揺れる距離、交わる視線
ダブルデートの翌日、蒼はベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた。
(……昨日、楽しかったな)
水族館の青い光、クラゲのゆったりとした動き、イルカのダイナミックなジャンプ。
どれも久しぶりに心から楽しめた時間だった。
そして――
(……雪、ちょっとだけ、笑ってくれたよな)
完全に元通りとはいかないけど、それでも少しずつ関係は修復されつつある。
「……」
蒼はスマホを手に取る。
雪とぎこちなくなってから、メッセージのやり取りも減っていた。
いつもなら他愛のないことで話しかけていたのに、今はどうしても躊躇ってしまう。
(……何か送るか?)
何を話せばいいのか考えて、指を止める。
「……」
結局、何も送れずにスマホを伏せた。
「……ちょっと散歩でも行くか」
気持ちを整理するために、蒼は外へ出ることにした。
公園を歩いていると、前方に見覚えのある後ろ姿が見えた。
(……雪?)
ベンチに座って、ぼんやりと遠くを眺めている。
声をかけようとしたが、一瞬ためらう。
もしかしたら、今は一人になりたいのかもしれない。
(……でも、話したい)
蒼は意を決して、ゆっくりと近づいた。
「……雪?」
雪は驚いたように振り向いた。
「……蒼?」
少し気まずそうに目を伏せる。
「何してるの?」
「ちょっと、考え事……」
「そっか……」
蒼も隣に座った。
「……昨日、楽しかったな」
ぽつりと呟くと、雪が少し驚いたように蒼を見た。
「うん……」
「久しぶりに、ちゃんと話せた気がする」
「……わたしも」
雪は少し笑った。でも、その表情にはどこか不安が滲んでいた。
「……雪?」
「……ねえ、蒼」
雪はそっと目を伏せる。
「わたし、まだ少し……不安なんだ」
「……不安?」
「蒼は……本当に、わたしと一緒にいていいの?」
その言葉に、蒼の胸がぎゅっと締め付けられた。
(……やっぱり、俺のせいで、まだ……)
蒼は拳を握りしめ、しっかりと雪を見つめた。
「俺は……」
言葉を探しながら、ゆっくりと口を開く。
「俺は、雪と一緒にいたい」
「……っ」
「でも、俺が自信なくて……だから、あんなこと言って……」
雪は黙って蒼の言葉を聞いていた。
「だから、ちゃんと話したい。ちゃんと、向き合いたい」
雪は驚いたように目を見開いた。
「……蒼」
蒼は深く息を吸い込む。
「もう、雪を不安にさせたくない」
その言葉に、雪の目が少し潤んだ。
「……ありがと」
小さな声で呟きながら、雪はそっと微笑んだ。
(……少しずつでいい)
(ちゃんと、また前みたいに話せるようになりたい)
二人の間に、ゆっくりと暖かい空気が戻り始めていた。
その日の放課後、蒼は部活を終えた後、教室に戻って荷物をまとめていた。
(……雪とは、少しずつ話せるようになってきた)
午前中、偶然の再会で話したときのことを思い出しながら、心の中で整理する。
完全に元通りではないけれど、少なくとも雪の気持ちをちゃんと知ることができた。
そして、自分の思いも伝えられた。
(次は……俺からもっと話しかけるようにしないと、だよな)
考えていると、突然背後から腕を回され、蒼は肩を揺さぶられた。
「よっ、お疲れ!」
「うおっ!? ……って、蓮かよ」
「なんだよ、その反応。親友の顔見て安心するとか、そういうのないわけ?」
「ねーよ」
蒼は軽くため息をついたが、蓮はニヤニヤしながら机に座った。
「で? その後、雪ちゃんとはどうなん?」
「……何が」
「とぼけるなって。美優から聞いたぞ。今朝、公園で会ったんだろ?」
「……」
蒼は若干バツの悪そうな顔をした。
「で? 何話した?」
「……少しだけ、お互いの気持ちを話せた」
「おおー、いいじゃん!」
「でも、まだ完全に前みたいには戻れてねぇよ」
蒼が少し肩を落とすと、蓮は軽く顎に手を当てて考え込んだ。
「ふむ……まあ、時間はかかるかもな」
「……だよな」
「だからこそ、ここは一つ、俺たちが手助けしてやるよ!」
