第13話 謎の少女ライム

 今日は学園での授業がない休みの日だけど、学園へと足を運ぶ。ギードがいるであろう、あの4階の部屋に行くために。

 今日もレスティアちゃんがいない部屋から飛び出して、人がいない学園の中を進んでまたあの部屋へ向かう。気持ちは前よりも前向きだった。何故ならギードという謎の黒猫を知るという明確な目的が生まれたから。私はその確固たる意志で扉を豪快に開けた。


「ギードの正体を明かし、て……」


 しかし、その部屋にギードはおらず、開いたままの窓から涼しい風が入り込んでくる。私はギードが現れるまでの間、この部屋の探索して暇を潰すことにした。


 この部屋は初めて来た時より埃も少なければ、蜘蛛の糸は一切見当たらない。ただ、何故か古くも状態が良い魔道具が至る所に散乱していて、中には透明な板で囲われた魔道具もある。そして、黒板にははっきりとした文字で「工学部」と書かれていた。全体を見渡して直感したのは、時間を遡ったかのような感覚だった。でも、そんな事象は魔法でも出来ないし、不可能でしかない。もし時間を遡れたら、間違いなく王国から栄誉勲章が与えられるような事象だ。

 私はふとあることが思考を過った。もし、時間を遡れるとしたらどうしたいだろう。それは間違いなく、師匠に会いに行く。そしてその世界で師匠と一緒に暮らしたい。それが一番の幸せだから。私は想像に思いを馳せながら、黒板を手でなぞった。きっと現実にはならない。きっと起きてしまったことはもう戻らないから。もし師匠が近くで見守っていてくれているなら見えるようにならないだろうか。この学園に来てから少しずつ会いたいという感情が大きくなっているような気がした。

 私が黒板の文字を見つめていると、窓の外からまた涼しい強い風が吹いてくる。私は思ったよりも強いその風に髪を押さえながら窓の方を向く。

 するとそこには翠色の髪を靡かせ、安楽椅子に座って本を読んでいる小柄な少女の姿があった。まるで人形と見間違うようなその整った顔立ちに見惚れてしまう。翠色の目が本の文字をなぞるように微かに動いているのを追いかけるくらいに見惚れていた。すると、私の視線に気が付いたのか少女は私と目線が合った。少女は少し眉間に皺を寄せて首を傾げては私のことを見つめてくる。それから少女は顔を机の下に隠したり立ち上がって背伸びしたりしている。私はその動きを見て小動物のような可愛さがあって和やかな感情に染められた。


「可愛い……」


 ついつい口を滑らせてぼそっと呟いてしまった。少女は私の言葉が聞こえたからか、さらに眉間に皺を寄せ、ついには唸り声を上げ始めた。そして、次第に私の目の前にゆっくりと近づいてきた。その間もずっと目線を合わせ続けている。少女は私の目の前で背伸びをしながら私の目線と同じくらいに合わせようと必死になっているけど、全然届いていない。それもまた可愛い。すると、ついに少女の口から言葉が発せられた。


「お主、ワシのことが見えておるのか?」


 想像通りの高く幼い声から発せられたのは、まるで絵本に出てくる優しいお婆ちゃんのような口調と一人称。私は思わぬ口調で飛んできた言葉に、少し戸惑う。


「ワシ?」


 見た目は若いのに、中身はおばさんとかなのだろうか。年齢が見た目にそぐわない人や種族はいるけど、あまりにも人間過ぎる。


「ほぉ……」


 少女は顎に手を当てて何か考え込み始めた。そして、私のことを頭から足のつま先まで見つめてくる。恥ずかしいからあまり見ないでほしい。隅から隅まで見つめられた後に、突然パッと閃いたかのように顔を上げる。


「自己紹介を忘れておったな。ワシはライム・ライリー。ライムと呼んでくれ。よろしく頼む!」


 ライムと名乗った少女は、私に右手を伸ばした。私も礼儀としてしっかりと自己紹介を返し、握手を交わす。


「私はファル・ロンド、よろしく…………え?」


 私はしっかりとライムの手を確認して握手をしたはずだった。でも、全く触れることができない。私は手元をしっかりと確認しながらもう一度握手を交わそうとする。すると、私の手はライムの手を完全に貫通していた。


「えっ………………」


 私は完全に思考が停止した。そして、気が付けば意識は暗闇の中へと飛んでしまっていた。




「ファル!」


 誰かの呼び声が聞こえてくる。どこかで聞いたことがあるような少女の声。

 すると、私の頭に鈍器で殴られたかのような痛みが走る。


「いたっ!」


 私は無意識に大きな声を上げて目を開ける。すると、目の前にはさっきまでいた部屋が広がっていて、さっきまで話していたライム、そしてギードの姿があった。そして、ライムは私の目の前で本を構えている。まさか私の頭を叩いたのはライムなのかと疑いの目を向ける。


