第14話 マーカス・山県 



「ふわわ……、もう4時じゃん」


 スマホが示す時刻は夕方。


 一限終わりに保健室に行き、勝手にベッドに寝転んで、超短期間睡眠のスキルを起動したところまでは覚えてる。


「6時間も寝ちゃったのか……」


 起きたら一日が終わってた――。



 あれから――、つまりは俺の能力(秘めたる部分の内のほんの一部)が覚醒した、あのハンドボール投げの授業の後、俺は体を引きずりながら保健室へ行った。


 そこに先生の姿は無く、代わりに表ではピーポーいう救急車のサイレンレクイエムが響いていたことから、体育教師の堂上が、クラスメートたちの無謀な見立て(ちょっとした過労)を裏切り、病院へと担がれていった事が知れた。


 堂上のアン・ラックも大したものだが、俺の方もまた重症。


 あの硬い硬いハンドボールが後頭部に光の速さでゴツンしたんだから。


 なんでも、あの時俺は至高の風魔法 『エアリアル・マジェスティ・ファイナル』ではなく、『ブルシャデフ』なる、たぶん暗黒的魔法を唱えてしまっていたようだ。


 そう、委員長も言ってたし。


 初歩的な詠唱ミスだ。


「まだ俺自身も未熟って、事か」


 結果それがよかったけども……。



 その後、しばらく待ったが、相変わらず保健の先生は不在のようだった。


「さぁて、帰るかぁ……」


 小腹が減っていた。


「スキルの代償、かな?」



 ◇◇◇◇◇◇



 灯りの消えた教室に戻った俺。そして下校しようと荷物まとめてたら委員長に声をかけられた。 


「高木君申し訳ないのだが、手を貸してくれないか?」

 いつものカッチリ横分けは乱れ、どこか憔悴した様子の委員長。



「ほう? 俺に聞かせてみな」

 別に帰るだけだし、何よりとってもよく寝たしで、俺の懐は『頼りがい』で近年ない程に膨らんでる。


「ああよかった! 実は今、東アジアヲタク活動推進協議会でトラブルが起きてしまってね」


「それが?」


 そして身振り手振りの委員長。なんでも推しのアイドルが、丸坊主になりかねない程の危機なんだとか。

 委員長は、その惨劇を回避するために今から新幹線に乗りたいそうで……。


『北条政子か寂聴じゃくちょうかの瀬戸際』と、委員長。



 その二択はどちらを取っても坊主なのでは? とちょっと思ったが口には出さなかった。

 その代わりに、

「いいだろう。受けよう」と、委員長の本来の予定を肩代わりすることにしたのだった。




 ◇◇



「――では、くれぐれも頼むぞ、高木君」

 矢継ぎ早の説明を終え、忙しそうに走り去る委員長。


 その背中に向かって、そろえた指を二本立て、返事と共に切るような仕草で、送り出す俺。


「あぁ、任せておきな……」


 頼まれたのは、俺にしかほどけない、絡まった鉄鎖てっさのような依頼だった。


「……」


 こんな風に頼られるのも悪くないな、なんて思ってみたり。


 フッ、俺も近頃はずいぶん丸くなったもんだぜ。


「一肌脱ぐか……」

 これもまた、徳。未来の勇者の役目と言われれば、納得できなくもない。 


 来世でお釣りをもらう事が確定している俺の、今世での功徳チャリティ――。



 何を頼まれたかって? フフフ。


 何でもアクマが学校内で逃げちゃったらしい。それを俺になんとかして欲しいんだって。



 さて、悪魔……か。


 テレビではそれ風のモノを見たことある。何度か……。

 だが、『美魔女』は結果、普通の女の人だったし、すみちゃんがよく言う『悪魔のレシピ』は、「やみつき、やみつきー」としか分からずにきた。


 悪魔。


 そういえば俺の長い人生、ハッキリとした悪魔に会ったこと無し。

 ラプラスの悪魔も、マクスウェルの悪魔も、ネットでちゃんと読んだのに、悪魔じゃあないってこと以外ちんぷんかんぷんだった……。



「だが、俺もついに悪魔とご対面か」


 指定の場所は木造旧校舎。助っ人もいるらしいし、何より出向くのが俺だし。

 詳しい事情は、その助っ人から確認してくれ、なんて委員長は言ってた。

 ほとんど丸投げお任せコースの依頼だ。


「……ふむ」


 今これから、ハッキリとした、丸々とした、宝物のようなホンモノの悪魔に会うにつけ、止まらないのはドキドキだ。


 しかも『捕まえて』だって……。


「簡単に言ってくれるぜ……」


 楽しみだなぁ……、シッポとかあるのかな。うふふ。





 ◇◇◇◇



 俺を待っていたのは、真っ黒のジャケットに、太いネクタイを締めた偉丈夫。


 短く刈り込んだ頭。極太の眉と、射貫くような三白眼。目の下から頬にかけて刻まれた深いシワは、精神と肉体の剛健さを示す説明看板のようだ。

 

