第15話 離れた場所から見ているだけでよかった
【main view 天瀬美羽子】
昨日、風紀委員室で花野井さんが去った後、心の片隅で小さな罪悪感が生まれていた。
校則で決められているから同性とは付き合えない。
じゃあ、校則で決められていなかったら?
私は……どうして居たのだろう。
花ちゃんのことは以前から一方的に知っていた。
たまたま見つけた元気で可愛いVTuber。
VTuberという仮面をかぶっているというのにまるで自分を隠そうとしない女の子。
奇想天外な発言にハラハラし、目が離せない女の子。
VTuberの花ちゃんが花野井千聖さんであることは結構前から知っていた。
本人がある日ポロっと出身校を配信で漏らしていたからだ。
更に花ちゃんは自分が毎日のように告白されていることも配信で言っていた。
ウチの生徒で毎日のように告白されている女子生徒など花野井千聖さんを置いて他に居ない。
だけど学年も違うし、向こうは学園の高嶺の花。
直接話をしてみたい欲はあったけど、接点もないので声を掛けることはできなかった。
「(それに……)」
VTuberの花井花子が花野井千聖さんであることを私だけが知っている。
自分はその視聴者で大好きな配信者さんを遠巻きに眺めている。
憧れのアイドルを近くで眺めているようなそんな距離感が私にはとても心地良かった。
『お、女の子に告白されちゃった! どうしよぉ!』
ある日、花ちゃんはいつものように告白されたことを配信で明かしていたのだけど、なんだかいつもと様子が違っていた。
今までは困ったような『どうしよぉ』だったのに、今日はちょっと嬉しそうな『どうしよぉ』だった。
花ちゃんは恋愛に興味がないのだと思っていた。
だからいつも告白を断っているのだと思っていた。
でもそうじゃなかったんだ。
この声色を聞いたら嫌でもわかる。
花ちゃんは『女の子』が好きなんだ。
「…………?」
瞬間、私の心の中が小さくざわついた。
その感情は私の中で徐々に膨らんでいき、血流を巡って私の頬を赤らめていた。
花ちゃんが女の子に恋愛感情を抱く人であったことの喜び。
同時に花ちゃんが学校の女の子に告白されたことへの嫉妬。
遠くから眺めているだけじゃなく、自分から積極的に話しかけていれば自分にも彼女と付き合えるチャンスがあったのではないだろうかという後悔。
多くの感情が入り混じり、同時に一つの結論が導き出される。
「私……花ちゃんのこと……こんなに好きだったんだ」
結局花ちゃんは女の子の告白を断ったらしい。
でも——
『う~! 惜しいことしちゃったかなぁ? でもその子のことよく知らなかったし……でもでも、なんかもったいないことをしちゃった気分だよぉ~』
花ちゃんは昨日の告白の進捗を配信で明かしてくれた。
花ちゃんは告白を断ったことを後悔しているように見えた。
その子との間にもう後一押しのフラグが存在していたら、花ちゃんは——私の花ちゃんはその子のモノになっていたのかもしれない。
花ちゃんはきっとこれからもたくさん女の子から告白されるだろう。
その度に私は心をざわつかせなければいけないのか。
「……やだ」
花ちゃんを取られたくない。
私を見て欲しい。
そんな感情が芽生えたその日から、私の中で何かが壊れてしまった。
「生徒会長。校則追加を提言します」
翌日、私は風紀委員長として生徒会へ直談判を行うことにした。
「当校の女生徒がとある女生徒に告白したという事実がありました。これは明らかな風紀の乱れです。だから——」
風紀の乱れだなんてそれっぽい理由を付けたけど、本音はただ単に花ちゃんを取られたくないだけだった。
それは自分と花ちゃんの可能性を潰す行為でもあったけど、いいのだ。私は遠くから見ているだけで満足なのだから。
「校則として『同性恋愛は不純の為、禁ずるものとする』ことを議定してください」
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