「ホレ、叩けば目が覚めるじゃろ?」


「本当だね、ファルは魔道具か何かなんじゃないかい?」


 目が覚めてみれば何やら聞き捨てならない会話が聞こえてくる。


「私、人間だから!」


 さっきの痛みを堪えながら必死に答える。


「まあ、元気そうで良かったのう」


 全くもって良くない。そして、何食わぬ顔で現れているギードに少し腹が立つ。でも、一番気になることは私が目撃してしまったライムの貫通する手のことだ。あの光景が衝撃的過ぎて私は気を失ってしまったんだ。

 私は、おそるおそるライムに説明を求めた。


「それよりライム。さっきの透けてた手のことなんだけど……」


「あー、ワシ幽霊なんじゃ」


「え?」


 私はこの数分の間に二度も気絶しそうになった。情報量が多い以前に理解が追いつかない。幽霊ということはもうすでに死んでいて、つまり私ももう死んでいるということ。なら私は今師匠と同じ場所にいるのか。もはや冷静に物事を考えたり、論理的な会話が出来そうになかった。


「ライム、もう少し生きとし者の視点を考えて話した方がいいと思うよ」


 ギードがライムに助言する。


「あ、そうじゃったの。もう死後の方が長いから全然気にしとらんかった」


 本当に死んでいるのだろうか。実は今までのことは全部夢で、本当は幽霊を自称するただの人だったりするかもしれない。私はもう一度確認すべく、ライムの腕をゆっくりと人差し指で突いてみる。しかし、いくら触ろうとしても全く触れる感触がない。


「何をやっとるんじゃ?」


 ライムが首を傾げながら私の行動を不審がっている様子でこちらを見る。


「ありえない……」


 思わず声に出たそれは、自分でも出したことがない震えた声だった。フィオレンティナ王国では幽霊の話は全く話題に上がらず、小説や絵本でしか見たことがないような存在で、幽霊とは死者であるというイメージでしかない。だから、本当に幽霊が存在するという事実があまりに受け入れられなかった。私がずっと考え込んでいると、ギードが幽霊について言及する。


「まあ、普通に考えたらありえないね。でも、実際に相対しているんだからもう信じるしかないんじゃないかい?」


 確かに実際にこうして話ができている時点でもう信じるしかないのかもしれない。いやそれでもやっぱりありえないと思ってしまう。


「いつか理解できるようになるよ。君がこの世界を少しずつ知ることができればね」


 ギードはそう優しく呟いた。私はその言葉を聞いて、ギードの言葉を思い出した。



「君は本当の世界を知らないんだ。本なんて誰かの空想だよ」



 私はきっとまだ何も知らないのかもしれない。本で読んだ知識だって、真実かどうかなんて分からない。だから、私はこの目で知っていくしかない。私はすぐにギードに質問をする。


「ギードのこと、もっと教えてほ……」


「じゃあ、僕は用事があるから失礼するよ……ごゆっくり」


「あ……」


 私の声には耳も向けず、気が付けばまた窓の淵に足を揃え、そのまま外へと逃げてしまう。またギードに逃げられてしまった。猫だからなのかすばしっこいし気まぐれだ。一筋縄ではいかない。

 私はため息を吐いてふとライムの方に向くと、そこにライムの姿はなく、気が付けば魔導具が散らばっている部屋の隅でしゃがみ込んでいた。私は一度深呼吸で心を落ち着かせ、そっとライムの近くにしゃがみ込んだ。目の前には昨日見た魔導具が数多く床に置いてある。やっぱりどれも古いものばかりなのに新品のように埃が全然ついていなかった。私はその中で見たことがない魔導具を見つけたから、興味本位で手に取ってみた。古の魔導具なのか、私がただ知らない魔導具なのか少し気になる。知らないなら魔道具のことが知りたい。


