第5話 死闘
「……ホンモノだぁ」
見れば見るほど不思議なイキモノ。ぽってりしてて薄ピンクに向こうの景色が透けてる。ボーリングの玉くらいの大きさでウネウネと動く――スライム。
だがナゼ? キミはまだお呼びじゃない。先に『異世界に行く条件決め』とかそういう大人の話し合いがあるんだから。
神はドコ? 『たろすけ転生するの巻』は、どうしちゃったのさ?
俺すごい扉くぐったのに。異世界、準備ヨシだったのに。
全部台本に書いてある通りのヤツなのに!
トラック以外全部クリアなのに――!
「…………はッ!!」
もしかして試練のつもり……か? 俺を……試す気なのか?
「――ぐぅッッ!!!!」
こんなちっぽけなモンスターで? 異世界がふさわしいかどうかを?
「おい」
突然、腹の底で怒りの炎が湧き立ち、真っ黒な煙を上げた。
「……なめんな」
同時に脳裏に浮かんだ、とある思い出――。
『高木君にはまだ早いと思います』『わたしもそうだと思います』『ボクもおもいます』『あたしも』
それは小学生だった頃の記憶――。
放課後のクラブ活動。ブラスバンド。俺はあの時、希望した小太鼓のかわりにカスタネットで手拍子をさせられた。
「うんたん。うんたん」
楽器隊のすぐ横で。
「うんたん。うんたん」
ぽつんと立って。
「うんたん。うんたん」
理由は、『まだ早いから』。
『上手だねぇ、じゃぁ高木君はコレで』
明らかに半笑いの女教師。
だから、俺は――。
「……スライムだぁ?」
神は言った。
『高木君に天国は、まだ早いと思います』と。
「……ナメやがってぇ」
神といきなり会えないのは百歩譲る。
だが、スライムごときで俺を試す? あの日と同じ仕打ちを今また俺に科すのか?
ここはせめて、強敵が出てきて、イチかバチかで戦うとこだろ! ないしは、裸で、記憶喪失の女で、美女で、俺のことが大好きなヒロインが倒れてて、俺が「しっかりしろ!」って助けて、その後、「オイオイ。あまりくっつなよ」するとこだろ!!?
「くぅうんの野郎ぉ」
なんだあスライムって!!!
俺はあの日、誓ったんだ。もうクスクス笑われながら『うんたん』しないって!!
「もういい!! いきなり死ねェ!!!」
瞬間的に沸いた怒りと言う名の熱が俺の右足に集まり、
「
足元のスライムに向かって、迅雷の速度で解き放たれた!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオン
「見たかぁ、神このやろう」
完全に決まった、な。
3メートル程『コロコロ』と後退し、いまだフヨフヨと揺れてるだけのモンスター。
「フっ、下等生物が。まだ自分が死んだことに気づいていないとは」
俺の技をまともに受け、沈黙の中で
「哀れを通り越してもはや
手ごたえも何もない。
これならコッペパンと闘うのと変わらんな。
ふぅ。
やれやれ、門番などと息巻いたところでこの程度。最強へと至る道のなんと短く、なんと平らで歩きやすい事なのか。だが、神に選ばれちゃったし、付き合ってやろうか……。俺すごい忙しいけども。さて――、
「アイタッ」
むこうずねにズシンと衝撃が走った。
「なに!? ……いったいなぁ」
見ると足元にはスライム。
「なんでぇ?」
俺の一撃に耐え、生きて……たのか?
「ほぅ」
こんなヤツ無視してもいいくらいだ。だが、このスライム、目なんて無いのに俺を睨んでいる気がする。
「やれやれ」
そして、目の前にいる
正直、これ以上の弱い者いじめは趣味ではないんだが。正当防衛……か。
「向かって来るのなら容赦はせんぞ」
俺はまっすぐ歩み寄り、再び足を振りぬいた。今度こそトドメを刺すために。
「雑魚が、くらえ!
スカッ。
「何ィ!?」
「サッと動くとは。なるほど。腐っても『門番』というわけか……。ならば俺も名乗ろう。俺の名は高木たろすけ。覚えておけ、お前を殺す者の名――」
いたっ。
名乗りの途中で、いきなり飛び込んできたスライム! すねにボカンとぶつかって、まったく悪びれもせず、もう一度こちらに向かって身構えている。
「生意気なぁッ……」
不意打ちとは、騎士の風上にも置けんヤツだ。
もう手加減などできんぞぉ。
「……む」
見下ろしているはずのスライムから、肩をすくめ溜息ついたような気配がした。
肩なんて無い、呼吸もないのにそんな
「……」
ナメられた? ……俺が? ハハハ、まさか。
でも確かにそんな気がした。
「よぉし、遊びは終わりだ」
これはゆゆしき事態だ。それは『人類の至宝』になることを約束された俺に対して、絶対にとってはならない態度。
ならばあの世で反省するんだな。
「くらえぇぇぇッ!!!」
今度は勢いをつけて走り込み、全力のトーキックをぶちかましてやった!
「
スカッ。
ふぇ? また避け、た? 渾身の一撃を見切られた……だと?
いや、そんなことはありえないか。
「運の良いやつめ――」
アガッ!!
そして再び右
「ふぉおオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
痛み。恥。怒り。ほかほかのスネ。殺す。もうコロス!
「たろすけ、
完っ全に頭にきた。
天国の扉を開ける前に、この馬鹿は俺の地獄の
アドレナリンが鼻息を吹き散らし、
キレちゃったよ。俺。出しちゃうよ。奥義。
今さらフルフル震えたって手加減なんかしてやらん! 龍の怒りをその身に刻み、来世でよろしくカスタネットでもやるんだな!
ごきげんよう。
「空まで飛んでけ!!
食らえ千の連撃を一に込めた俺のおおおおおおお!!!
スカッ――!
「ちょッ! なんで!? 避けんなよッ!! ――いたい!! 待って!」
痛いってば――。
ずんずんガンガンしないでよッ!!!!!!
お前コッペパンじゃなかったの? 全然話が違う!!
「あだだだ」
スライムって水風船とか、ぷにぷにのゼリーなんじゃないの!?
なんでこんなしっかりした大人用の痛さなんだよ!?
絶対おかしいって!!
「いてえ!!」
ちょっと、ホント待って!!
ひつこい! いたい! ああああ!!!
「バカ!!!」
だったら踏んづぶしてやる!!!
「こんの野郎ぉおおおおおおおおおおおおお」
ひょい。
スカッ。
グキョッ!!
「あぁがあああ」
たんま! 足ぐねった! 足ぐねってるから!
「た・ん・ま!!! たんまああ!!!!」
うああああああああああああああああ!!!!!!
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