商売の10 即死即日配送
「ミサキちゃんってご飯作るの上手いんだね〜。オムライスの感じもあーし好み。卵って掛け布団みたいにフワってのせるほうが好きなんだよね」
衣笠ミオは、今日は完オフということで、生駒ミサキの自宅アパートに遊びに来ていた。彼女らは以前、仕事の絡みで殺し合った仲であるのだが、ミオはそういうことをそこまで引きずらないタチだ。
チキンライスに角切りにしたとり胸肉が入っているのも気に入った。ミオは腰まで届く長い金髪を後ろで縛り、大きなスプーンを使って、まるで山のように大きなオムライスを突き崩しながら口に運ぶ。
それをニコニコと静かに見守っているのがミサキである。小柄な女性で、黒髪のボブカット。柔和な笑みで目を細めている。彼女の前には、ミオの5分の1くらいの――実質標準サイズのオムライスがあった。
「ミオちゃん、美味しい?
「美味しい。たまにチキンライスにさあ、ウインナー入れる人いるけどあーしはちょっと違うんだよね」
ふふ、と微笑みながら、ミサキはそれを見守っている。彼女はミオの――正確には彼女の身体の同居人二人も含む三人の母親『役』だ。それ以上でも以下でもないが、そうあることがミサキにとっては大切だった。
「今日はリョウコちゃんとアオイちゃんはいないの?」
「あーしら、身体一個だからさ。交代交代でオフの日作って好きなことする日決めてんの。今日はあーしの日」
ミオ、リョウコ、アオイの三人は理由あって一つの体に合体している。
理由を話すと長くなるため省略するが、消費カロリーが単純に三倍になるため、とにかくなんでもやって金を稼ぎ、食わねばならない。
ミオが食いしん坊なのは元からだ。良く食べて良く寝て良く遊ぶ――そのためには金がいる。無償で飯を食わせてくれるミサキの存在は実にありがたい。
「仲良くしてるのね」
「リョウちゃんもアオちゃんもあーし大好きだよ。ミサキちゃんも好きになりそう。オムライス美味しすぎ」
玄関のチャイムが鳴ったのは、ちょうどミオがオムライスをたいらげてグレープ味のガムを取りだそうとした時だった。
「誰?」
「あぁ、たぶんPOLASONね。セールでお米安かったから注文してたの」
POLASON。たしか、近年勢力を伸ばしている通販サイトだ。ミオも何度かお世話になったことがある。
「置き配じゃないの?」
「前に置き配泥棒に盗られちゃったことがあって。大事なものは直に受け取るようにしてるのよ」
ミサキははーいと大きな声を出しながら、パタパタとスリッパを鳴らし玄関へ。配達員と何かしら話していた矢先――何かが衝突する音、けたたましい防犯アラームが鳴り響いた。
「何の音?」
ミオは呑気にそう言いながら、食後のガムを口内に放り込みながら玄関へ向かった。部屋は二階。その手すりにPOLASONの配達員とミサキがかぶりついて、道路の先からタイヤが空転する音を残して去っていく配達トラックを見送っていた。
「トラックが……おいおい嘘だろ!」
配達員が怒鳴りながら、携帯でどこかへと電話をかけ始める。降りたところで、トラックははるか先だ。
「あれ、もしかしてPOLASON強盗なのかしら……」
ミサキはそう言い残すと、受け取った米を悠々と家の中に運び込んでいく。ミオは口内のガムを噛み、ケミカルな糖分がニューロンを駆け巡り、脳内の同居人を叩き起こす。
それと同時に、ミオは手すりを飛び越えて、両足で地面に着地し、足の痺れを奥歯で噛み殺してから、走り去っていったトラックの方向へ走り出す。胸を二回叩くと、スパークが地面を迸りながら、金髪の長い髪が解けて消えながら、メタルフレームのメガネに変わり、髪の色は黒く変色し短くなり――その姿は前髪に青いメッシュが揺れるアオイになっていた。
『アオちゃん、仕事! POLASON強盗だよ!』
『何運んでんのかも知らねえのに良くやるぜ。流行ってんのかね。アオイ、昼間っから全力で走ってっと目立つぞ』
