19章 意外な過去

トムキースは飲み物のカップを手に取り、祝辞しゅくじを声にあげた。


「このあと謁見が控えているので、酒ではないのが残念だが、いたしかたない……。

勇敢な少年のおかげで迅速に解決できたこと、そしてここに生きて帰れたことに感謝を……もう一度感謝を……ありがとう。

では、堅苦しい挨拶はここまでにして、存分に食べて飲んでくれ!」


各々が食事をして和やかな空気が広がった。

トムキースはカップを掲げながら、ジェイリスに向かって言った。


「ジェイリス、酒がないのはすまないな」


「いえ、私もこのあと依頼主と会う約束がありますから、ちょうど良かったです」


2人は以前の食事で意気投合しており、気さくな間柄あいだがらになっていた。


そのころ、ヘルミーネとリリーナは、エリノアの近くまで歩み寄り、挨拶と同時に丁寧に頭を下げた。


「シン君のお母様ですね」


「ええ、そうよ」


「私は次女のヘルミーネと申します」

「私は長女のリリーナです」


「まぁ、あなたたちが……シンが嬉しそうに話していた娘さんたちね。私はエリノアよ」


そこへ、王妃エリサも歩み寄ってきた。ヘルミーネとリリーナと同じように挨拶をする。


「ふふ、初めまして。私はエリサ、改めてお礼を……この子たちがお世話になりました」


「そんな、王妃様!、顔をお上げください!」


「あら、王妃様だなんて。私のことはエリサと呼んでください、エリノアさん」


「それなら私も、は抜きで、エリノアと呼んでください」


ふたりは自然に笑い合い、すぐに打ち解けた。

やがて話題は子育ての苦労や、子供たちの可愛さへと移り、母親同士ならではの会話がはずんでいった。


一方、トムキースとジェイリスは冒険者としての話を交わしていた。


「そういえばジェイリス、お前のランクはどこまで取っているんだ?」


「私はドラゴニウムまで取っています。」


この世界のギルドランクは――下から、

ブロンズ → シルバー → ゴールド → ドラゴニウム → トワイライト → フレア → ダークマターと続く。

一般の冒険者は主にシルバーやゴールドが多く、ドラゴニウム以上は上級冒険者とされ、ギルド長から直々に依頼が来ることもある。フレアは騎士団長が主に取得して、ダークマターは偉業士いぎょうし(世界を変えた人)が与えられるが今だ持ってる人はいない。

ジェイリスはその信頼厚く、しばしばギルド長からよく相談役としても呼ばれることがある。


余談だが初めてジェイリスが顔を出した時のころ、ギルド長が周りの野次を黙らすため『こいつは信頼ができる男だ!』と発した言葉が切っ掛けになり、その後はワザと野次を飛ばして始まりの挨拶となった。

それ以降ギスギスしていた空気が無くなり、ギルド内の風物詩となっていった。

殺伐した空気が無くなり、ギルド嬢は安心して仕事に励み、働きたい女性が増えたという。


トムキースは満面の笑みで叫んだ。


「実は!私もランクを持っているんだ!ドラゴニウムを!」


「同じ上級冒険者ですか。では!……大物を倒してこられたのですね!」


「ああ! オーガにゴーレム、それからファングボア!他にも色々倒したぞ!」


「すごい……!」


「ふっふっふ!冒険者として倒しておきたいからな!」


トムキースは、自慢げに武勇伝を語り出した。


だが――。


背後では、王妃エリサがじっとその様子を見つめていた。

黒歴史が近づいていることに、彼はまだ気づいていなかった。


「まぁ~懐かしい話をしてるわね……。そういえば、私の護衛をにして、冒険者になったのよね?」


「いや……それは……護衛というより、その……御守おもり……」


「……なにか言ったかしら?」


リリーナは母から聞いたことを思い出し口を開いた。


「お父様、オーガと戦ったとき……隠れてオーガの背中を攻撃して、こちらに振り向いたら今度は仲間の人が背中を斬る……って、そうやって繰り返して倒したと聞いたわ」


続けて、ヘルミーネも思い出し言った。


「ゴーレムのときは、崖まで追い込まれて、突進してきたれど、すんでのところでオリオテスが引っ張ってくれたおかげで、ゴーレムだけを崖に落として倒したそうですね」


「えっ!? 娘たちよ……なんでそんなことを知ってるんだ……?」


「お母様から聞きました」

「お母様から」


「…………」


そこに、エリサが微笑を浮かべたまま、言葉を継ぐ。


「ファングボアのときは、怪我をした仲間を逃がすために殿しんがりを務めたあなたは……自ら突っ込んで、突進してきたファングボアの眉間みけんに剣を突き刺したまでは良かったのだけど……、でも勢いが止まらず、そのまま吹き飛ばされて……逃げた仲間の上を飛び越えて、転がっていくあなたを、オリオテスとが回収して帰ってきたって話よ」


ジェイリスが思わず声をもらす。


「……よく生きてましたね?」


「それでね……この人、偽名を使ってたから。騎士団長――あなたのお父様が団員を使って2年間ずっと探していたら、そこにを見つけて、助けようと近づいたら。そしたら偶然、あなたの顔を知っていた団員がいて……怪我をしたままのあなたを、すぐに城に運んできたわね」


「エリサ……それ以上は……」


だが、エリサの言葉は止まらなかった。


「大怪我をしたあなたを見たとき……『あなたはここで死んでしまうの?』と私は悲しみでいっぱいだったけど……でもね、今までのことを思い出すと段々と怒りがこみ上げてね。

そうだわ……私が治してあげる!……って言ったの。そうしたらあなた……」


「反論したがあれは……もう……選択の余地はなかった……」


隣で聞いていたジェイリスは、自信にも身に覚えがあったので、あえて黙っていた。

そこへ、今度はエリノアが思い出して加わる。


「そういえばあなたも、怪我をしたとき……私が付きっきりで看病したわよね」


「…………はい」


聞き耳を立てながら黙って食べていたシン。

ヘルミーネとリリーナは、シンがそういう行動をしたことを思い出し、いつか大怪我しないように釘を刺すため、シンに話が向けられた。


「シン君は……もう無茶なことはしないわよね?」


「っ!?……う、うん……しないよ……」


シンはそう答えたものの、最後に小さく、「たぶん」とつぶやいた。

それを聞き逃さなかったリリーナがにっこりと微笑みながら。


「シンが無茶しないように私が、ちゃんと見張ってるからね」


「…………はい」


トムキースとジェイリスは、先ほどまで冒険話ぼうけんばなしとして盛り上がっていたが、近づいてきたエリサとエリノアが男(夫)のダメなとこを話し会っている隣で、すっかり意気消沈していた。


それを見て、ちびがそっとつぶやいて。

それをロスは少し笑いながら言った。


『ご主人様たちは……大変だね』


『ふふ、家族っていうのは……そういうもんさ』

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