第25話 キャンプを楽しむ?女

 キャンプ予定地にたどり着いて、ノラはテントの設営を始めた。目的地ではなく中継地点。まだ日は高く、足を止めるには早い気もするが、その辺りの予定はちゃんと立ててあるだろうから、ジュリエットに反論する気はない。そもそも足はへろへろ。もう休めるというならば願ってもない。



「ジュリエット、水汲みずくんできて」


「えー。ちょっと休みたいのに」


「暗くなる前に全部やっちゃわないと困るじゃん」


「水いる?」


「いるいる。いちばんいるから」


「まぁ、いちばんいるか。行ってくる」


「おう。いってらっしゃい」



 キャンプ地として、水場が近くにある場所が選ばれている。水を持ち運ぶのには限度があるため、長丁場ながちょうばの野営では水の現地調達は必須。とはいえ、山の水を飲むということに、ジュリエットは少し抵抗があった。


 山を下る小川。苔の生えた岩場の上をちょろちょろと流れていく。見たところ透き通っていてきれいな水だ。折り畳み式のボトルを開いて、ジュリエットは水を貯めた。



「目的地には明日着くの?」



 よっこいしょ、とジュリエットはボトルをテントの近くに置く。ノラはテントを張り終え、仕事用の機材のチェックをしていた。



「そうだよ」


「意外。今日の夜までに一気に目的地まで行くのかと思ってた」


「それだと疲れちゃうだろ」


「まぁね。そうじゃなくても疲れてるけど」


「あたし達の目的は、目的地に着くことじゃない。そこでちゃんとお仕事すること。移動でムリはしないの」



 脳筋なのかと思うとそうでもない。ノラは、根性論でなんとかするところと、理論的に動くところをわきまえている。ある意味で、理性的に狂っているといえる。そこが彼女の殺し屋として優れているところなのだろう。ジュリエットには理解できない部分でもある。



「水はフィルター通してろ過した?」


「うん。そもそもきれいだったよ。飲んでいい?」


「いや、一回煮沸しゃふつした方がいいかな。急いでいるときはそのまま飲んじゃうけど、今は時間あるし」


焚火たきびするの?」


「煙が出るからしない。電熱器ヒーターがあるからそれでかそ。喉か乾いたなら、まだ水筒に水が残っているぜい」


「うん、ありがと」


「あと、用足したかったら携帯トイレ使ってね」


「……それさ、どうにもならないの?」



 携帯トイレ。という名のただの袋。こんな整備されていない山の中にトイレなどあるわけもない。したらば、ごくごく自然な話であり、予想するべき事態であったが、ジュリエットは今にいたるまで実感を持っていなかった。考えたくなかったというのもある。



「これ便利なんだぜ。持って帰らなくても、そのまま埋めとけば全部分解してくれるんだから」


「そういう話ではなく」


「紙も中に入れとけばいいから。あ、でも、少ないから気を付けて」


「……はぁ。贅沢ぜいたくは言わないからさ、この辺りにウォシュレットつきのトイレとかない?」


「すっげぇ贅沢言うじゃん」


「だってさぁ」


「オムツよりはマシだよ。外に出せるもん。あたしはまだしたことないけどさ、長丁場の仕事のときはオムツしてやるんだって。ボスが言っていた」


「えー、最悪だよ。ボス見たら思っちゃうじゃん。今日もオムツしてるのかなって」


「あたしらもいつか仕事でするかもよ、オムツ」


「ガチか。それが理由で仕事辞めそう」


「あたしのオムツはジュリエットが換えてくれよ」


「はいはい」


「ケツも拭いておくれ。文字通り」


「もう、汚いな」



 オムツよりはマシと念仏ねんぶつのようにとなえて、ジュリエットはなんとか自分を納得させた。



「トイレ済ましたら飯にしようぜ」


「待って。まだトイレのところが消化できていないから」


「消化のわるいものでも食べたのかね」


「今、そういう冗談受け付けないから」


「今晩は消化のいい雑炊ぞうすいだよ。インスタントの」


「表にリゾットって書いてなかった?」


「同じようなもんじゃん」



 まぁ、違いはよくわからない。なんとなくリゾットの方がおいしそうな気がするのは、ジュリエットの固定観念ステレオタイプだろう。淡々と調理用具を準備するノラに対して、ジュリエットはまだしばらく葛藤していた。だが、生理現象には打ち勝てず、諦めて携帯トイレのお世話になるのは、すぐ後の話だ。


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