第7話 その女『すみちゃん』 



 

 夕方の景色が、足早に土手を歩く通行人が、ちぎれた積雲が、ただ夏としてそこにある。


「…………」


 胸の一番近い所にグリグリと沸く苦しみを、それら日常が無遠慮にのぞき込んでくるように思えて、俺は膝に顔をうずめた。


 

「――ウェッ。……膝くっさぁ」


 スライムが当たったとこが、ほのかに、酸っぱい臭いしてるんですけどぉ……。


 もう最悪だよぉ。


「はぁああ」

 ため息が、英雄をもじもじと見下ろす夏の空にぷかり。





「――なに溜息なんかついてるんですかぁ?」


 ん?


 突然声を掛けられ、振り返る。見上げた土手の上、そこに夕陽を背負った女の子が――?



「やっふー」


 ひらひらと手を振りながら降りてきて、「お久ぶりですねぃ」と、女の子。


「うぇ?」


 制服姿の女の子。

 

 「すみちゃん?」


 こんな場所にいるはずの無い女の子。


「……なんでいるのさ?」





 ◇◇



「いや~、久しぶりですねぃ。たろちゃん」



 久しぶりって……何言ってんの?


「すみちゃん……? 何でこんなとこに居るの? アメリカ行ったんじゃなかったの!?」


 目の前に居るのは、昨日、留学のため異国の空へと飛び立ったはずの幼馴染。

 ショートカットでいつも笑顔。どこか、タンポポくわえた小動物みたいな雰囲気の女の子。


 『あっち行っても頑張ってね』なんて言ってお別れまでしたってのに……。



「色々あって帰って来たんです」


 色々あって?


 昨今、ありすぎて、とっ散らかった心が居場所を求めてウロウロ。


「そっか……。そりゃ残念だったね」


 ……何があったか知らないけど、やめちゃったのか留学。


「アメリカンドッグが似合う女になるのが夢だったんじゃないの?」


「やだなぁ、そんなのジョークですよぅ」


 本場アメリカンジョーク。そう言って、うふふと笑い、ヘニョっとウインクを決めるすみちゃん。それは今まで見たことのない仕草で、


「うわぁ。今のすごいアメリカっぽいね」

 行っても無いのにすごいや、すみちゃん。


「たろちゃんこそ、どうしたんですかぁ? こんなとこで座り込んでぇ」


「う」

 聞かれて思い出すのは鬼畜サッカー。

 それは天国の扉を前に、足踏みする英雄の悲しみそのものだった。


 ……ううぅ。


「まぁまぁ……、話してくれればいいじゃないですか?」と、すみちゃん。

 そして隣にペタンと腰かけた。


「あたしがなんでも聞きますよぅ」



 この世の『色々』をまんべんなくオレンジに染め上げた西日と、そこからみょーんと伸びた影。見おろす川面はちりちりと綺麗で、弱音に似たため息が俺の鼻から逃げていく。



「……うん」


 俺は、天国にまつわる詳しい話はオブラートに包み、先ほど露呈したサッカーの欠点と、サッカーの乱暴性、それから今抱える悩みの輪郭を、幼馴染の女の子につらつらと語って聞かせることにした。



 「あのね、サッカーってあるじゃんか――」



 ◇


 黙って話を聞くすみちゃん。ときどきフムフム相づちを打ち、ヒヨコみたいな真ん丸な目で、ぽやーっと。

 とにかく聞いてはくれた。


 そしてすべてを聞き終えた末、一言。



れてますよぅ。たろちゃん?」



 え?



「バカ垂れてるじゃないですか。今日も絶好調に」


 …………え?


「俺の話ちゃんと聞いてた?」


「うん。もっちり」

 そう言って、オコジョみたいな訳知わけしり顔でサムズアップしてるすみちゃん。


「……ッ!」


 なんだよ! もっちりって。

 それにどう聞いたらそんな結論になるのよ?


 「はぁ~」

 ダメだ、ダメだ。すみちゃんには男の苦しみは分かりにくいんだろう。


「……」


 もういいよ。どうせなんとかするし。

 俺って、勇者だし。

 神もそう言ってたし。



 ◇◇


 すっかり悲しみディアブロが逃げてっちゃった空。

 その空をぽへぇと見上げるすみちゃんに俺は尋ねた。


「そっちはどうして留学やめたの?」


「……え? 聞いてないんですかぁ?」


「はぁ?」

 なにそれ?


「岡ちゃんから」


 オカキぃ? 

