第18話 コベリチン




 いきなりおっさんの自画像に怒られた。


 つるんとした卵のような壁の絵の男が、ケイレンしたように口の端をプルプル。それにあわせて巻き髪もメラメラと揺れてる。血走った目がぎょろんと広がり、真っ赤な顔で、


「オマエじゃ!! オマエの悪口ガ一番刺さるんジャ!!」



 はぁぁあ!?

「なんでだよ? ……肩持ってやったのに。悪口言ったのは山県だろ?」


 俺が悪いってのかよ? 意味わかんない。



「オマエ許さんからナ……。絶対シンドイ目に合わせてやル!」


 「はぁ??」


 この大変な時に何言ってんだコイツ?

 俺もすみちゃんも楽器なんかできないのにピアノとか色々頑張ったし、山県はアホを頑張った。

 俺の魔法は取り上げられたし、すみちゃんの魔法はポンのコツのそれ。


 部屋から出れないし、山県はアホだし、おなか減ったし、もうお菓子無いってすみちゃんは言うし、その上でなんで俺が怒られなきゃなんねぇんだよ? 理不尽にも程があるだろ。



 ぷっつん。


「なんだぁ? 絵コノヤロー。これでも喰らいやがれ馬鹿!」

 

 そんな口にはヒゲ盛りだ。この白チョークで……がっつり……がっつり……よし、できた。


 滝のようなヒゲですすぐ悪い口。


 ヒゲ山盛りの刑。


「モガモガ!!」


「ざまあみろ! そこでおぼれて静かにしてろ!!」



 へッだ! 絵のくせに人間様に怒鳴りやがって――ぁえええええええ!?



 絵がしゃべったぁ!!?? 何コレぇ!? 怖いどうなってんの!?



「モガッ!!!!!」



「ごめんよコベリチン! あやまるから怒んないで!」

 今、ヒゲをどかすってば。ちょっとお待ちいただきたい!


「モガァア!!!!!」

 ごうごう怒る壁の絵。


「ごめんて! あれ? あ~れ~?」


 ごしごし手でこすったけどあんまり消えないヒゲの白。コベリチンは顔をぶんぶん振り回し、暴れる。

「止まって、マテ! お座り! コベリチン、ノー!! ちょっと一旦目をつむってみて!」


 薄い膜のように広がる白。黒板けしをグイっとかけたら左官みたいに厚塗りで口がふさがった。

 あ、あああぁあ……、いよいよ最終形の、のっぺら感。……まずいよ、どうしたら直るのこれぇ……。



「……静かにはなりましたけど」

 真ん丸な目で固まるすみちゃんが、ぽつりと言った。


「え……?」

 そっか……。このままもう少しだけ厚塗りして、アイマスクもしてリラクゼーションで怒り鎮めて……。この怖い顔も少し書き直したらそれは元通り以上の事かもしれな――、



 カッ! と、目を開くコベリチン。


 そして絵の中。下の方から手がニョッキ出てきて、

「ムぅごぅがぁアアアアアア!!!!!!!!」


 無理やりヒゲをかき分け、大怒鳴どなるコベリチン。



 うわあああああああああああ!!



「誰がコベリチンじゃぁッ!!? オマエほんとタだじゃおかないからナ!! 覚悟しロッ!!!!」



 ひぃいいいいいい!


 「わひぃ」と逃げ出す、すみちゃんの背中。


 俺は伸びてきた手を押しとどめ、

「待って! 落ち着け、話せば分かる! ストップ! アイム フレンドリー!」



 壁の絵は、怒れるマンモスのように白髪も白ひげも振り乱し、血走った目が、むき出しの歯が、三角鼻がムンと膨らんで、 


「%$#’&(”%#ーーーーーー!!!!!!」



 ほぼ『パオーン』と聞こえた。



 

「うぁああああああああ!!!!!!」



 そして始まる猛烈なお小言。


「なんだ『フィ』っテ!? 黙って聞いてリャお前ら純正の馬鹿だロ? ノンキに音痴ナ歌聞かせやがっテ耳ガ腐るんジャ!! このヘタクソッッ!!!!」 


 その言葉は俺の柔らかいところにグサリと刺さった。

「あぁん!? だったらお前が探せやッ!! ねぇんだよ『フィ』が!! 俺は音楽が苦手なんだ!!!」


 精一杯やった方だろ!? そこまで言うことないだろうが!


「ソんなもんガあるかバカ!!」


「……え? 無けりゃそもそも無理だろ……。ピアノにできない事は、さすがの俺も手に余るぞ」


「フィじゃねえんだヨ!」


「はぁ? だったらなおさら無理だろ。……トンチか? 一休さんじゃねぇんだ俺は」


「ファのシャープじゃぁああぁアアアア!!!!」


 ほぼ「がおー」と聞こえた。


「んんん?」


 ……なんて?