リョウコの声がアオイの脳内に響く。そんなことは百も承知と言わんばかりに、近くにあった五階建てのマンションの外階段へするりと入り、階段を駆け上がり――屋上から先ほどのトラックを探し始めた。
案の定、事故を起こしたように車体を凹ませ、妙に速いPOLASONの配達トラックが視界に入る。アオイは胸を一度叩く。メガネが赤いリボンへと変わって、髪をそれで纏め――リョウコの姿に変わった。
『リョウコ、屋根伝いにいけ。この辺は都内でも面倒くさい交通ルールの宝庫だ。追いつける。ただ、捕まえるなよ。泳がすんだ』
「泳がす? ……ああ、首謀者にねじ込もうってんだな」
『そうだ。スプリントなら負けないが、飛んだり跳ねたりはお前の得意分野だろ』
「了解!」
五階建てのマンションから、四階のアパートへ。三階建ての注文住宅のテラスへ――順々にリョウコは飛び移る。眼下にトラックの姿が見えるが、四メートルほどの道路を挟んでいる。左折しようとしているので、地面に降りるか迷ったが、それは一瞬だった。
ビルの屋上の端まで助走を付けて、彼女は思いっきり踏み切って、跳んだ。同時に、リョウコは背中から
「いっちょうあがりと……アン?」
トラックはそのビルの向こう側のトラックヤードで停車していた。ヤードの先には巨大流通倉庫が鎮座している。看板には『POLASON荒川ステーション』の文字。
「おい。変だろ。なんで強盗されて盗られたPOLASONのトラックがPOLASONの倉庫に入ってくんだよ」
『なんでだろ? アオちゃん、どう思う?』
『可能性としては一つだろう。強盗の正体がPOLASONだった、って言うことじゃないか?』
リョウコはスマホを向けると、そのトラックを素早く撮影した。その直後、ミサキからのメッセージが三人のグループアカウントに投稿された。
『トラック、追いついた? うちのアパート、監視カメラついてるの。トラックのナンバーあるから共有しとくわね』
写真の中に入っているナンバーは、間違いなくヤードに停まっているトラックのものと同じだ。
「いいねえ。ミサキのヤツ、使えるな」
『ミサキちゃんごはん作るのも上手いんだよ』
『……ごはんの出来はともかく、だんだんいい臭いがしてきたな。すえて腐った金の臭いだ。POLASONがなんで自社のトラックを強盗してるのか、きちんと確認させてもらおうじゃないか。
『そういうわけでだ。社長さんにはこの点についてきちんと説明していただきたい。我々は社会正義のためにも、POLASONを利用する消費者のためにもこの事実を見過ごすことはできない。なんだったら、送信した証拠を警察に持ち込んだり、ネットに公開してもいいんだ』
新興流通会社でもあるPOLASONにとって、致命的なスキャンダルには違いない。ましてや代表取締役である北川のアイデアだからだ。
直接彼の携帯へ架けてきた謎の脅迫者の存在は、あまりに脅威であった。
「……何か誤解があるようだな。我々は被害者だ。配送トラックは、底辺のバカが無料ガチャか何かと勘違いしてるんで襲撃されてる。とにかく強盗に迷惑しているだけだ。偶然なんだ」
『ふうん。偶然か……では、国交省の道枝大臣と最近仲良くしているのも偶然か?』
北川のパソコンのメールアカウントに、道枝大臣との会食の隠し撮り映像が送りつけられたのを見て、彼は確信した。
こいつ、大体のことを把握してやがる。
道枝大臣との密約――それは、国内でも有数のネットワークを持つPOLASONの国有化だ。その手始めに、POLASONが襲撃されているために、流通危機が発生しているというカバーストーリーを流布し、世論を煽る。国交省がPOLASONを握ることができれば、税金を投入できる。その過程で、道枝も北川も莫大な利権を握ることになるのだ。
襲撃される側も、襲撃する側も狂言だ。道枝から、警察にも形だけの捜査をするようにだけ指示している。バレるはずのない狂言が、バレてしまったのだ。
『北川さん。我々は社会正義のために動いている。正すべき悪はいくらでもいる。そのための寄付があれば、優先順位の高い方に流れるのは自然の摂理だ。一億もあれば、そうなるだろうな』