「……何を聞いて――、ってそうだ!! オカキが大きくなったんだよ!!」


 めちゃシブのデカボディへとモデルチェンジしやがったんだ!


「はぁ?」

 今度はすみちゃんの顔がへの字に曲がった。


「だからオカキってば異世界行って帰って来たんだって! 知ってた!?」


 一足先に男の階段を昇りつめたオカキ。俺も絶対続くんだ。



 スミちゃんは、眉毛の端を下げるいつもの顔で、「知ってるも何も」と、もごもごした後で、

「あたしも一緒に行ったんですよぅ」と、一言。




 ……は? 



 行った?


「どこに?」



「どこって……異世界」



 ……。



 ……へ?


 異……世界?




「ええええ!!? ……なんでぇ? 俺は? 俺行ってないよ?」



「知りませんよ」と、ほんとに知らなそうな顔で、すみちゃんが言った。



 ――ッッ!!


「ずぅるい!!!」




 ◇


「ふふふ。たろちゃんは、相変わらずですねぃ」と、すみちゃん。


 

 さっきから、久しぶりだのなんだのと、どうもかみ合わなかった理由は『異世界に行ってた』からだとか。アメリカ行きを取りやめたのも異世界留学したからもういいやって訳だそう。


 昨日の朝会ってるはずなのに、すみちゃんの中では、どうやら俺達はひと月ぶりの再会であるらしい。


 いいなぁ。


「……」

 

「あれぇ? よく見たら、たろちゃんなんか、ぼろぼろ。……転んだんですか?」

 毛づくろいする猫みたいに薄目になって、俺の全身を眺めるすみちゃん。


「む」


 えっと……。ドウシヨウ。


 異世界行く寸前にサッカーされて行けませんでしたとは、口が裂けても言えない。



「まるでダンジョンでモンスターと戦ってたみたいじゃないですか」


「ダンジョン? モンスター? なんで? わかるの?」


 何でもお見通しになっちゃったの? すみさんって。


「ほんとに戦ってたんだぁ。やっぱり」


 やっぱり?

「なんで知ってるのさ」


「何で? って――」

 ニュース見てないんですかぁ? と呆れ顔のすみちゃん。



 へ?


 ……にゅうす?


「俺ニュースになったの?」


「はあ? なんでたろちゃんがにゅうす?」


「だって今、モンスターのニュースって。俺のじゃん、ニュース」



「……? ちがいますよぅ。これこれ。知らなかったんですかぁ?」

 そう言ってスマホを突き出す、すみちゃん。


 なあにをいっとるんだあ? 


 ともあれ覗いたスマホの画面。そこに踊る太字のニュース見出し。



『突如、A市に新ダンジョン出現』


 は?


『夜間外出自粛要請』 


 は? 


『モンスター街なかにも現れる』


 はぁああああああ?




「なにこれぇ!?」


「だからでたんですよ。我が街にもダンジョン!」


「はぁああああああ? 俺だけの……、あれぇ?」


「なんか酸っぱ臭いし、てっきりダンジョン帰りなのかと思いましたよぅ」

 たろちゃんそういうの好きそうなのに。と、すみちゃん。


「好きだが!!! でも、ええ??」


 ってことは、アレ天国の門じゃないのぅ?


 「……? 何言ってるんですかもぅ。頼むから休み休みにしてくださいよぅ」

 すみちゃんは『ナニは』とは言わなかった。


「……」

 俺は訳も分からず手渡されたスマホ画面をポチポチ。貪るようにその怪情報を摂取した。

 するとそこには想像もしてなかった、途方もない出来事がわんさか書かれてた。


「……???」


 全世界が混乱してて、あっちこっちでファンタジックがロマンチック並みにフィーバー? すべりまくる目をごしごし整えても、次々飛び込んでくるアンビリーバブルの徳用大安売り。


「はぁああああ!!??」


 昨日、我が街A市に何かが起きたらしい! そして、今日、今まさに世界VSファンタジーの様相。うんぬん。



「…………」



 すごく……、



 いいじゃん。



「おおおお」


 やるじゃねぇか神。見損なって見直して、見損なってまた見直しちゃったよ。


 イイよぉ。

 尻上がりにいいよぉ。

 やることなすこと、全部輝いてるよぉ!!



 えぇと、他にはどんなんなってるの――? 




