第5話 お上とわたし

 退職届を上長に提出したあと、細々とした手続きを総務とやり取りしてから有給休暇の消化に入った。お盆休みともかち合い学生のような夏休みという感覚だった。

 暑い日をダラダラと過ごしていると暦の上では秋になり、残暑がやわらぐのを待っていると、銀行口座に1円も入らなくなっていた。そんなわけで何十年かぶりに職安に行くことにしたのである。

 今は求人情報を紙ではなくパソコンで探すのかと戸惑いつつ、あまり変わり映えしない窓口に書類を提出した。それから数日後の説明会で、俺は自己都合による退職なので失業給付が出るのは数か月先になるときいた。

 ボーっとしていればお金をくれるわけではないらしい。定期的に通い窓口の役人に求職活動をしたと書類にハンコをもらわなければならない。

 働く気のないヤツにお上が税金をくれてやるわけがない。せめて働き口を探したという証を出せってことなんだろうなと解釈。正直なところ面倒くさいと思わないでもなかったが、たったそれだけの労力で銀行口座の預金残高が増えるのだ。やらないという選択肢はなかった。

 だが労働意欲ゼロの人間が万が一採用されてしまったら、当人も雇い主も困ったことになる。当時の俺はそんな風に自惚れていたが、結果からいえば誰も不幸になることはなく、職安では憐れみの眼差しを受けることになった。数ヶ月経ち最後の給付金を受ける手続きをしたさい、対応した職員に頭を下げられたときは居たたまれない気持ちになった。

 失業給付を受けるまでの間市役所に何度か足を運んだ。社会保険が国民健康保険に厚生年金が国民年金に変わるからだ。市民課でも担当がそれぞれ違い支払い方法も時期も違っていた。失業者には支払いの猶予期間をくれるらしいが減免してくれるわけではないようだ。(国民年金保険料は免除申請できるが将来の給付額が減るらしい)

 お金をくれる職安とはえらい違いだ。収入が無くても取るものはきっちり回収する。保険料が税金ではないのなら義務ではないような気がするが、俺の屁理屈に耳を傾けてくれるような役人はいないので粛々と手続きをした。

 会社勤めをやめた方には共感していただけると思うが、国民健康保険料は一言でいえば高い。しかも世帯主だけではなく家族一人一人にかかってくるのだ。俺の両親はすでに他界し妻子もいないから負担は少ない。それでも高いなと思う。

 日本は一度サラリーマンになったらやめてはいけないのだ。特に扶養家族がいる家庭は。毎月給料から天引きされ、給与明細でしか確認してこなかった税金や社会保険料を自分の手で支払う。(今までは会社が折半してくれていた)何故だか大きな損失を出したような気がしてくる。ましてや扶養から外れた家族の分も支払うとなると結構な金額になるはず。だから支払い猶予期間中に速やかに次の職を見つけなければならないのだ。

 俺は悠長に職安行きたくないなあとぼやきつつ、お上に頂戴した金を右から左へと

せっせと移動した。失業給付金は住民税や社会保険料へと名前を変えていったのだ。

 実に良く出来たシステムである。手元には大した現金は残させず食い扶持ぐらい自分で稼ぎなさいということなんだろう。

 

 



 

 

 

 

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