第16話 フィ
「――け~ん、ぽん」
「あ」
そこには、俺のぐーを見つめる、山県のぱーだけがあった。
「……」
いつもそうだ。
「……う」
『じゃんけん』と、『仕方ない』は、常にセットなんだ。俺の人生。
「……俺の勝ちだな」
では、と身振りで俺をピアノの前に誘う山県。
「クッ」
いつもいつもそうなんだ。……意味分かんない。
じゃんけんってホント糞。
『石がはさみに勝つ』それは分かる。
『はさみが紙に勝つ』それも分かる。
『紙が石に勝つ』
……は?
『紙は石を包めるから勝ち』
……は?
鼻水に負ける紙が? チーンで穴パカぁのあの紙が?
紙が勝ち? 馬鹿かな? 包んでどうすんだよ?
「はい、包んだから」「もう包んだから勝負あり、お終い」 「はい石終わった、紙の勝ち』
ば、ば、ば、馬鹿かな?
こんなルールを作った人はパーに相当貰ってる。絶っ対におかしいんだ……。
それになんだよ『遅出し』って……。
「じゃんけん」と「じゃーんけ~ん」
急にわからねんだよ。ポンのタイミングが。
いきなり始まって、あ、あ、あ、ってなって一番強い、ぐーを『ぽん』。そして機械式に負け。ぱー、の馬鹿野郎に。
いつもいつもいつもそうだ。
あの日も、回って来たのは『木の役』だった。顔を茶色に塗ってセリフは「ザワザワ」一言だけ。俺の桃太郎は木。それもこれも全部じゃんけんのせいで……。
『パー』が
「……」
そして今、目の前には悪魔が飛び出るかもしれないピアノ。そんなものにかり出されちゃった可哀想な俺。
しかたない。
だってグーの負けだから。
仕方ない、しかたない、ばっかりの俺の人生――。
「どうしよう……」
初めてのグランドピアノ。ともあれ椅子に座って。
「俺カスタネットくらいしかまともにやった事ないんだが」
さっき鳴った「ターン」を探せったって、どこを押せばいいんだろう? めちゃめちゃいっぱい押すとこあるし、どこにもドって書いてない。
たぶん一番左のこれがドのはず。
「どー」
うん。低い。こんな音じゃあ無かった。
「れー」
ちょっと変わった『れー』の音がする。だが、全然あのターンじゃない。さっきの音はもっと澄やかだった。
「じゃぁ、さっきのターンは……なんだ?」
全っ然読めない譜面。向こうでむっつり腕組みする山県と、おかしのラストをザラザラあおるすみちゃん。
絶望だ……。
あの時うんたんしていれば、もしかしたら今ターンと弾けたのかもしれない。あれが勝負の分かれ目だったのか?
もんじりと見つめる鍵盤が、俺を見つめている。
「……」
しばらく悩んでいると、いつの間にか傍らに立っていた山県が、教室の反対側を見つめたまま、
「………………フィ」
「え?」
「フィの音だった………………」
それは突然のアドバイス。
「え?」
フィ……か。
俺は指折り数えながら順番に、
「ドレミファソラシ……ド」
……またドが来ちゃった。
「無いけど? フィ」
山県は、あつあつの温泉につかるような表情で瞳を閉じたまま、
「………………探してくれ。必ず………………、有るはずだ。さっきのは………………、『フィ』だった。諦めるな………………フィ、を」
俺はからっきしだが、山県は確信してるようだった。
そうだ。まず疑うことをやめてみる。なぜって
すぅうー。はぁー。
よし。
「フィーー」
お? 声に出してみると確かに似てる……。フィみたいな音だった。
だが鍵盤のどこにも無いフィ。
「……あ」
そう言えばこの黒い所はなんだ?
思えばピアニカにもついてた、間仕切りみたいな黒突起。
俺はコレを人生で一度も押したことがない。そして押してる人を見たことも無い。
ってことは――、
「この黒いバーのどこかを押せばいいのか?」
山県は、薄く目を開き、
「…………完璧な発想だ……な。……お前のような男が、……この場所には、必要だったんだ……」
「……ふん」
やっぱり。どうも怪しいと思ってたんだ、この黒ボタン。
そうなればあとは手当たり次第だ。鍵盤に眠るフィを捕まえる。そして悪魔も――。
まずは、そーっと。
「トーン」
違うけど、なんかいい音がした。
「驚いた…………な。いきなりで……もう、その音が……でるのか」
「え?」
「一発目から……すでにない……ぞ。……
「え?」
遜色が無い? 何と遜色が無いの?
「……最早これは、……ピアノでは無い。…………ピアニッシモ。お前は……ピアニッシモ、だ」
聞いたことある! きっと最上級みたいな事だな。ものすごい褒められちゃったよ、オイ。
「あぁ……そうだが? 俺はピアニッシモだが?」
「まったく………………頼もしいヤツ、……だな」
それは、山県が初めて見せた一瞬の笑顔。
俺は、じっと手を見つめた。
「そっか……、まだ秘めてたのか」
出汁昆布みたいだ、俺の手。どんどん出るし。
魔法に、必殺パンチに、数々の名スキル。そして――、
音楽まで住んでたのかよ?
「それはもう都会のタワマンじゃん」
◇◇
ブルーオーシャン。フロンティアスピリット。ゴールドラッシュ。俺の手。
あぁ俺は開拓者だ。
弾けい! たろすけ! 雄大に弾けい!
と、ばかりに感情の向くまま俺は才能を垂れ流した。
右から左。左から右、ドミノみたいにトロロロ、と。
やればやっただけ、できる男。たろすけ。
その横ですみちゃんが、
「ピアニッシモすごい」「ピアニッシモ今目をつむってる」「ピアニッシモ頬かいてる」「ピアニッシモ揺れてるノリノリ」「ピアニッシモすごい」
と、逐一俺をほめたたえた。なんだかグラビア撮影みたいで、流石に嬉しかった。
しかし、上がり続ける俺の調子とは裏腹に、何にも起きない教室。
でも別に良かった。
山県が、遊びで笛を吹いちゃった気持ちが少しだけ分かったから。音が楽しかったから。
音楽。
こうやってタラララして、たまたまできたのが曲なんだと思った。
まさに音楽だ。
ベートーベン、バッハ、その他過去の偉人達に見守られ、タラララ。
肖像画の人たちも、かつてした、タラララ。
あれから一切、勝手にピアノが「ターン」と鳴ることは無かった。
その間にすみちゃんはおかしの二袋目を空にしてた。
そして、
やがて疲れ、
最初の
「ふぅ……。駄目だこりゃ」
たぶんピアノは違った。
別に悪魔の楽器じゃなかった。
楽しかったし。
「『フィ』は、フィレカツの『フィ~』」と、すみちゃんが歌ったのを契機に、「ヒレカツでしょ?」「…………いや、……ヘレ…………だろ」と、派閥を巡る言い合いが少しあった。
でも最終的には、「フィはド~ナツ~のフィ~、フィはレモンのフィ~」と、どこにでもよく馴染み、大車輪の活躍をした事でうやむやのまま決着した。
その後も入れ替わりながら、散々ピアノで遊んだ。すみちゃんは宣言通り『ぴりっから』の実力をいかんなく発揮し、アホの山県は、どこまでもアホだった。
そんなこんなで遊びしろが無くなるまで遊びつくし、
そして、
飽きた――。
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