「……」


 大きな公園にある半分埋まったタイヤみたいな雰囲気の男がそこにいた。



「あの……、委員長に頼まれて来たんだけども?」


 旧校舎入口の下駄箱。そこに背中を持たれるようにして立つ、無言の男。

 彼と向かい合うのは俺とすみちゃん。


 そう、例の『しゅぽん』冷めやらぬ、昨日の今日。俺の傍らには、「ヒマだしついてきますよぅ」と、見学希望のすみちゃんもいる。


 玄関で靴履いてたら、そこにフラっと現れたすみちゃん。


 すみちゃんを戦力に数えていいものやら、いささかあやしいけれども、そこは昨日の今日で伸びた俺のこと。今度は俺が用心棒の係だ。



「えっと、……ホントに山県やまがただよね?」


 例によって変わり果てたクラスメートの姿がそこにあった。

 記憶の中の山県は、たしかバドミントン部の明るいスポーツマンだったはずなんだけども……。


 男は、俺とすみちゃんを、じっくりと見つめて、

「そうだ、………………山県やまがた、だ」と、答えた。


 やはりその表情は、ほとんど動かない。


 旧姓『山県』、旧名『あつむ』。

 もう慣れてきたこととは言え、特A級殺し屋さんみたいに変貌したその姿を前に、すみちゃんと無言で目くばせしあう。無言で首を振るすみちゃん。やっぱり当然見覚えや、無し。


「はぁ」


 本人ってことでいいのかな?


「………………正真正銘、………………マーカス・山県やまがた、だ」




 ……誰て?



 ◇◇



 そして、始まる山県のレク。


「昨日………………、封印保管庫へ『魔笛まてき』を移送中、事故が起きた………………」


 男の説明は、慎重だった。


「魔笛で………………、遊んでいたら、中の悪魔が逃げたんだ。つい、出来心で、な………………」


 それはまるで、くじらがかかった地引網みたいなリズムでしゃべる山県。


「旧音楽室………………、ヤツはそこに逃げ込み………………を張った、と、いう訳だ………………」


 廊下の先を睨む山県は、そしてまたむっつりと黙り込んだのだった。


「……へぇ」


 出てくる単語の角が鋭利で色々、色々と気になるんだけども……。


 吹いちゃったんだぁ? 魔笛。……それも遊びで?

 私語禁止のラーメン屋さんみたいな顔なのに、遊びで……。


 もはや堂々としすぎてて、うちのラーメンはこれ一本だからという類の説得力。



「はへ~。それは大変ですねぇ」

 と、いつものオコジョ顔なすみちゃん。


「まぁでも、悪魔を見にいきましょうよ」

 始まれば終わるもの。と、暢気のんきなすみちゃん。


「……」



 そして歩き出す。



 ◇



 足音の無い男の背中を追い掛ける俺とすみちゃん。


 封印保管庫に、魔笛に、悪魔……。

 フッ、実に俺向きのナニかだ。


 それらすばらしい単語を舌の上で転がしながら、後でそれがどんな物だかうまいこと聞き出そうと考えつつも、それはそれ。


「……で? どうやって悪魔を捕まえるんだ?」

 現場に着く前に、プランを確認したかった。


「高木は………………、屏風の虎の話を、知っているか………………?」

 一休さんの。と、付け加えた山県。


 は? トンチの? 殿様の無理難題のやつだろ? 

「……うん。知ってるけども」

 それが何だって言うんだ?


 山県はわずかにうなずき、

「十分だ………………。高木達には、それを………………、やってもらいたい」

 と、言った。


 はぁ? ……どのこと?


「捕まえるのは俺がやる………………。高木は出してくれれば、いいんだ」


 ……出す? どこから? 何を? どうやって? 


「さあ………………、着いた、ぞ………………」

 マーカス・山県やまがたは、そう言って音楽室の扉を引き開け、殿様のように無造作に入って行った。




 おい。



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