30歳無職だった俺、女声を使ってVTuberになる!?

佐伯修二郎

第1章

第1話『VTuber紅音ウララ爆誕!?』

 



 ――転職活動がこんなに大変だなんて、思ってもみなかった


 表見おもみアオイは30歳の男。かつてはミュージシャンとして夢を追い、アルバイトで糊口をしのぎながらフォークソングに情熱を注いでいた。しかし、どれだけ頑張っても芽が出ることはなく、仲間たちは次々と現実的な道を選んで去っていった。半年ほど前、ついに夢に区切りをつける決断を下したアオイは、それ以来、新たな人生の足がかりを探す日々を送っていた。


「いやー、思った以上にキツいな……」


 自分の置かれた状況を改めて噛み締め、アオイは重いため息をついた。今日もまた、不採用の通知を手に帰路につく。音楽を辞めた理由は「食っていけないから」に尽きたのに、新しい仕事は一向に見つからず、楽器を売って捻出したわずかな貯金と時間を浪費するばかりだった。


 何気なくスマホをスクロールしていると、ふと目に飛び込んできたのは『VTuberプロジェクトのスタッフ募集』という文字だった。


 《未経験歓迎》

 《クリエイティブな現場でのやりがいある仕事》


 そんな言葉が並んでいる。


「VTuberか……なんだっけ、アニメみたいなキャラクターが喋るやつ?」


 アオイには縁遠い世界だった。名前くらいは耳にしたことがあるものの、実際に目にしたことは一度もない。特別な興味があるわけでもなかったが「未経験歓迎」という言葉に思わず目が止まった。


 ――まあ、選んでる場合じゃないか


 自嘲的な笑みを浮かべながら、アオイは勢いで応募ボタンを押した。スマホを机に置くと、再び深いため息が漏れた。



 ***



 面接当日、アオイは不安に苛まれながら指定された部屋へと足を踏み入れた。そこに現れたのは、茶髪の長いパーマを後ろで結び、パーカーにジーンズというラフな格好の男だった。30代くらいだろうか。硬いスーツ姿の面接官を想像していたアオイは、少し拍子抜けした。


「表見さん、どうぞどうぞ! 僕はWens株式会社でプロデューサーをやってる西園寺さいおんじタクミです。今日はリラックスして話そうね!」


 西園寺は軽い口調でそう言って笑った。アオイはその雰囲気に戸惑いつつも、これまでの面接とは違う空気に新鮮さを感じた。


 仕事内容は自社VTuberの撮影補助や企画の提案といったもので、アオイが想像していたよりもずっと普通だった。


「音楽やってたんだね。どんなジャンル?」


「フォークソングですけど、もう辞めました……全然ファンがつかなくて、食べていけなかったんで」


「なるほどね。でもシンガーってことは、歌声に自信あるんじゃない?」


「いや、そんな大したもんじゃ……」


 気づけば、アオイはこれまでの面接では語れなかったことを、自然と口にしていた。西園寺の軽妙な態度が、緊張を解きほぐしていたのかもしれない。


「じゃあ、最後に何か特技とかある?」


「え……特技ですか?」


 アオイは困り果てた。歌は確かに少しは得意だったが、今さら言うのも未練がましく感じる。他に何かないかと頭を巡らせた。


「エンタメ業界だからね、何か面白いこととかあったら歓迎だよ!」


 その言葉に、アオイはふと昔の記憶を思い出した。友達に仕掛けた、くだらないいたずらのことだ。


「……あの、何の役にも立たないんですけど、昔ふざけて女性の声を練習してたことがあって」


「え? 女性の声?」


「はい。友達にいたずらするために練習したんですけど、結構上手いって言われて。それだけなんですけど……」


 その瞬間、西園寺が身を乗り出してきた。


「何それ面白い! ちょっと聞かせてみて!」


「えっ、今ですか?」


「おねがい! 興味ある!」


 半ば強引に促され、アオイは渋々了承した。喉を軽く整え、昔の練習を思い出しながら声を張った。


「こんにちは、西園寺さん。今日はお時間いただきありがとうございます……こんな感じです」


 すると、西園寺の反応はアオイの予想を遥かに超えていた。


「あっ、あわわわ……キミだ! 間違いない、僕がずっと探してた理想の“紅音あかねウララ”の声だ!!」


 アオイは困惑の表情を浮かべた。あまりにも唐突な言葉に頭が真っ白になり、思わず声が漏れた。


「……は?」



 ***



 場面は一転、アオイは撮影スタジオに立っていた。なぜかモーションキャプチャースーツを着せられ、周囲の状況に呆然とするばかりだ。


「ええええ!? なんでこうなった!?」


 叫ぶアオイを尻目に、西園寺が手を叩いて笑った。


「いいねそのリアクション! さっ、これから君が紅音ウララに命を吹き込むんだ!」


 モニターに映し出されたのは、紅色のツインテールに赤と黒を基調としたロック風の衣装をまとった女の子のキャラクターだった。大きな瞳は鋭くキリッとしていて、どこか生意気そうな雰囲気を漂わせている。アオイはその姿に目を奪われ、しばらく呆然と立ち尽くした。


「こっ、このキャラを俺が演じるんですか……?」


 ようやく言葉を絞り出すと、西園寺が優しく肩を叩いてきた。


「まっ、とりあえずこの台本読みながら、軽く練習してみよっか」


「西園寺さん……ほんとに大丈夫なんですか?」


 近くにいた西園寺の部下が心配そうに尋ねた。それもそのはず、30代の男が女性キャラクターを演じるなんて、誰だって不安になるだろう。


「大丈夫! とりあえず聞いてみって!」


「はぁ……西園寺さんがそう言うなら」


 アオイは緊張しながらも、VTuberのキャラクター設定や挨拶のレクチャーを受け始めた。少しずつその奇妙な状況に慣れていくものの、緊張と戸惑いはまだ消えなかった。


「こんにちはー! 新人VTuberの紅音ウララだよ! 今日からみんなでロックンロール!」


 台詞を読み上げると、自分でも驚くほど自然に女の子らしい声が響いた。西園寺の目は子どものように輝き、興奮を隠しきれていなかった。


「完璧だ! これで天下が取れる!」


「え、すご……」


 部下も驚いた様子で呟いたが、アオイ自身はこの状況があまりにも現実離れしていて、思わず頭を抱えた。


 ――だから俺、何やってんだぁあああ!!


 こうして、何の予備知識もないままVTuberとしてデビューする羽目になったアオイ。その運命がどこへ向かうのか、彼自身にもまだ見当がつかなかった。



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