「お主、魔道具に興味があるのか?」


 私が魔導具を触っているのを見たからかライムが声をかけてきた。私も目の前にある魔導具に目が入ってしまってライムのことをすっかり忘れていた。


「あ、あるよ!」


 幽霊がどのように話してくるのか妙な緊張感が走る中で、しっかりと嘘偽りのない言葉を伝える。


「そうか! ここにはワシが作った魔導具がいっぱいあるからのう! じっくり見ていくといいぞ!」


「魔導具にはそれぞれ名前がついとるから、一つ一つ紹介してやってもいいぞ!」


「この子はワシがまだ9歳の頃に作った魔導具の『ぴーちゃん』でな…………」



 私が何かを言う前にもう説明を始めてしまった。これはロミオ先生と同じで語り出すと止まらないタイプだと瞬時に悟った。


「魔力の出力が少し曖昧での、改良を重ねてようやく今の姿になったんじゃよ。それがこっちのつーぴーちゃんじゃ!」


 ネーミングセンスが見た目と同じで子供っぽい。それに改良した後の方が少し厳つい鳥の形をしていてどこが改良されているのか分からないけど、元気に話す姿を見ていたら実は幽霊だということも忘れるほどに心が和らいだ。


「この魔導具は、この学園に来た頃から制作を始めてまだ完成しておらんのじゃが、いつかは完成させたいから『ミカン』って名前じゃ!」


 もはや適当に名前を付け始めてるようにしか思えない。でも、少し惹かれる。


「それってどういう魔導具なの?」


「知りたいか? 知りたいか! いいぞ、話してやろう!」


 分かりやすく調子が良くなっていく。でも、少しだけ上から目線なのが気になる。


「これは空を飛ぶ果物カゴなんじゃけど、風の魔法を駆使して自在に空を飛びながら果物を運ぶことができるんじゃよ」


「ただ、風の魔法は出力が難しくてのう…… 角度と魔力の出力計算は出来ておるんじゃが、実際に動かすとなると他の力が働いてしまうんじゃよ」


 結構本格的な内容が聞けそうで心が弾んでくる。魔力の出力計算なんて、そう滅多に聞けないし、他の力なんて気になって仕方がない。


「他の力?」


「物理的作用や魔力の突然変異じゃな」


「魔力の突然変異……」


「まだ魔力に関しては明らかになっていないことが多いんじゃよ。じゃからこの学園では未知エネルギーとして言われることもある」


 過去に本で読んだことがある。この学園が出来た理由の一つに、「魔法」という名の未知エネルギーの解明、分析をすることという情報がある。確かにどうして私たちのようなローレンが魔法を使えないのかも明らかになっていないし、アルティナの歴史も史書ではあまり明確に記述されていない。


「確か魔力って日によって変動することがあるんだよね?」


 頭を巡らせて魔力に関する問いかけをする。


「そうじゃ、魔力はある程度の計算力と想像性が重要になるエネルギーじゃからな」


「想像性……」


 私は自分が魔法を使っているところを何回も想像したことがある。実際にやってみようとしても全然ダメだった。ただただ孤児院のみんなに恥ずかしいところを見られただけの悲しい現実が蘇ってくる。


「ワシが魔導具を開発していた頃は魔力に関してもっと詳しかったんじゃが、もうこの身体になってから忘れていく一方じゃ」


 ライムの言葉はどこか悲しげで、教室を見渡している姿は師匠が孤児院から出ていく時の姿と少し重なって見えた。そういえば、ライムは幽霊になってどれくらいの時間を過ごしたんだろう。それについて考えてみると、色々なことが繋がるような気がした。ライムの言動、少し時代遅れの魔導具の数々、黒板に描かれた工学部の文字。


 これらから推測出来るのは、ライムは昔に実在した工学部の部員で、この場所でたくさんの魔導具を開発していたということ。そして、何かしらの原因で幽霊になって、今まで彷徨っていた。


 ただ、これがもし本当だとすると、この子は私よりも先輩だ。この見た目で先輩……


「何をジロジロと見ておるんじゃ……」


「す、すみません!」


 先輩には敬語を使うというマナーで突然敬語が飛び出てしまった。


「なんじゃ、急に距離感が遠くなったな……まさか、ワシが一人で喋りすぎたせいか?」


「え? いや、そうじゃないんですけど……」


「や、やっぱり……そうなんじゃな……」


 ライムが悲しげな表情でしゃがみ込んで腕で顔をうずめてしまった。私はなんとか元気になってもらおうとライムを励ます。


「ら、ライムって私よりも早くこの学園に来てるんですよね。だから、先輩だなって思って敬語が出たんです。ホントです!」


 私はすぐさまライムを慰める。すると、ライムは顔をあげて口を開ける。


「あー、確かにそうじゃな!」


 急にライムが元気になって、笑顔が溢れてきた。起伏の激しさがまるで山脈みたいだ。


「じゃあ、ワシは先輩じゃな! ライム先輩って呼んでくれてもいいんじゃぞ?」


 やっぱり急に偉そうになるのは何なんだろうか、って突っ込んでたらいくらでも言葉が溢れてくる。取り敢えず、そのノリに乗るだけ乗ってみることにした。


「じゃあ、ライム先輩。どうして幽霊になったんですか?」


 その質問をすると、ライム先輩は黙り込んで目線を下に落とした。こうして目の前に幽霊がいるとなると、もはや信じるしかない。それにもし幽霊が実在するとすれば、どうして幽霊になって現れているのかを聞いて真相を明らかにした方がいい。けど、その質問はライム先輩にとって、きっと苦しいことだ。幽霊は、人間が死んだ後の姿だから。きっと私には想像をつかないような時間を過ごしているはずだ。