「脅迫のつもりか?」
『まさか。我々は『自主的な寄付』を求めているだけに過ぎない。……それにPOLASONなら、どんなものでも即日配送が売りなんだろ? 現金一億ともなると10キロ近いが――指定口座に振り込むより、よほど安全な方法で届けられるんじゃないかな?』
「北川くん。そりゃあ困るよ。君が描いた絵じゃないか」
都内にある高級料亭。令和の時代になっても、権力者はプライバシーと美味いものを好むので、需要は維持され続けている。
七十代も視野に入りつつある、高級スーツが身体にへばりついているような老齢の男だった。常に高級なものを身に着け、それが何十年も日常になっているのがわかる。国交大臣の道枝である。
道枝は本マグロの刺身を一切れ口内に放り込んでから、日本酒でそれを流し込んだ。
「うん、悪くないな。腹は減ってないがぜいたくがしたい、なんてことが人間にはあるもんだが、そういう時はやっぱり大間の本マグロをアテに日本酒をやるのが一番だ」
「先生、悠長な真似はできません。やつは『三つ首』と名乗ったんです。業界でも有名な強請屋だ。やつが送ってきた証拠データだけでも計画は傾き出しますよ」
「なら元を断てばいいだろ? それに、その三つ首とやら、一億を現金で送れと言っとるんだから、そうしてやればいいじゃないか。わざわざ住所を教えてくるなんて律儀なんだかバカなんだかわからんが。まあ警察に捕まらん自信があるんだろ」
道枝はマグロをもう一切れ箸でつまみながら、事も無げにそう言った。一億は大金だ。それに、現職大臣の道枝がこんなことで手を汚すはずもない――。
「しかし一億というのは……」
ポケットマネーで出せなくはない金額だが、完全な死に金だ。まがりなりにも経営者として、躊躇してしまう。そんな彼を見かねたのか、道枝は箸を置いて、権力で濁った視線をこちらに送った。
「あー。一億を送るとしたら、君んとこの倉庫から当然送るのだろうね」
「は……? ええ、それはまあ」
「では、君が準備した一億円がすり替えられたら大変なことになるだろうね。そうだな……爆弾に変わってる、なんてのはどうだい? 卑しい強請屋が独り占めしようと開けた瞬間ドカンだよ。君がどの箱に一億が入っとるのか分かるようにすれば、そういうことが起こるんじゃないかな」
道枝の意味深な言葉に、北川は遅れながらもその意図に気づく。そして、彼が欲しいだろう言葉を汲み取って、返した。
「当社の箱に赤いペンキで十字が入ったものを使うことになりますね。すり替わった一億は、どこかに消えてしまうのでしょう」
「君ィ、皆まで言わすなよ。ま、POLASONの国有化が成れば、公金をいくらでも注入できる。一億なんてはした金、まばたきすりゃもとに戻るともさ。損はさせんよ、君ィ」
道枝はひひっ、と不気味に笑い、じゅるりと日本酒を舐めた。
『一億は今日指定の住所に届く。文句はないな』
「もちろん。我々は同じことで二度強請はかけない。これは我々のポリシーだ」
『その確証はあるのか』
「あるとも。だが大体の人間がそれを信じないから人生を自分から短くしているし、我々は生き延びている。一億を確認した時点で、証拠データのオリジナルの格納されたサーバーのアクセス権とリンクを送信する」
電話が切れると、チャイムが鳴った。置き配だ。ここは都内にある、三つ首が所有する駅近の賃貸ボロアパートの一室だ。
『一億かあ。いいよね〜大台突破するの。あーしさあ、夏になったら秩父の長瀞にある天然氷のかき氷食べに行きたいんだよね』
『アオイ。どうなんだよやりくりの方は? だいぶ儲かってんだろ?』
そう聞かれたアオイは自信ありげに頷く。リスク分散を欠かしていないものの、三つ首の金儲けは基本的には攻めの姿勢である。このボロアパートだって、一億を見込んでローンで買ったのだ。
「順調だ。ここだって築五十年の一棟買いで二億の物件だが、今回の一億と今後の収益利回りで回収が見込める。もっとふっかけておけば良かったかな」
