第21話 お買い物
――パキン。
「ほわあ!」
手の隙間からこぼれたのは、砕けた殻の茶色。
「っしゃああ!!」
苦節512日。ついにクルミが割れやがった。高校入学時に買ったクルミ。毎日にぎにぎしたクルミ!
ファイナリー、アイムダン。
「ついに……できたぁ……うぅ」
手の中の小さいこげちゃをパクリ一口。そして噛みしめる。
「――ウェッ。こんな味なんだ……クルミって」
勝利の味は少し苦く、そしてカビ臭かった。
とはいえそれは栄光のひとかけら。俺だけが知る栄光、だ。……ごっくん。
「……ふぅ」
右をぎゅっと握り込む。
「時は来たぜぇ」
完璧な目覚めで迎えた、完璧な朝。
そしてついに一つの努力が、天に通じた。
嗚呼、世界が俺に『行ってらっしゃい』って言ってる。
だから、
俺はこう言う。
『行ってきます』、と。
「よぅし! 行ってき――ギョンッッ!!!!」
あが? あ、あ、あ、あがあああーーーーー!!!????
燃える小指。視線の先には洋タンスの角。そしてぐるぐる世界は周り、回っているのが俺自身だと気付いた時には肺の空気が空っぽになってた。
「……ぐ、ぐがげ……。死む、ほんとに死んじゃう……」
涙が止まらない!
どくんどくんと、波打つ小指。破壊の波がどんぶらこどんぶらこ、とのたうち回り気絶もできずスパークする宇宙。
ひっひふー、死、ひっひふー、死。
「あっ……、あ、あぁ……」
死んだ。
完全に俺は死んだ。
道端に捨てられた軍手より……俺は死んだ。
「うぅうううううぅうう」
俺は
「…………チクショウ」
母さんのおさがりのタンス。この間もらったばっかりで、まだ使ってないどころか――、
「3度目だぞ……このやろう」
悪魔みたいな、ちょうど小指だけ引き込む地獄の出っ張り。もし俺がウサギなら、今度こそ首の骨を折られて
「許さぁあん……」
俺は完全にキレたぞ。
「オマエは絶対、異世界に捨ててやる」
◇◇
◇◇
◇◇
突然だが、一つ考えて欲しい。
『この世で最強の武器はなんだ?』
有史以来、人類はソレを探求してきた。
ある男は言う。「それは、銃だ」と。
誰もが一定の訓練を積みさえすれば、安定した戦果を稼げる。携行性にすぐれ、多少の金はかかるが、メンテナンスだって比較的容易だ。多数の銃を揃え、防御陣地に配置すればオークの群れを退けることもできるだろう。
『銃』
それさえあれば、新兵でさえ熟練戦士と同じだけの戦果を挙げられる武器。
だが、それは『最強』ではない。そんなものは最強からは程遠いだろう。
では、
『この世で最強の武器はなんだ?』
――イメージして欲しい。
あなたは辺境の開拓村に送られた戦士だ。
日々、『魔獣の侵攻』という危険から、民を守る義務を負う最前線の戦士の一人。
そんなある日、突然、舞い込む緊急事態の報――。
『ハイオークが村を目指して攻めてきたぞ!』
ついに訪れた最悪の危機。もはや逃げ出すことはかなわず、住民を守るため、戦士たちは力合わせて戦わねばならない。
命を懸けて。
だがたった一つだけ、いい知らせがある。
この村には特殊な武器庫があるのだ。そこには古今あらゆる種類の武器が置いてあり、何でも取り出し自由――。
つまりは、ハイオークを殺すために最適な武器を選ぶ事ができる訳だ。
さて、その時
『この世で最強の武器はなんだ?』
もし、タンスを抱えて出てきた男がいたとすれば、そんなヤツは頭にゴチンだろう。同様に、鎖鎌やムチの類もお話にならない。ゴチン、だ。
万が一、ヌンチャクを持ち出した者が居れば、オークより先にソイツを処分するべきだ。四捨五入すれば、けん玉と変わらんオモチャに、村落全ての未来を託すようなヤツは、そのヌンチャクで自分の首を吊るべきだ。
では、剣や弓や槍が正解なのだろうか?
ハイオークを相手に?
率直に言って、単純な火力において不十分だ。余程の高位冒険者でもなければ、そもそも牽制程度の役割が果たせるのかさえアヤシイ。
怪物を相手にして、槍でツンツン?
弓矢でチュンチュン? 剣でテシテシ?
