第8話 お嬢様が恋をしている人

 何とも重たい朝食が終わると、私とジュリアーノお嬢様は馬車でベルガモット学園に向かった。


「全く! 腹立たしいったらありゃしない!」


 お嬢様は未だにあの犯行予告にお怒りの様子だった。隣で見ても奥歯を噛んでいるのが分かった。


「平民のくせに! 貴族の私達にわざわざ襲うなどと脅すような言葉を書いて送るなんて……しかも私の名前を名指しで!」

「まったくです」


 ただ気になるのはなぜ犯行予告をチース公爵の屋敷にではなく王国の方に送ったのかということだ。わざわざ兵士に自分達を捕まえてくれと言っているようなものではないか。


 それとも余程逃げ切るのに自信があるのか――分からなかった。


 お嬢様はその後も奴らに対してあらゆる言葉をぶつけていた。私は同調する振りをして流していると、急に黙ってしまった。朝食を食べて眠くなってしまったのかと思ったが、窓の景色を眺めていた。


「ねぇ、スカーレット」


 お嬢様が珍しく重々しい雰囲気をまとって声をかけてきたので、何か悩みごとがあるのかと耳を傾けた。が、間違いなくこれから話すことは決して明るいものではないと分かったので、あえていつも通りに「何でしょうか」と返した。


「私って恵まれてると思う?」

「もちろんです。生まれた時から何不自由ない暮らしができるのですから」

「殺害予告出されても?」


 お嬢様の瞳が潤んでいるのが分かった。表面上では一切動じていない振りをしていたが心の中では怯えていたのだ。私はお嬢様の手を優しく握った。そして、なるべく声を穏やかにさせた。


「ご安心を。お嬢様には指一本触れさせません」


 私は昨日暗殺者達との激闘を話した。すると、顔色が良くなっていき、ガーテツが塊になった所で笑っていた。


「それぐらい強いのなら安心ね」

「えぇ、何がなんでもお守り致しますよ」

「ありがとう」


 ジュリアーノお嬢様が初めて棘の付いていなお言葉で私に話しかけてくれた。彼女は本心で話してくれたのだろう。そこまで私の心を開いてくれていると思うと胸が熱くなった。私とお嬢様との距離は不謹慎ではあるがあの殺害予告で縮まったような気がした。


 そう思った時、馬車が停まった。どうやら学園に着いたみたいだ。お嬢様は私の手から離れるといつも通りの堂々とした顔つきに変わっていた。


「さぁ、行きましょう」

「はい、お嬢様」


 私はお嬢様をエスコートするために先に出て扉を大きく開けた。その際に人たがりが出来ている事に気づいた。何か事件が起きた訳ではないことは見るからに分かっていた。ある一人が女の子達に手当り次第に笑顔を振りまいているのを見たからだ。


 出来ればお嬢様には見せたくなかった。このまま馬車に閉じ込めたかった。けど、それをしてしまって理由を問われた際に答えられないので開けざるをえなかった。


「ルーリ王子様!」


 ジュリアーノお嬢様が今までにない笑顔を見せて駆け寄った。彼女の姿を見た取り巻き達が慌てて道を開けた。


 高身長で顔立ちも良く、中肉中背の青年ルーリ王子は「おはよう。ジュリアーノ」と気安く挨拶していた。


「ごきげんよう。ルーリ王子」


 お嬢様は頬を染めながら丁寧にお辞儀をしていた。今の彼女はまさに恋する乙女だった。他の取り巻き達はもっと王子と触れ合いたかったが、お嬢様が来てしまったので遠巻きに見てヒソヒソと話していた。


 この光景に私の胸の中が竜巻が起きたように掻き乱されてしまった。どうしてこんな思いを抱くのだろう。ただ挨拶を交わしているだけなのに。


 あの笑顔、さっき私がお嬢様を守ると宣言した時に見せたのと同じだった。あれが出るのに一ヶ月以上かかったのに、ルーリ王子は容易く出してみせた。


 私は分かっていた。お嬢様が彼に恋をしていることを。



 ルーリ王子は平均的な男だ。成績もルックスも性格も爽やかな香りがするだけで、特に他の男子とひいでている部分はない。奴のことを尾行したのだから間違いない。


 だが、なぜか女子達にモテる。背が高くてイケメンだからこんなにもメロメロなのだろうか。それとも出掛ける前にマタタビみたいな媚薬を香水として振りまいているのだろうか。


 そう思うくらい彼はモテていた。ジュリアーノお嬢様もそのうちの一人だ。


「はぁ〜〜♡ 朝からルーリ王子の顔が見られるなんて最高〜〜♡」


 お嬢様は余程期限が良いのか鼻歌をうたっていた。今の私は絶望に打ちひしがれているが、表情には一切出さなかった。


「なんであんなにイケメンなのかしら。ねぇ、スカーレット」

「興味ありません」


 なんて会話をしていると、前方からルーリ王子がやってきた。当然お嬢様は黄色い声を出して駆け寄っていた。近くにいた女子達は当然避けていた。


「ルーリ王子!」

「やぁ、ジュリアーノ。どうしたの?」

「い、いえ、ただ、昨日の国の歴史授業で分からない所があるの」

「えーと、これはね……」


 お嬢様が王子にデレデレしているのは見たくなかったので、先に教室に向かおうと思い振り返った。すると、柱の隅で何かが引っ込んだのが目に入った。まさか新たな刺客かと思い、瞬時に角を回った。


「ひゃっ!」


 現れたのは可愛らしい顔立ちをした女性だった。小柄で金髪をなびかせる彼女はまるで人形に命が宿ったかのように綺麗だった。


「ねぇ」

「あの、えっと、その、殺さないでくださ〜〜〜い!!!」


 彼女はネズミのように廊下を駆け抜けてしまった。変わった人だなと思いつつあのガーテツの言葉を思い出した。


 確かお嬢様の暗殺を依頼したのは有名な貴族の子どもであると。当然相手はジュリアーノお嬢様を知っている人物だ。それに彼女に対する恨みを抱いている人物。


 思い当たる対象が多すぎて絞りきれないが、あの人形みたいな子も視野に入れた方がよさそうだ。


 ああいう大人しい子に限って、腹の中ではドロドロした怨恨を持っているものだ。


「スカーレット!」


 ふと背後からお嬢様の棘の声が聞こえてきた。振り返ると、眉毛を釣り上がらせてルビーの瞳で睨みつけた。


「何勝手にフラフラしているの?! もし襲われたらどうするの?!」

「申し訳ございません。不審な人物を見かけましたので」

「不審な人物?」


 私は先程逃げた人形の子を話すと、ジュリアーノお嬢様は「知ってるわ」と顔をしかめた。


「彼女はマリー・ルリアーナ。私とは違うクラスだけど、男子達からチヤホヤされている気に食わないやつよ」


 お嬢様はフンと腕を組んだ。


「そいつが私に暗殺者を送りつけた人物なの?」

「いえ、まだ分かりません。ただ確実にお嬢様を見ておられました」

「そう。じゃあ、あとで問い詰めないとね」


 ジュリアーノお嬢様が不気味な笑みを浮かべた。こういう表情をした時はお嬢様が何をするのか分かっていたので「お昼休みに実行致しましょう」と提案した。

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