「は?」
蒼が眉をひそめると、ちょうど廊下から美優が顔を出した。
「お、話してるね! ちょうどよかった」
美優は小さくウィンクすると、蓮の隣に座った。
「なあ、美優。俺らがやるべきことって決まってるよな?」
「もちろん! 二人がもっと自然に話せるように……次のデートをセッティングする!」
「はあ!?」
蒼は目を見開いた。
「お前ら……また勝手に決めて」
「勝手じゃないよー。ちゃんと蒼のためを思ってるんだから」
美優が微笑む。
「でも、そんな簡単に……」
蒼が反論しようとすると、蓮が肩を組んできた。
「なあ蒼、お前だって、このままじゃダメだと思ってるんだろ?」
「……」
「じゃあ、次のデートでちゃんと雪ちゃんと向き合ってみろよ」
「……」
蓮の言葉に、蒼は黙ったまま考える。
(……俺も、雪とちゃんと向き合いたい)
(でも、自分から誘うのはまだ少し……)
すると、美優が小さく笑った。
「大丈夫だよ、蒼。わたしたちが自然に話が進むようにするから!」
「……お前ら、なんか企んでるだろ」
「さあ、どうでしょう?」
蓮がニヤリと笑う。
「ま、とにかく任せとけ! うまくやってやるからよ!」
蒼は半ば呆れながらも、どこか頼もしさを感じていた。
(……仕方ねぇな)
こうして、次のデートの計画が動き出したのだった。
次の日の昼休み、雪は図書室の隅で静かに本を読んでいた。
最近は、昼休みにクラスメイトと話すよりも、一人で落ち着く時間のほうが多かった。
(……また、前みたいに話せるようになるのかな)
昨日、公園で蒼と話したときのことを思い出す。
お互いの気持ちを少しは伝えられたけれど、それでもまだ心の奥に小さな不安が残っている。
(わたし、ちゃんと向き合えてるのかな……)
そんなことを考えていると、目の前にふわりと影が落ちた。
「やっほー、雪ちゃん!」
「……美優?」
驚いて顔を上げると、ニコニコとした美優が目の前に立っていた。
「隣、いい?」
「う、うん」
美優は軽やかに椅子を引き、雪の隣に座った。
「最近、あんまり話せてなかったからさー。雪ちゃんとおしゃべりしたくて」
「……そうなの?」
「もちろん!」
美優は満面の笑みで頷く。
「でね、単刀直入に聞くけど……蒼とはどうなの?」
「……え?」
雪は思わず息をのんだ。
「ほら、昨日、公園で話したんでしょ? 蓮が蒼から聞いたんだって」
「……それは、まあ」
雪は少し言葉を濁した。
「正直に言っていいよ?」
美優の声は優しくて、どこか安心感があった。
「……少しずつ、話せるようにはなってきた。でも、まだ……前みたいにはいかなくて」
「そっか……」
美優は頷いて、しばらく考え込むような仕草を見せた。
「ねえ、雪ちゃん。もう一回、蒼と二人で出かけてみるのはどう?」
「……え?」
「やっぱり、二人だけの時間を作るのが一番じゃないかなって」
「で、でも……」
雪は戸惑った。
「誘うの、ちょっと勇気いるし……」
「じゃあさ、こっちからセッティングするのはどう?」
「……セッティング?」
美優はいたずらっぽく微笑む。
「今週末、またみんなで遊ぼうっていう名目でさ、最終的に蒼と雪ちゃんを二人きりにする!」
「ええっ!?」
「大丈夫大丈夫、さりげなーくやるから!」
雪は驚いたまま、美優を見つめた。
「……でも、蒼はどう思うかな」
「それはね……蒼も、ちゃんと雪ちゃんと向き合いたいって思ってるよ」
美優の言葉に、雪の心が小さく揺れた。
(……蒼も、わたしと向き合いたいって)
「だからね、もう一歩踏み出すチャンスを作ってあげたいの」
雪は少し考えた後、小さく息を吸い込んだ。
「……わかった」
「やったー!」
美優は嬉しそうに手を叩いた。
「じゃあ決まりね! 今週末、作戦決行!」
「……本当に、大丈夫かな」
「大丈夫大丈夫! あとはわたしと蓮に任せて!」
雪はまだ少し不安だったけれど、美優の笑顔に押されて、ゆっくりと頷いた。
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