第2話 二人っきりの夜

 ドタドタと騒がしい音がする。みんなが焦ったように何かを話している声が嫌でも聞こえてきた。

 寝起きの重たい体をゆっくり起こし、メイドを呼ぶためにベルを鳴らす。数分後、慌てた様子のメイドが私の部屋にやってきた。

 「エレナお嬢様おはようございます。お夕食でしょうか?それともご入浴ですか?」

 「夕飯もお風呂も後ででいいわ。・・・それより、どうしてみんな慌ただしくしているの?」

 私がそう問い掛けるとメイドは少し考えたあと、口を開いた。

 「エリーザ様、エレナお嬢様のお母様の赤ちゃんが生まれそうなんです。そのため、今皆が忙しなく動いております。」

 その報告を聞き、私の胸は喜びに満ち溢れた。やっと、私もお姉様になれる!まだ見ぬ弟妹の姿を想像して私の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 「私の弟か妹が生まれるの!ねぇ、私もお母様の部屋に行ってはだめ?」

 「だめです。ご夕食をお持ちしますので少々お持ちください。」

 メイドはそう一言、冷たく言うと部屋から出ていった。あんなふうに言われるのは初めてだった。しかし、ダメと言われると行きたくなるのが人のさが。私はそろりとベッドから飛び降りると声をかけられる。

 「どこに行こうとしてるんだエレナ?」

 「お兄様。」

 「どうせお母様の部屋に行こうとしたんだろう?行きたい気持ちはわかるがダメなものはダメだ。お父様も言っていた。・・・おい、そこのメイド少しいいか?」

 「はい、なんでしょうかサミュエル様。」

 「今日の夕食はエレナの部屋で一緒に食べると伝えてもらってもいいか?」

 「かしこまりました。」

 「今日はお父様もお母様もいないから僕が一緒に食べてやるよ。一人は寂しいからな。」

 お兄様は窓の外を眺めながら呟く。その横顔には哀愁が漂っていた。同じように私も窓の外を見る。外は雨が降っていた。

 数十分後、私の部屋に二人ぶんの夕食が運ばれた。こういう風にお兄様と夕食を共にするのは初めての経験だ。普段はティータイムに使われるテーブルに料理が配膳されていく。お兄様の目の前にはパンと鳥肉のソテーにポタージュと美味しそうな料理が並んでいく。一方、私はパン粥と薬、果実のジュースが並べられた。

 「お兄様だけズルい。」

 「病人は大人しく粥でも食べてろ。」

 お兄様は冷たく言い放ち、鶏肉のソテーを口に入れた。私をそれを羨ましく思いながらパン粥を食べ始めた。

 うちのシェフが作るパン粥はとても美味しいが、流石に月に何度も食べると味に飽きる。おまけにあのおいしく無い薬付きだ。気持ちも自然と沈んでしまう。

 「お前が生まれたとき、お父様にお母様もお前も死ぬかもしれないと言われた。」

 ナイフで料理を切りながら突然ん話し始めた。

 「まだ二歳だったけどよく覚えてる。お父様の悲しそうな顔も何もかもなくなるっていう気持ちも。・・・でも、お前の時は奇跡が起こった。お母様もエレナも無事に済んだ。さっき、お父様と少し話をしたんだ。出産は命懸けなんだと言っていた。赤ちゃんもお母様も無事で済む確証はないって。」

 お兄様はそこでナイフとフォークを置いた。

 「悔しいよな。僕たち子供だから何もできない。」

 「もしかして、みんなが忙しくしているのってお母様と赤ちゃんが危ないってことなのかな。」

 「そんなこと考えるな。とりあえず夕飯を済ませてこっそりお母様の部屋に行こう。」

 お兄様のその言葉を合図にするかのように私たちは黙々とご飯を食べた。その日の夕食は今までで一番味気なかった。

 夕食が済むと私とお兄様は使用人たちに見つからないようにお母様の部屋を目指した。このかどぉ曲がればお母様の部屋だというところでお兄様が「シー」と言いながら歩みを止めた。

 「どうしたの?」

 小声で問いかけるとお兄様は厳しい顔で言った。

 「なんだか様子がおかしい。お前、見えないのか?部屋の外にお父様がいる。」

 お兄様が指差した方向には深刻そうな顔をしたお父様がウロウロと歩いていた。

 「お父様があそこにいたら私たち近くにいけないわね。」

 「ここだっていつ使用人が通るかわからない。一度部屋に戻って毛布を持ってこよう。そうすれば寒くないし、赤ちゃんが生まれたらすぐにわかる。お母様の部屋の隣の部屋には隠し通路があるんだ。今日はそこで夜を明かそう。」