 そして出会った理解不能の記事。



「オテガラ・サッカーシャウネン……?」



 その文字列は、視覚情報の初期処理を巡る伝達に、深刻な不具合を発生させ、


「……?」


 なぜか脳ではなく、脊髄を貫いたその衝撃に吹き飛ばされ、


「んんん?」



 俺の意識は冥王星の彼方で一つしゃっくりした。




「……ひょ?」




◇◇




『お手柄! サッカー少年がスライム討伐! 夢はサッカー日本代表!』


 31日夕方ごろA市立グラウンドに突如モンスター1匹が出現。おり悪くその場に居合わせたのは、地元少年サッカークラブの子供たちだった。

「普通にシュートしたら普通に死にました。楽しかったです」そう語るのは、当該モンスターを討伐した武田たけでんモブひろ君(9歳)。識者は「日ごろの鍛錬の成果が仲間の窮地を救うスーパーゴールを生んだのではないか」と指摘している。なお、地元当局の調べでは――



 はぁああああああああああああああああああああああ???


「なんっじゃぁこりゃぁああああ!!!!!??」


 すすす、スライムをシュートで普通に倒した?


 なんだぁ? 普通って? 子供だろ? ダメダメダメダメ全然意味わかんないから。



 写真に映った俺よりチビの少年。それもピースなんかしちゃってる。

 何度目をこすっても少年。何度瞬きしてもサッカー少年!!

 サッカーってホントにやんなっちゃう!!


 何この子ぉ!? 俺の代わりに異世界行く気なの!? 

 ゴールしたみたいな顔してるんですけどぉおお!!


 それ反則ですから!!


 桃太郎より先に村人Aが鬼さらうとか、半ズボンにも程があるからッ――!!!



 「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!!!」



「しっかりしてくださいよたろちゃん!」 


 でも!!


「なぁにをワケワカンナイこと言ってるんですか?」


 だって!!!


「……?」


 サッカーの『サ』の字も知らない純な目で、見つめ返すすみちゃん。



「う……、う、う!」



 俺は勢いに任せて、先ほど受けた神の仕打ちを残らずぶちまけた――。


「あのね! スライムっているじゃんか――」





全てを聞き終えた澄さんは、

「だったらクヨクヨしてないで今からリベンジしたらいいじゃないですか!」


 あたしも手伝いますよ。と、それはそれは豪胆極まりない様子で。



 ――ッッ! 


「す、すみさん!?」


 パンが無ければ一つ飛ばしてパンケーキを食すの発想。

 その発想は……なかった。でも、

「いいの?」


「この、異世界帰国子女のすみちゃんに任せなさい」

 夕日を背負って腕組みするすみちゃんが、戦女神のようにゆっくりとうなずいた。


「おおお」

 ようし……。

 この際助っ人禁止だなんだのまどろっこしいプライドは除けておこう。行っちまえばこっちのもんなんだから異世界。


 そうだ。やっちまえばいいんだ。神の試練だか何だか知らんが、先に反則行為をしてきたのはスライムの方だ。ホント、持つべきものは千人力すみちゃんだぜ。


「やってやる!」


 はははは。


 終わったな……、スライムよ。お前は龍の怒りに触れた。サッカー等という小賢しい技で大人をからかい増長天という始末、天がゆるし、万が一推奨したとしてもこの俺が許しては置けん。


 だが喜べスライム……お前の震えは止めてやるから。永遠に……な。


 あぁジューシーな青春アオハルが帰って来やがったゼェ!!!! 


 それからナントカいう子供少年よ、残念だったな。君は大好きなサッカーで代表でも何でもなるがいいさ、俺の居ない世界ニホンで、な。フハハハ。



「先生ぇ!! 参りましょうぞ!!」

 俺は異世界英雄すみちゃんの手を取った。


「うっふん! 任せて承知のすけ!」


 返ってきたのは、ラクダ顔の下手くそなウインク。



「……」


 少しだけ冷静になって気づく、握るほっそい腕。


 ふいにこみ上げる不安。


「……」


 見た目完全に『すみちゃん』のすみちゃん。


「……」


 元祖コンポツ女王のすみちゃん。


 ポンの老舗にして、天然の殿堂。――その名は、すみちゃん。


『全く成長していない……』


 脳裏に浮かぶのは、たくましかったオカキとの大いなるビジュ差。



 ダイジョブ……だよ、ね? ホントに。

 


「うっふん!」


 そう言って、握った俺の手を天に突き上げたすみちゃん。




 ――凪いでいたはずの土手に急に涼しい風が吹いた。





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