馬鹿も休み休み、冗談はヌンチャクだけにしてくれ、と言う他ない。
これは何も、祭りの夜店で買ったヌンチャクで、背中に一週間の怪我を負ったからイジワルで言ってる訳では無い。
コロッセオに通った経験がある方ならお分かりの通り、ハイオークとは狂戦士の魂を宿した鋼の重戦車だ。粘り強く、タフで、残忍。
心臓が止まるその時まで、決して戦闘をやめない破壊の権化だ。
そう、仕留めるには
つまりは、奇襲による早期の決着に賭けるしかない。
よって、求めるはただ一撃の威力。
だとすると、斧や
答えは『NO』。
木や壁は壊せても、ハイオークの頑強な肉体を貫き、致命傷を与えるにはそれでも不足といえる。
大木を断つには、何度も、何度も、何度も、斧を振る事が必要であることから自明だ。
求めるのは一撃の破壊力。それは命に届く武器。
『この世で最強の武器はなんだ?』
もうお分かりだろう。
正解はこの世にたった一つ、
『つるはし』だ。
◇◇
「――いやいや、斧れすってぇ」
俺の丁寧な説明にフヒヒと笑い、鼻息を一発。
ないない。と顔の前で手を振るすみちゃん。
「はぁ……」
イセヤ・デパートにできたという、『冒険者装備専門店』へと向かう道すがらの暇つぶし、『もし強敵に遭ったらどうしよう?』から派生して『何が最強の武器か?』が今の議題だった。
ちなみにあの
「すみちゃん? ……なんで海が出来たか知ってるの?」
電車を降りてからここまで、こっちは真剣に答えてるってのに……。
「はえ? 知らないれす」
「ありゃ掘ったのさ。昔誰かがツルハシで」
ご機嫌にアメなんかカラカラ舐めて、「アハハ」と、俺の金言を笑うスミちゃん。
「たろちゃん、垂れてますよぅ? まぁた、ばかたれてるじゃのいでつか」
アメ玉をコロコロさせながら、「ツルハシにそんなことできるわけ無いですよぅ」と、鼻の頭にしわを寄せ、フガフガ言ってる。
何をぅ!?
「できるさ! 最強なんだから」
つるはしが最強に決まってる。理由は俺がそう思うから。
「斧れすって! ツルハシなんかパカンでやんすよ」
フンスと言って俺の頭に空振りをかます。
「ひつこいなぁすみちゃんも。斧なんかで俺の鉢が割れるわけないって。エイヤ! に合わせてドスン! よ?」
なんでこんなに頑固かね。
「斧、おのー」と、平行線のすみちゃん。
「阿呆か! つるはしこそ雄だろ?」
すみちゃんは、あははと笑い、
「何で本場アメリカ人が困った時、オーノーって言うか分かりまつか?」と、鬼ずべり確実の疑問をぶった。
俺も大人だ。そして相手はなんにも知らない女の子。……無視じゃ。
「母体の中で人は背を丸めて育つの……。その姿こそ、つるはしを担ぐ『基本姿勢』なんだって」
つまりは神々がよこした
「じゃぁこの世で最強はポディマハッタヤさんになっちゃうにゃないでつか」
怪しい呂律。そして急に踊るように歩きだす、すみちゃん。
「……そうだが? はったやだが?」
「ハッタヤに斧ドーン」と言って、薬局のテナントの前に在ったオレンジのゾウの置物に、幻の斧を振り下ろすスミちゃん。そしてカラカラ笑ってる。
「……」
聞いてやしねぇ……、くっ。
「あ。着きましたよ」
ここですねぇ、と言って売り場にテテテと向かうすみちゃん。
「……」
◇◇
『冒険者装備専門店・ダンジョンセンター』
ほんとに冒険者装備売り場なんてもんが出来てた。俺の記憶では、3日前までここはスポーツ用品を売ってたはずなんだけど……。
呆然と眺めてたら、「行きましょう、行きましょう」とすみちゃんに背中を押された。
感動する間もなく、あふあふと入店。右見ても左見ても新鮮な景色。
キャンプ用品だの、衣料品だの、食品だの。ワゴンに積まれてるのはタイムセールの傷薬(980円)だって……。
ごついおじさんや、普通のおばさん、若い大学生グループが競うように自分のカゴに詰めてた。
そして正面通路の奥の壁には、漫画でしか見たことのないテッカテカのデカイ盾がつるしてあるのが見えた。
「マジかよ……」
「ね?」と、すみちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
にこにこのすみちゃん。
俺は正直、何が何だか……。変わった変わったとは分かってた。でもこれほんと――、
「いい世界だぁ……」
なんだかジーンときた。
◇◇
「じゃあ買えたらまたここに集合ね」と、別れてはや15分。
二人で色々ぐるぐる周り、あれはいらない、これはかわいい、と服を眺めたりマントを着けてみたりして過ごす事小一時間。
その道中ですみちゃんは、女性専用売り場をチラチラ気にしてたので、「行って来たら?」と別行動になったわけだ。
お互い求める品はそもそも決まってる。来るとき散々話したし。
そして――、
「……何でないのぉ?」
すみちゃん一押しの斧は、大きいのも中ぐらいのも、小さいのも色々あった。剣もキラキラ色々で、かっこいいのがたくさんあった。
だが何故だろう、俺の求めるツルハシは一本も無し……。
山登り用のほっそいツルハシみたいなのはあったけど、あんなもん役に立つ訳もない。
結局、売り場を三周巡った後で、店員に「あのぅ」と聞いたら、「ウチには有りません」だって。
まるで勉強の足りない店だ! これでホントに専門店? ……あぁ、きっと初心者向けなのかもしれない。
俺が絶句していたら、店員さんが教えてくれた。「今日は裏の駐車場スペースでフリマもやってるから見てきたら」って。
すみちゃんは絶賛お悩み中らしい。とりあえず『終わったら教えてね』ってメッセージを送ったら、親指のスタンプが一発返って来たっきり。
「ふ~ん。教えてくれてありがとう」
だから俺は、ともかくフリマに行ってみることにした。
しばらく暇だし――。
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