度』を復活させましょう!」


 突然の『教導姉妹制度』という単語に、場の全員がざわついた。


『教導姉妹制度』──。


 それは、たがいを認め合い、許し合い、さらなるステージへとご令嬢を押し上げるために作られた旧制度であった。


 ひとりの『姉』と、ひとりの『妹』。


 それぞれが導き、教える存在となる、いわば女子だけに与えられた『契り』。


 その制度復活ともなれば、また波乱が起こるのは必至であった。


「なぜ、ここにきて生徒会長がそのような!?」


「いえ、それより問題は教導姉妹の方ではなくて?」


「そうです! 誰が灰銀さんの『姉』、あるいは『妹』となり得るのか──」


 場のざわめきを、再度優理が鎮める。


「お静かに。そして、この煌崎優理の『妹』として……」


 全員が息を呑む。


 そして、とんでもない言葉が飛び出した。


「灰銀真雪を指名いたします!」


 全員があっけにとられた。


「えっ?」


 ひとり、状況を飲み込めていない真雪は、呑気にショートケーキを食べている。


 しかしそれでも、ご令嬢たちすべての視線を一身に受けて、さすがに驚きの声を上げた。


「ええええええっ!?」


 こうして、波乱の『教導姉妹制度』は幕を開けたのだった。

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