 虎のようなコベリチンの咆哮の後、今度は耳元で、「十分だ」と声がした。


 そのままむんずと手が伸びて、首をガッチリ掴まれたコベリチン。


「え?」


 見ると隣にはいつの間にやらむっつり顔の山県。その向こうで、ピアノの影から「がんばれー」と応援するすみちゃんの姿もあった。



「……よくやった、…………高木」


 山県は絵から飛び出たコベリチンを掴んだまま、「フン」っと一声あげた。


 そして洗濯機で絡んだチノパンを取り出すみたいにゾボボボボと引っ張り出された絵――。



「ウぉオオオオオオオオオ!!??」

 と、コベリチン。



 うわぁ!! おじさんが引っがされた!




「……感謝する。……これで……任務完了だ、な……」


 俺に頭を下げる山県と、その手の中で力なくペロンとぶら下がるおっさん。

 先ほどまで大声で悪態ついてたのに、濡れたチノパンのようにだらしなく地面に引きずられている。


 

 任務が終わり? まだピアノも書きかけの楽譜も出来てないのに? それってどういう――、


「あ。……こいつが悪魔かよ?」



「そうだ」と、山県。



「はぁ……」 


 ついに現れた悪魔はコベリチンだった。

 別にシッポも何もなく、見た目派手好きの音楽屋さんのおじさん。


「これがぁ?」


 わめくこと悪魔の如しではあったものの、思ってたような地獄の使者感まるで無し……。


 山県の右手に捕まったっきり、もぞもぞしながらお利口さんにしている。



「――ってことは、もう終わったの?」


 ルーマニアだの、悲劇の大富豪だの散々脅かされたけど、終わってみれば、ちんねんさんもびっくりの瞬殺の解決。



 トテテ、とすみちゃんが駆けてきて、

「すごいですねえ、あたし達!」


 その真ん丸な目。


 続く、「魔法も無しで」という言葉が心に少し刺さったが、「いえ~い」のハイタッチに、「うん」と応じた俺。



 大人な、俺――。 




 ◇◇



「――いいや、……フィだった」


 剥き出しのヤドカリ状態の悪魔。それを力で押さえつけた山県。

 悪魔はもこもこの白髪を立てに揺らして、「おっしゃルとおりでス」と繰り返す。


「さて……、お前を奏でよう……か。共に……、フィになるまで……」

「カんべんしてくださイ」

「なんだ……? フルートが……希望か?」

「モう二度と悪さ致しませン」

「よし……。では……のまま奏でるか……」

「ヒィェ」


 胸の悪くなるような会話だった。



「俺は……、少しだけいてから……行く」


 ……ニヤリ、と笑う山県。その脇でおじさん悪魔の顔が真っ青に染まっていた。


 

 俺は山県に、「何を?」とは聞かなかった。


「はへ~、頑張ってくださいね」と、すみちゃん。


 屏風の虎は、マンモスやチノパンを経て、今や右手に収まる借りてきた猫。もとい笛。



 よし、帰ろう。後の始末は山県の仕事だ。


「行こう、すみちゃん」

「あい」


 背を向けようとした俺に、

「おい」と呼びかけ何かを放ってきた山県。


 それをとっさに捕まえた。

「ん? なにこれ?」


 貰ったのは、ねずみ色の軽い小袋……?


「それは……お前に、やる……。俺からの感謝の証……、だ……」


「ふ~ん? ありがとう」


 なんだか知らんが何かもらった。



 「じゃあねぇ」と、山県に手を振るすみちゃん。



 後ろ手に閉めた旧音楽室の扉。中から麺を湯切りするようなチャッチャ音が聞こえたが……、気のせいかもしれない。



 ◇



「すごかったぁたろちゃん。どうやって分かったんですか?」

 と、ルンルンなすみちゃん。


 終わってみれば実にたやすい任務だった。


 業界最高の頭脳を持つ俺と、魔法のすみちゃん、そしてアホだけど悪魔狩りの山県。三人寄れば文殊の知恵とは言ったものだ。


「教室に入った瞬間に、なぜか分かっちゃったんだ。あぁ……、コレだ、って」


「ほっへ~」


「多分悪魔の匂いだと思う。悪魔って臭うから」


「ふむふむ」


「後はもう描くだけだよね、ヒゲ。いかに盛れるかがコツかもしれない。あの手の悪魔なんて」


「……すっごい」


 実に見事なお手並み。とんちいらずのスピード解決。結果、超A級の悪魔狩り。ムフフ。


「世間に俺の実力がバレたら面倒だし本当はやりたくなかったんだけどね……。まあ、これはそもそも人助け。委員長に頼まれたし仕方なく、だね」


 俺ってば最近忙しいし。何せ異世界が俺をひたすら呼ぶのだから。


 冷静になって考えたら、今は魔法なんて必要も無い。なんだよブルシャデフって?名前がイマイチにも程があるじゃん……。

 今は白ご飯弁当でいいんだ。だって豪華なおかずは異世界に山盛りあるんだから――。



「あっぱれたろちゃん日本一」


 偉い、偉いと、ご機嫌のすみちゃんを従えて、廊下の真ん中をかっぽ、かっぽする俺。

 勇者のタマゴ、たろすけ。




「――ホンマや。ありがとうな」



 え?


 突然、会話に混ざり込んだ感謝の言葉。驚き振り返るとそこに――、

 もこもこした茶色い毛に覆われた生き物が、デヘヘと照れたような笑みを浮かべて立ってた。



「えええ?」




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