第11話 案内猫ギード

 目の前には師匠の姿があった。


 師匠は部屋の中で静かに本を読んでいる。私はどんな本を読んでいるのか気になって、こっそり師匠の背中から覗き込んでみる。

 すると、そのページにはマリアード学園の歴史について書かれているようだ。


 師匠は私が覗き込んでいることに気がついて本を閉じ、私に声を掛ける。


「どうしたんだ、ファル」


「師匠?」


 私はどうして声を掛けてくるのか分からなかった。


 何故ならこの場所はさっきまでいたはずの部室だからだ。

 部屋の黒板には「工学部」とはっきりと白いチョークで書かれているし、部屋はさっき見た光景と似て魔道具で散らかっている。もし師匠がこの部屋にいるのなら、さっき助けを呼んでくれたのはもしかして……

 私は師匠の方を向いて、心を落ち着かせようとしながら尋ねた。


「師匠……ですよね」


 すると、師匠は安楽椅子から立ち上がり、私のことを見つめる。


「ああ、そうだ。待たせてしまってすまなかったな、ファル」


「師匠、おかえり!」


 私はあまりの嬉しさに師匠に抱きついた。


「あったかい……」


 前に師匠とハグをしたあの時の温かさ、あの時の香り、あの時の触り心地。あの時の感覚が蘇ってくるみたいで夢見心地だった。


「師匠は、どうしてここにいるの? もしかして、私が学園にいることを知って着いて来た、とか?」


「そうだね、久しぶりに会えて私もうれしいよ」


「師匠……」


 私はこの瞬間、あることを思い出した。さっきまで、用務員らしき人に追われてこの部室に逃げ込んでいたことに。私は慌てて師匠に今起きたことを説明する。


「師匠、実はさっきまで用務員さんに追いかけられてこの場所に来たんですけど……師匠? どうしたんですか?」


 師匠は私の声に反応することはなく、ただその場で立って微笑んでいた。窓の外から入る月の光が逆光になって師匠を照らしていて、美しさとともにどことなく不自然に感じた。何故だか師匠なのに、師匠じゃないように見える。師匠の表情はよく見ると笑っているのに無表情のような冷たさを帯びていた。その瞬間、私はあることを察してしまった。


「あ……そっか……」


 師匠はもうこの世にいない。だからきっとこれは……


「夢なんだ」


 私は目を閉じて師匠に言葉を残す。


「ごめんね。師匠……」



 目を再び開けると、そこに師匠の姿はなく、部屋の天井が広がっていた。やっぱり、夢だった。でも、月の光だけは夢と同じような明るさで窓から照らしている。

 私は部室の真ん中で倒れていたようで身体を起こすとふわりと浮いたような感覚と軽く目眩がした。少しだけ体を壁にもたれさせて落ち着かせると楽になってくる。そのまま部屋と廊下を繋ぐ扉の外を覗いてみるとさっきまでいた用務員さんらしき人は姿もなく声も聞こえてこなかった。

 私はほっとして扉にもたれながら床に座り込んだ。ようやく、この追いかけっこも終わると安心したら気が抜けてしまった。

 でも、少し気掛かりなことはあった。何故かこの部屋だけは鍵が開いていて、中に入ってから謎の声に驚かされて、気がついたら夢の中で師匠が出て来た。あまりにも色々なことが起こりすぎてる。

 色々なことに思考を張り巡らせていると、大事なことを思い出した。


「あっ、黒猫!」


 私は思わず大声をあげてしまい、口を瞬時に塞ぐ。ただ、幸運なことに近くに人はおらず、声は聞こえなかったみたいだった。何度緊張と安心を行ったり来たりすればいいのか分からない状態で一つため息を吐いた。


「僕に何か用かな?」


「うわぁ!」


 私は咄嗟に大声を上げて、声がした方を見る。横を見るとさっきまで追いかけていたであろう黒猫が私の方に首を傾げながら見つめていた。


「あなた……いつからそこに?」


「僕は君が迷っているみたいだったから、案内しに来たんだ」


「え? どういうこと?」


 私が質問をすると、黒猫は突然話さなくなった。それに私のことも見なくなってしまう。


「黒猫さん?」


 黒猫は未だ正面を向いたまま動かなかった。


「君は驚かないのかい?」


 と思えば、突然口を開いた。


「驚く? 確かに突然声をかけられた時はびっくりしたけど……」


「そうじゃないよ。僕が言葉を話せることについてだよ」


「うーん……本ではよく猫が喋ってたから、そういう猫もいるのかなって」


 私は過去に猫に会ったことはある。森の中で彷徨っている野良猫と追いかけっこをしたり、ご飯をプレゼントしたりして遊んでいた。その猫はいつも「にゃー」としか言わなかったけど、本での知識でそう鳴くと言われていたからそういう猫だと思うだけだった。喋る猫は今初めて会ったけど、私が読む本ではたまに猫は言葉を話していた。私にとってはどちらも猫に変わりないのだ。


「君は現実と想像がごちゃ混ぜになっているみたいだね」


「え? でも実際にあなたも話してるから」


「君は本当の世界を知らないんだ。本なんて誰かの空想だよ」


 私はその黒猫の言葉に何も言い返せなかった。振り返ってみれば学園に来たら知らないことばかりだし、ルノワールの言葉が耳に刺さる。




「……お前、もう少し学園のこと知った方がいいぞ」




 私は俯くことしかできなかった。私には知識も経験も足りない。この世界に触れて6年も経つのに何も出来てない。自分の不甲斐なさが身に染みる。


「まあ、これから色々なことを目にすればいいよ。それが好きでこの学園に来たんだろう?」


「どうしてそれを……?」


「僕は長い時間を生きているからね。人間よりも遥か長く生きるんだ。羨ましいだろう?」


「でも、猫の寿命って14年くらいだって本で……それに、野猫だったらもっと……」


「また、本の話かい? 他の猫と比べないでほしいね」


「僕は、案内猫のギード。呼ばれて飛び出てなんとやら、これからよろしく」


「私はファル・ロンド……ってちょっと待って、本当によく分からないんだけど……」


 私は黒猫の言っていることがずっと頭が混乱していた。黒猫はそんなことをお構いなしに自分の毛繕いに夢中になっていた。猫だけど、何故か猫として見ることが出来ないほどの達観ぶりにどう関わっていいのかも分からない。私はとりあえず理解できるように質問をし続けた。


「ギードさんは、どこから来たんですか?」


「うーん、そうだね……君からかな」


 駄目だ。どれだけ質問しても全てにおいて理解に乏しい。猫の思考を読むことがこんなに難しいとは思いもよらなかった。

 今まで出た情報を整理しても、ギードっていう名前しか分からない。ギードという名前にも全く検討つかずで、私は思考を巡らせる。ある瞬間、私は案内猫というワードで気になることが生まれた。


「どこに案内するの?」


 私の言葉に毛繕いをしていたギードの動きが止まり、一度私の方を向いて座り直した。すると、ギードは黄色に輝く瞳の視線をまっすぐに向けてくる。



「夢を叶える案内猫、君を夢へと案内するよ」

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