第6話 接点

 うーん、これは、トンでもない電話であった。


 今の話によれば、例え70数年以上も前に製造された薬剤であったとしても、常温は勿論、冷蔵庫にでも保管しておけば、その効能には全く変化がないと言う。とすれば、綾小路喜美輝が、例の薬剤を祖父から受け継いでいたとしたら、決してあなどる事はできない事になる。私の考えは、甘かったと言うしかない。


 警察に届けるか?しかし、本当に荒唐無稽の話であり、私には、警察がまともにとりあってくれそうにも無いように思えた。


 ここは、もう、正面突破しか無いだろう。


 最終的に、私は、そういう結論になった。


 簡単に言えば、この、私が、例の資産家の綾小路喜美輝に直接会って確かめるしかないと言う事なのだ。しかし、私は彼とは全く面識は無い。中村の撮ったデジカメの画像でこちらは相手の顔や略歴は知っているが、それはこちらの事情であって、相手は私を全く知らないのである。


 一体、どうやって接点を持てばいいのだろう……。


 だが、その時、私は、あるアイデアが閃いた。別に、例の館に無断で浸入するのでは無い。まずは、例の怪人物である資産家の綾小路喜美輝に接触する接点を持てばいいのだ。


ここで、私は、高校生時代に美術クラブにいた事を利用する事にした。私は高校2年生までは画家志望であったからだ。この私が、小説へと大きく梶を切ったのは、高校3年生の夏期休暇の時に、受験勉強そっちのけで、江戸川乱歩全集30巻を全巻読破した事が、その後の、私の運命を大きく替えたと言っても過言ではないのだ。


 しかも、その江戸川乱歩先生の小説にそのまま出てきそうな奇妙な人物が、現に私の住んでいるM市に在住しているとは……。そして、その謎を暴くべく名探偵の明智小五郎の役をこの私が引き受けざるをえなくなるとは、何たる偶然・皮肉なのだろう。


 ともかく、私は、キャンバスや絵筆、絵の具等を買い込み、自分の車に詰め込んで、例の中村が撮った、夕日を浴びれば金色の鳳凰が舞い降りたようにも見える場所で、風景画を描く事にした。その場所の真横には、一本の県道が通っており、例の怪人綾小路喜美輝もこの道を利用する事は、既に分かっていたからだ。


 風景画は、私の最も得意とする画材でもある。それなりの絵は今でも描ける筈だ。これなら、運が良ければ、綾小路と直に話もできる、と言うものだ。


 しかし、私の思いに反し、なかなか綾小路の車が通っていかない。


 仕方が無いので、私は高校生時代を思い起こし、風景画の制作に没頭する事にした。 ああ、しかし、まるで夢のような話がきかっけで、こんなところで、何十年ぶりに油絵を描くとは思いもしなかった。


 丁度、2週間後、遂にあの綾小路が、私が絵を描いている県道の側で車を止めた。どうも、私の描いている絵に興味を持ったに違いがないのだ。その私の思いは的中した。


 車のドアを開ける音がして、中から人が出てくる気配がしたのだ。私は、直ぐにでも振り向きたい気持ちを抑え、悠々とそのまま絵筆を握り続けたのである。


「何を描きになっているんで?」と、図太い声がした。


 私は、ゆっくりと振り返りながら、


「いやあ、あそこに建っている建物が、私には、夕日を浴びている今、金色の鳳凰に見えるので、それをモチーフとして、こんな奇妙な風景画を描いているがです」と言いながら、相手の姿を振り向いて見た。


 私が想像していたより、ずっと紳士的で悠然としていた。年齢は65歳前後だろう。


「そうすると、シュールレアリズムの作品と言う事になりますか?」


「まあ、そう言う事になりますかね。私はサルバドール・ダリの作品に憧れていますから。それにしても、あんな奇妙な建物、一体、誰が建てたのでしょうねえ?」と、私は、とぼけて聞いてみた。


「ああ、あれは、私が建てたものです」


「そうでしたか、それは失礼しました。でも、あれは、倉庫なんでしょうか?それとも何かの工場なんでしょうか?」


「そうですね。まあ、美術館か博物館と考えてもらってもいいでしょうねえ……」


「でも、こんな、辺鄙な山中に、美術館や博物館を建てても、来客も少なくて、あまり意味が無いのでは……」


 私は、素直だが、一番関心な質問をして見た。


「いやいや、そんな事も無いでしょう。


 かっての賑わいは無いとはいえ、あそこに見える蛇谷村には日本の秘湯として現在も有名な蛇谷温泉があります。私は、江戸時代から伝わっている蛇谷温泉ゆかりの品物の数々や、今まで、私が集めた骨董品や美術品を展示するつもりなのです。


 そうすれば、少しでも、蛇谷温泉の宣伝にもなるでしょうしねえ」


「失礼ですが、何故、蛇谷温泉にそんなに拘られるのですか?」


「何、私は、かって癌を患ったとき、あそこに見える蛇谷温泉で約1ケ月間湯治した事があります。その時、奇跡的に悪性腫瘍が消えたのです。それを医学界では「ガンの自然退縮とか劇的寛解」と言うそうですが……。世界でもほとんど例が無いそうです。まあ、それが、きかっけで、M市史別巻の『蛇谷村綺譚』も読みましたがねえ……」


 しめた、と思った。


「いや、その『蛇谷村綺譚』は私の親友の故中村修一が書いたものです。この私も、実はM市史編纂員の一員だったのです。何しろ私の職が高校の現代国語の教師ですから。これは全く奇遇ですねえ……」と、そう言った。


 これで、相手との「接点」が持てたのだ。


「そうでしたか。どうです、少し絵筆のほうは休まれて、あそこに見える私の自宅に寄って行かれませんか」と、相手が誘って来たではないか!これに乗らない手はない。私は二つ返事でOKをした。


 綾小路の新築の住宅は、非常に豪勢なもので、本人が言うには大屋根の下には不凍液パイプを埋め込んであり、大雪の前日にスイッチを入れておくと、石油ボイラーで暖められたその不凍液が、屋根に積もる筈の雪を前日に全部溶かしてしまうと言う。


 つまり雪下ろしの必要のない造りとなっていると言っていた。中村の言っていた以上の豪邸であった。


 その中で、約12畳はあろうかと言う応接室で、私は、彼の妻(もしくは愛人か?)らしき40歳前の女性から、暖かいコーヒーと高級なロールケーキを頂いた。


「言い忘れましたが、あの蛇谷温泉で私の難病の悪性腫瘍が治った話は実話ですが、この蛇谷村には、それ以上にもっと奥深い話もあるのですよ」


「それは一体何ですか?」


「あなたは、蛇谷温泉の更に奥にそびえ立つ硫黄山の麓に、無数の洞穴があるのをご存じですか?」


「ええ、それは知っています。何でも、第二次大戦末期に、本土決戦に備えての大本営本体が、旧松代市、現在の長野市に移転先として決定された後、更に、その代替予備施設として掘り進められたとか……。結局、終戦となり今は全て立入禁止になっていますが」


「そう言うふうに言われていますが、実は、真実は全く違うのですよ」


「何がどう違うのです?」


「蛇谷温泉の持つ不思議な治癒力は、ラジウムと硫黄の混合成分ではないか?と言われてきました。そこで、当時、ニ号研究に着手していた旧日本陸軍は、より高純度のウラン鉱石を求めて、あの硫黄山に目を付けたのです。まあ、これも、終戦により没となりましたがねえ……」




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