そう言いながら扉を開けると、荷物がない。そんなバカな。アオイがあたりを見回すと、二軒隣の部屋の扉が閉まるところだった。
『アオちゃん、置き配泥棒だよ!』
『おいふざけんなよ。一億はヤベーぞ。アオイ、殴り込め!』
アオイが怒りのままその部屋の前に立ち、ドアノブを握ったその瞬間、爆音と共にドアが射出され、アオイの身体はドアごとアパートの外へと吹き飛ばされ――視界が暗転し、三人の意識が途切れた。
『昨日発生した足立区のアパート爆発事故は、警察の調べによるとアパートの住人は四名死亡、行方不明者が一名と見られ、現場検証が続いています……』
ワイドショーを騒がせた事件を見ながら、北川はほくそ笑み、執務室でコーヒーを飲んでいた。警察には道枝から圧力をかけ、ガス爆発事故で処理するよう指示済みだ。
一億は道枝にくれてやったと考えれば、安い勉強代だと納得もいく。そんなことを考えていた彼の内線が鳴った。
「北川だ」
『道枝大臣からお電話です。あと、少々大きな荷物が社長宛に』
「繋いでくれ。荷物は運び込んでくれ」
『北川君。道枝だ。頭痛の種は取れたかね?』
「大臣、ありがとうございます。おかげさまですっかり」
『それにしても君も話が早いねえ。例の荷物だが、うれしい誤算というやつで二つ届いとるよ。剛毅だね、君ィ』
部下が二人がかりで運び入れた段ボール――妙に大きい――と社長室に相対した時、北川は妙な焦燥感に駆られた。
二つ?
一億円の段ボールは一つしか用意していないはずだ。
『ではまた一席設けようじゃないか、君ィ。ではな』
「先せ」
何か言う前に、電話は切れた。もう一度電話をかけ直すが、繋がらない。テレビからは速報が流れた。
『速報です。道枝国交大臣の自宅から爆発音がした、という通報が各所から相次ぎ、警察は――』
それと同時に、歯医者に行った時のような耳をつんざく不快音と共に、段ボールの内側から回転する手刀が伸びて、裂き始めた。
「なんだ、何が起こっている!?」
青いメッシュの前髪の、メタルフレームのメガネをかけたアオイが立ち上がり、首と関節をゴキゴキと鳴らす。
「楽しんでもらえたかな」
「……その声! お前、三つ首か! なぜ生きてる!?」
「お前が知っててもしょうがないだろ。よくもまあ一億の代わりに爆弾なんか送ってくれたな。一足早く道枝には死んでもらった。お前もじきそうなる」
アオイは右手首をぎゅるる、とドリルの如く回転させながら、北川に近づいていく。遠回しの殺害予告にのどがうまく動かず、北川は叫ぶこともままならずに、次の瞬間にはその場に土下座していた。
「も、申し訳なかった! 金なら払う、何でもする! 命だけは助けてくれ!」
アオイは少しだけ考える素振りを見せると、懐からA4用紙を取り出して差し出した。
「じゃあこの通り書け。証文というのを取らせてもらう」
結論を言うと、北川は社長室で首を吊っているのが発見された。足元には震える字で書いた、爆弾事件を指示した黒幕であることを自白した、道枝大臣との交渉決裂を恨みに持って――という、一見荒唐無稽な内容の遺書が残されていた。
全ては、闇の中に葬られた。謎が多い事件である、とワイドショーが面白おかしく騒ぎ立てるのを、アオイはミサキの家で冷ややかに見ていた。
「大損しちゃって、なんだか残念だったわね」
そう彼女がアイスコーヒーを差し出しながらいうのへ、アオイはそれを受け取りながら返した。
「商売には損がつきものさ。まあ、カス共が二億分の溜飲は下げてくれたかな」
甘いアイスコーヒーがするりとアオイの体内に飛び込んでいく。二人の男の死も、このコーヒーを飲み干すみたいに消費されていくことだろう。
こんな時代だから、商売の種はいつでもどこかに転がっている。
ワイドショーはまた、次のどうでもいいゴシップを流し始めた。
終
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