第6話「モーニング・スウィート」

「ん…………」


 朝。

 窓の外でさえずる小鳥たちに起こされて、真雪は目を覚ました。


 同じベッドにいたはずのティアの姿はなく、ぼーっと寝起きの頭で考える。


「ティア……?」


 のろのろとベッドを降り、着崩れしたパジャマのままで部屋を出る。


 無駄に広い屋敷は、ふたりの掃除で最低限整ってはいたものの、いまだ使えない部屋が多い。


 となると、ティアの行き先はキッチンしかないと踏んで、真雪は歩き出す。


「ふあぁ……」


 まだ眠い。


 なんだか甘い夢を見ていた気がするが、思い出せない。


 ともあれ真雪はキッチンのドアを開けた。


「ティア~?」


 寝ぼけたままの真雪が声をかけると、すでに朝食の用意をしていたティアは笑顔で振り向いた。


「おはようございます、真雪♪」


 朝の陽光に輝く金色の髪。それに負けず劣らずの笑顔。しっかりと着用されたメイド服。抜群のスタイル。なにより宝石のような真紅の瞳が美しくて、真雪は息を呑んだ。


「う、うん。おはよ、ティア……」


 真雪が照れていると、ティアは一度キッチンの火を止めて、つかつかと歩み寄った。


「真雪」


「う、うん?」


「その、いけませんよ。多少……いえ、だいぶ……目の毒です」


 そう言いながら、わずかに頬を赤らめたティアは真雪のパジャマを直す。


 露出していた右肩のことを言っているのだと気づき、真雪はとたんに恥ずかしくなった。


「ご、ごめんっ……!」


「い、いえ。問題ありません」


 ふたりそろって顔を赤くし、うつむきあう。


 昨夜はティアの裸体と匂いになかなか寝付けなかった真雪だったが、気がつけばぐっすりと眠ってしまっていた。


 その無邪気な寝顔をティアは楽しそうに眺めていたのを、真雪は知らない。


「………………」


 それぞれの思惑が交差して、しばしのあいだ沈黙が続く。


「と、とりあえず朝食にしましょう」


「う、うん。手を洗ってくるね」


 ふいに気恥ずかしくなって、ふたりはこれ見よがしなそっぽ向きをしあって、いったん別れる。


 しかし、背中越しに相手の気配を感じるたび、真雪もティアも心がドキドキと弾むのだった。


   ◇


「学校……ですか?」


「うん。来週から。ほら、山の麓のお嬢様学校……って、ティアには馴染みないかな?」


 屋敷の山をくだるとちょうど裏手に出る、だだっ広い平地を我が物にしている学園。本来ならば全寮制である、名門校『時東ときとう女学院』――通称、『トキジョ』。


 そこが来週から真雪の通うことになる高校だった。


「ですが、真雪。それだと一度山を下りて、帰りに山道を登らなければいけないと思いますが――」


「ん。いい運動になるよね」


 派手さはない。華やかでもない。ただ、愚直なまでに前向き。それが、灰銀真雪という少女だった。


 その地獄のような通学路を毎日往復することにさえ、何のためらいもない。


「私もね? 最初は入寮の予定だったんだけど、なんだかんだでここの屋敷もあるし」


「ですが、それでは毎朝六時起きになると思いますが……」


「まーね。でも、そもそもおじーちゃんの相続条件のひとつが、ここの管理だったから、しょうがないよね」


 あははーと、からっかぜのように笑う真雪。


 そんな様子はティアにとっては何より新鮮で、何より愛しい。


 ならば異能人形として、主に尽くすが至上の歓び。


「では、せめて自転車は私が漕ぎましょう。真雪は、どうぞ後ろに」


「えっ!? い、いいよ! そんな、自分で行けるってば!」


 子ども扱いされたと勘違いした真雪は、ぶんぶんと手を振って辞退しようとする。


 しかし、そう簡単にティアは折れない。


「真雪がいくら健康優良児であっても、毎日の坂道往復は必ず負担となります。どうか、このしもべに役目の一つもくださいませ」


「う、うう……」


 じっと正面から見つめられ、真雪は言いごもってしまう。


 その居づらさに耐えかねて、まだ途中だった朝食へと戻る真雪。


 ティアが作ったのは焼き魚に味噌汁、白米、だし巻き卵、ほうれん草のごま和えという、和食一辺倒だった。


 栄養バランスもよく、見た目にもうつくしい。なにより、味がいいのだ。真雪はごまかし半分食欲半分でごはんをかきこむ。


「もう、そんなに急いで食べてはいけません。真雪、ご飯粒が」


「え?」


 つい、っと。


 ティアの指先が真雪の口元に触れて、撫でる。


「付いていましたよ」


 ぺろっと、指先のご飯粒を食べてしまうティア。


 そんな姿に見とれて、真雪は思わず箸を落とした。


「わわっ」


 慌ててキャッチしようとするが、間に合わない。


 床に落ちてしまった橋を拾おうと真雪はテーブルの下に潜り込む。


「真雪、私が」


 おなじく、ティアもテーブルの下に身を移す。


「あっ……」


 狭っ苦しいテーブルの下で、ふたりの少女がばったりと顔を合わせる。


 さっきまでとはまったく違う、至近距離で見つめ合う。


 箸を追った手が重なると、ふたりともそのまま言葉を失った。


「………………」


 きゅっ、と。


 真雪の手を優しく握るティア。


 そのままふたりの距離がゼロになるかと思われたところで――轟音が鳴り響いた。


 ドォォォォンッ!


「な、なにっ!?」


「この音は――また来ましたね、うろたえもの!」


 ティアは、いち早く襲撃者の存在を察知する。


「真雪は隠れていてください!」


 しゅるりと、有刺鉄線がティアの両腕に巻き付く。


「わ、私も行く! この前の子なら、訊きたいことがあるの!」


「ですが――」


 テーブルの下で押し問答をしていると、ドアを蹴破る音とチェーンソーの駆動音とが飛び込んできた。


「見つけたァ!」


 テーブルを真っ二つに切り裂くチェーンソー。


 そこから素早く移動した影……ティアは、真雪を抱いたまま、恐るべき膂力で天井に着地した。


 天地の上下を無視したかのような三次元躍動。異能人形にとってはさして驚くべきことでもないそれだったが、真雪にとってはめまぐるしいジェットコースターのそれだ。


鎖鋸くさりのこっ!」


「決着つけたげるよ、有刺鉄線!」


 鋸と棘が火花を散らしてぶつかる。


(あぁ……)


 そんな超絶バトルのなかにいて、真雪はひとり、粉々になった朝食に未練タラタラの視線を向けていた。


 こうして、異能人形がぶつかりあう第2ラウンドが幕を開けた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る