 「そんなものがあったの?でもそれが一番いいかも。それならベッドに少し加工して毛布を持ってそのお部屋に行きましょう。」

 「そうだな。とりあえず自室に戻るか。準備できたら僕がエレナの部屋に行くからそれまで待っててくれ。」

 お兄様とそう約束をして私たちはそれぞれの部屋に戻った。

ベッドへの加工というのはさも私が寝ているように見せかけるものだ。これはぬぐるみを使えば簡単にできるだろう。

 部屋に戻って早速ぬいぐるみを詰め込み、人が寝ているように加工する。思ったよりも早く終わってしまった。

 お兄様はまだ来ない。私はそっと窓を開ける。気づけば雨は止んでた。

 「綺麗な星。」

 空にはキラキラと無数の星が輝いている。まるでお母様を応援しているようだった。星にも負けないくらい私もお母様を応援したい。そう思いながら胸の前で手を組む。

 「星よ、どうか私のお母様と赤ちゃんが無事でありますように。」

 そう呟くとキラリと何かが流れた。ハッとしして空を見上げるとたくさんの流れ星が空を覆っていた。

 私は叫ぶ。

 「お願い、お願い星の神様!お母様と赤ちゃんが無事でありますようにお願いします、お願いします!」

 気づくと涙が頬を伝っていた。お母様に死んで欲しくない、赤ちゃんも死んでほしくない。私の願いに応えるように叫び終わると流れ星はいなくなった。

 どこからか「にゃー」という声が聞こえた気がした。


 数分後、お兄様が私の部屋にやってきた。毛布を持ってお兄様の言う秘密の通路へと向かう。夜もふけ、屋敷の中には不気味な静寂が満ちていた。

 「お兄様まだつかないの?」

 「もう少しだから。」

 お兄様にしっかりと手を繋がれ歩みを進める。そしてお兄様はある部屋の前で足を止めた。

 「ここって空き部屋だよね?」

 「今は使われてない。」

 ドアを開けると中はホコリっぽく、暗かった。二人で窓まで向かい、カーテンを開けると月明かりのおかげで部屋は明るく照らした。

 部屋の中にはベッドやタンス、机やドレッサーが残っていた。どれも埃を被ってはいるがかってこの部屋で誰かが過ごしてイアことあるわかる。

 「ここ、多分ジャーダ叔母様の部屋だったんだよ。なんで叔母様の使ってた部屋に隠し通路があるのかはわからないけど。僕は偶然だと持ってる。」

 ジャーダ叔母様はお父様の妹でいまは他家に嫁いだため家にはいない。確かに、部屋にある家具からも女性の部屋だったことが伺える。

 「体の負担になることはわかってるけどこの棚を魔法で動かして欲しい。」

 そう言いながらお兄様は棚を指差す。

 「どうして棚の後ろに通路があるって知ってるの?」

 「前に暇だったからこの屋敷の間取り図を見たことがあるんだ。その時に不自然な通路を見つけて探してみたらこの部屋の棚の後ろだってことがわかった。でも棚を動かそとしたら重くて出来なかったんだよ。」

 「わかった、動かしてみるね。」

  魔法を使う準備をすると、ズズズと鈍い音が響いた。音の方を見ると件の棚が勝手に動き、その後ろからは通路が現れた。

 (ビヤンコの仕業ね。あとでお礼を言わなきゃ。) 

 私が生まれた時からずっといる白猫のビヤンコ。その正体は龍神グローリがなぜか猫になった姿だ。ずっと私の近くにいるわけではなく、気まぐれに現れては消えてを繰り返している。

 「全く、お前といると飽きることがないな。ほら、行くぞ。」

 私たちは手をぎゅっと繋ぎ、暗い通路へと足を踏み入れた。


 「灯りよ。」

 お兄様がそういうと通路に置かれていた松明に一斉に火がついた。

 「おぉ、僕もやればできるもんだな。」

 一人で関心しているお兄様を無視して通路の様子を確認する。中は湿っぽくカビ臭い。長く使われていないことは明らかだった。

 「お前の体に悪そうだから早足で行くぞ。」

 「うん。」

 お兄様はそう言いながら宣言通り早足で通路を駆け抜けていく。そして数分も歩けば通路の突き当たりに到着した。

 「これ、扉か?」

 「扉みたいだけど。」

 目の前には茶色の大きな扉が鎮座していた。金色であったであろうドアノブはいまは錆びてみる影見ない。

 「開けるぞ。」

 お兄様の言葉に頷くと慎重にドアノブを捻った。


 扉の向こうには古びた書庫が広がっていた。この扉も隠し扉のようで本棚と一体化しているように見える。

 「ここがお母様の部屋の隣だ。」

 「うちにこんな場所があったんだ。」

 「なかなか興味深い場所だぞ。古い本がたくさんあって、お母様が好きそうな場所だ。とりあえず隣の部屋に聞き意味を立ててみよう。」

 お兄様と一緒に壁際までいき、壁に耳を当てる。微かに声が聞こえてきた。

 「エ・・ザ!・・・・し!」

 「うぅ・・・・あぁ!」

 ソフィア叔母様の声とお母様の苦しそな声が聞こえる。顔から血の気が引いていくのがわかった。

 「お母様苦しそう。」

 「命懸けらしいからな。」

その後も私たちは声を聞き続けたがだんだんとお母様を失うのではないかという不安が勝っていき、気づけばお互いに声を聞くことをやめていた。

 「ここにいれば一番に生まれたことに気づくと思う。だから今日はもう寝よう。」

 「わかった。」

 私たちは持ってきた毛布にくるまり、互いの手をぎゅっと握った。自然とお母様が歌ってくれた子守唄を口づさむ。それを見たお兄様も同じように意味もわからない、けど落ち着く歌を口ずさんだ。

 気付けば私たちの意識は遠のき、眠りに落ちていった。

 翌朝、私たちがいないことに気づいた使用人たちの慌ただしい声と一緒に目を覚ますと同時にお母様が亡くなったことを知らされた。



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