「もし辛かったら、無理にとは言いません」


 少しの沈黙があまりにも重く、ライムも話したくなさそうに感じたから質問を遮った。こういった空気は、学園に来てからもう吸いたくない。


「いや、私は誰かに話したかった。一人でずっと、心細かったから」


 一人称と語尾が急に変わった。それにさっきまでの堂々とした姿も内気な様子に変わっていた。あまりの雰囲気の違いに少し戸惑う。



「ワ、ワシは、劇的な死を味わったんじゃよ! し、しかとその耳に焼き付けて聞くんじゃぞ!」


 また戻った。もしかして、さっきの姿が本当のライム先輩なんだろうか。だとすると…………本当に可愛い。



「コホン……」


「ワシがこの学園に来たのはおそらくもう40年前のことじゃ。死んでから40回近く雪が降ったからそれくらい前のことじゃろう。ワシはとある事件に巻き込まれたんじゃ」


「デスト・アヴニール事件のことじゃ」



 ここでもこの名前を聞くなんて思ってもみなかった。確かに40年前に起きた大事件で巻き込まれた人も大勢いた。ということはライム先輩はあの事件に巻き込まれた一人?


「名前は聞いたことがあるんじゃろう?」


「昔に師匠……大事な人に教えてもらいました。それに……学園でも…………」


「ん? まあ、それなら話は早い。ワシはその事件で、おそらく命を落としたんじゃ」


「どうしてそんなことになったんですか?」


 酷だと思いながらも受け止めたい故に質問を重ねる。


「これはワシ視点の話じゃが、利用されたんじゃと思う」


「利用? 魔道具の開発のことでですか?」


「ワシがこの学園に来てからすぐのことじゃ。この学園に工学部という部活があっての、工学部の部長にたまたま推薦されて入部することになったんじゃ。それから、設備が整ったこの校舎の一部でワシは魔道具の開発を部活動としてやっておった。じゃが、ある日部長に魔導具開発の依頼をお願いされたんじゃ。ワシもたまげてのう、部員としてしっかり認められたんだと思って快く許可したんじゃよ。あの時は嬉しくてたまらんかった。じゃが、それから日に日に開発の発注が増えていったんじゃ。その内容も魔力の抽出するものばかりで、如何にも怪しいんじゃよ。それでワシは腹を括って部長に詳細を聞いてみたんじゃ。そしたら、気が付けばこの部屋で目が覚めた。そうして、遣瀬ない工学魂がこうしてワシを幽霊の姿に変えたんじゃ…………多分……」


「………………」


 私はその話を聞いて口が開いて閉まらなくなってしまった。現実味のある内容とやっぱりあり得ないという内容が交互にぶつかってるようなお話だ。


「おーい、また気を失っとるのかー?」


 また頭が凝り固まった考えで思考が止まった。かろうじてライム先輩の声のおかげで開いた口を閉じることができた。


「まあ、ワシの壮絶な死期の物語じゃからな。頭が真っ白にもなるじゃろう」


 もうどこから聞けばいいか自分でも分からなくなってきた。取り敢えずその部長が怪しすぎることだけは分かった。


「その部長さんって誰なんですか?」


「部長の名前は、『イカロス・プーぺ』じゃ。聞いたことはあるか?」


「うーん……」


 頑張って頭の中を巡らせてもその名前は全く出てこなかった。


「聞いたことないんじゃな」


 どうして聞いたことがないんだろう。もし工学部が怪しいことに手を出していたのなら、デスト・アヴニール事件について書かれた本に明記されていてもおかしくない。部長ともなれば尚更不自然な気がする。部長は全く関係がないんだろうか。それじゃあ、どうしてライム先輩はその部長と話してからの意識がないんだろう。



「そうじゃ!」


 突然のライム先輩の大声に神経ごと身体が跳ね上がる。


「どうしたんですか……」


 すると、ライム先輩は目を輝かせながら私の方をじっと見つめてくる。そして、その視線からどことなく何か大きなことに巻き込まれるような気がした。


「ワシの代わりにこの事件について調べてはくれんか?」


「え?」

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