予想外の転校生

志乃原七海

第10話

改訂・添削後:予想外の転入生


午後の陽光がアスファルトを焦がす。県立桜ヶ丘高校の駐輪場は、静けさに包まれていた。その空気を切り裂くように、一台の自転車が滑り込んでくる。息を呑むほど美しい流線形のフレーム、夜空を閉じ込めたようなメタリックブルー。高級海外製ロードバイクだ。しかし、その優美なシルエットの前には、場違いなほど無骨な電動子供乗せシートが鎮座している。


そのアンバランスな自転車から降り立ったのは、黒曜石の髪を揺らし、射抜くような眼差しを湛えた女性。明神あかり、20歳。その瞳の奥には、年齢を超えた覚悟が宿っている。シングルマザー。夜はホステスとして働き、4歳の娘を保育園に預けて、昼間は高校に通う。紆余曲折の末、手に入れた復学。あかりは、風を浴びながら、桜ヶ丘高校の校舎を見据える。過去を背負い、未来を掴むために。


駐輪場の異様な光景は、瞬く間に学校中に広まった。「転校生、マジで美人らしい!」「駐輪場に高級ロードバイクと子供乗せ自転車が並んでるって!」「一体何者なんだ…?」あかりの噂は、SNSを通じて爆発的に拡散し、桜ヶ丘高校は騒然となった。


そして、いよいよ教室へ。ざわめきで溢れる教室のドアが開き、担任の男性教師が入ってきた。「おはよう!今日は、新しい仲間を紹介する!」クラスの興奮が頂点に達する中、担任は「明神さん、どうぞ!」とあかりを招き入れた。


教室の視線が、一斉にあかりに突き刺さる。誰もが息を呑んだ。その美貌だけでなく、纏うオーラに圧倒されたのだ。「あー!駐輪場のチャリンコの人だ!」(笑)案の定、話題の中心は自転車だ。担任は「静かに!明神さん、自己紹介を!」と慌てて促した。


あかりは深呼吸し、静かに、しかし熱を帯びた声で語り始めた。教室は水を打ったように静まり返った。「皆さん、こんにちは。明神あかりです。よろしくお願いします。…正直に言います。私、20歳です。4歳になる娘がいます。色々な事情で、高校を中退せざるを得ませんでした。諦めかけた時期もありましたが、娘の笑顔を見るたび、夢を追いかけたい、自分らしく生きたいという気持ちが強くなりました。昼間の学校に通うことは、簡単なことではありません。無謀だと言われたこともあります。それでも、私は諦めませんでした。自分の人生を、娘の未来を、絶対に諦めたくなかったからです!だから、私は、ここにいます!過去を隠すつもりはありません。私は、私らしく、堂々と生きていきたい!これから、皆さんと学び、成長していきたい。どうぞ、よろしくお願いします!」


魂を込めた告白に、教室は拍手と歓声に包まれた。「すげー!」「マジ尊敬する!」「頑張れ!」生徒たちの応援に、あかりの瞳が潤む。初めて、自分の過去を受け入れ、未来に希望を抱けた。


担任教師は、照れ臭そうに言った。「明神さんはな?津田塾出身だぞ!お前ら束になっても敵わないぞ!」生徒たちは、「津田塾って何ですか?」「塾でしょ?」「熟女!」など、様々な反応を示し、教室は再び賑やかになった。


あかりは、担任にそっと耳打ちした。「先生…津田塾は津田沼の間違いです(笑)」担任は、「そうか?まあ、見た目はそんな感じだからな(笑)」と笑い飛ばした。


こうして、明神あかりの転入劇は、熱狂的な歓迎で幕を開けた。彼女の正直さ、勇気、そして諦めない意志は、生徒たちの心を揺さぶり、桜ヶ丘高校に新たな風を吹き込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る