第18話 繁華街で暴れ散らかす女たち

「大騒ぎになっちまったな」


「誰のせいよ」



 倒れた男の周りに人だかりができていた。それを見ようとさらに人が集まる。ジュリエットとノラは、その人の流れを逆行して歩き、しばらくして、さっと脇道に入った。



「信じられない。いきなり殴るなんて」


「だって、うっさかっただもん」


「うるさかったけど、ほっとけばいいじゃん。あんな街中でさ」


「大丈夫だって、みんな見てなかったから」


「監視カメラとかあるでしょ」


「ここの監視カメラはほとんどダミーだから。前に仕事したときに聞いた」


「それにしたってさ、あの男が警察に行くかもしれないし」


「ナンパして女にぶっ飛ばされたなんて恥ずかしくて言えないよ」


「そうかなぁ」



 路地は一転して薄暗い。大通りから漏れてくる明かりになんとか照らされる程度。一つ道を抜けてまた路地裏に。繁華街を横断する。足場がわるくて、ジュリエットは何度も躓いた。



「どうすんの、この後?」


「もう一人くらいぶっとばしたいな」


「だから、何で?」


「だから、憂さ晴らしだって。ジュリエットもやんなよ」


「やらないよ。意味ないじゃん、こんなの」


「意味はないけど楽しいじゃんよ」


「楽しくない。普通に怖い」


「モグラ叩き好きじゃなかったっけ? この前、ゲーセン行ったときやってたじゃん」


「モグラは叩くけど人は叩かないよ」


「似たようなもんじゃないのん」



 路地にもぐっているという意味では、ジュリエット達の方がモグラだけど。通りに出る度に、叩かれないかと不安になる。心臓が鳴って、息があがって、呼吸がうるさい。一方でぐちゃぐちゃしていた脳内が整理されていく。不要なものが消えていき、そして、ふと気づいて、ジュリエットはノラに告げた。



「私はパパ活やらないよ」


「そう」


「クスリとかもやらないし、自傷なんかもしないよ。大丈夫」


「うん」


「ショタにも手を出さない。ショタコンじゃないし」


「そこは、別に心配してないけど」


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


「……別に、そういうんじゃないよ」



 ノラは、裏側の世界をよく知っている。ずっと長いこと裏側にいたから、いろいろと壊れていった人を見たのだろう。その姿が、ジュリエットに重なったのかもしれない。それで憂さ晴らし。頭のおかしい行動に思えたけれど、いや、どんな理由があっても頭はおかしいけれど、ジュリエットのためにしてくれたことと思えば、少しだけかわいらしく思えた。


 ずいぶんと繁華街の深いところまで来た。通りの明かりもとぼしく、路地はどんどん暗くなる。ゴミがそこいらに落ちていて、どぶの臭いがする。今日はずっとゴミの中にいるな。ジュリエットが辟易へきえきしていると、一台の車が目に入った。


 人通りがない路地裏。小さな駐車場。停められた一台の車。その車は奇妙に揺れていた。中から漏れ出でてくるのは途切れ途切れの女の悲鳴。ジュリエットとノラは顔を見合わせる。



「あれだな。パパ活ってやつだ」


「ただの恋人同士かもよ」


「恋人がこんなヤバそうな悲鳴あげる?」


「そういうプレイなのかも」


「うひひ、変態じゃん。ジュリエット詳しいの?」


「知らないよ。私、変態じゃないもん」


「ふーん、じゃ、恋人だったら変態。パパ活だったら?」


「事件だね」


「あれは殴っていいんじゃない?」


「あれは殴っていいかもね」


「恋人同士かもよ?」


「何か問題ある?」


「あー、ないかな」



 ジュリエットは、そーっと近寄っていく。高そうな車だ。こんなことを言うのはわるいけれど、乗っているのは異世界人だろう。メーカーは確か日本の会社だったはずだ。異世界の車は、こっちではほとんど売られていない。


 車窓から中がかろうじて見える。半裸の男が、女におおいかぶさっている。何が楽しいのか、小刻みに揺れる男の動きが滑稽こっけいで、ジュリエットは笑いそうになった。笑いを噛み殺し、バッグの中に手を突っ込みながら、静かに唱えた。



窓を開ける魔法フェンエストトーラ



 音もなく車窓が下に降りる。エンジンは切ってあるだろうがおかまいなし。そういうロジックは必要ない。だって魔法だから。


 そんな状況を想定していないからか、目の前の女に夢中だったからか、男は窓が開いていくことに気づかない。先に気づいたのは女の方だった。こっちにうような視線を向けてくる。遅れて男が異変に気づく。外の音が聞こえてきたからだろう。身体を起こされると面倒なので、ジュリエットは男の背中にを押し当てた。



 バチン!



 一瞬、暗闇が青白く照らされる。カメラのフラッシュのようだ。もしも撮影していたなら、なかなかおもしろい映像が撮れていただろう。しかし、ジュリエットが使ったのはもう少しだけ物騒な代物。スタンガン。


 

「何でそんなもん持ってんだよ」


「護身用だよ。必要でしょ、女の子なんだし」


「まぁ、おまえは持ってた方がいいかもな」


「あれ? まだ動いている」


「もう一発当てなよ。腰あたりが効くらしいって」



 言われた通りにジュリエットはスタンガンをもう一度当てた。一発目では激しくうめいていた男は、もう一発当てたらだいぶんおとなしくなった。せっかくなので、もう一発当てようかと手を伸ばしたら、死んじゃう、とノラに止められた。


 女の方が男に押しつぶされて辛そうだったので、車のドアを開けて、男と女を引きずり出した。そのまま手際てぎわよくノラが男を縛りあげていると、女の方がおびえた声で言った。


 

「た、助けて、私は何も、持ってない」



 どうやら、ジュリエット達のことを強盗か何かと思っているようだ。なんとも心外である。ただの愉快犯なのに。


 別に、この女に事情を伝える必要はない。スタンガンをぶっぱなして、ジュリエットもスッキリしたし。このまま、放置して逃げてもいいのだけれど、とノラの方を見る。すると、ノラは何やら思いついたらしく、うひひと笑っていた。



「この車、もらっちまおう」



 どうやら、強盗で間違いなかったようだ。

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