3.愛称とかつけないでよ倒しにくくなるじゃん。
というわけでダンジョンの落とし穴に落ちた訳だが……。
「一階層落ちるだけかよ」
「いたいぃ……」
ドロちゃんの落ちた穴に勢い付けて飛び込み、暴れるドロちゃんをなんとか空中で捉え、着地に備えてドロちゃんの下敷きになった瞬間、落着。
落ちたのはせいぜい五メートル程度。
ぶっちゃけ、槍とか水とか密室とかいった追加の罠があるものと考えてたが……。
「これならドロちゃん抱えて跳んで戻れる――」
「もう閉まってると思いますよ」
コートの上からお尻をさすりつつ、俺からのそのそ距離を取ったドロちゃんが言った。
「落とし穴が?」
「はい」
「閉まるものなの?」
「ダンジョンですから」
端的な回答に俺が天井を見上げると、確かに落ちてきたはずの穴が見当たらない。
ぴょんと上の階に戻るのは無理そうだ。
コートの下からマップの束を取り出していたドロちゃんが、ふと気づいたように俺を見た。
「そういえば、あなたは魔法使い初心者なんでしたね」
「うん」
「では、ダンジョンを知らなくて当然ですね……」
「うん」
ドロちゃんは床に屈みこむと取り出したマップの束を解き、一枚ずつそこに並べていった。
マップは一枚ずつが頑丈そうなハガキ大の紙片になっている。それぞれが違う筆跡であることから、書いた人がそれぞれ別ってことか。
いろんな人の努力の欠片を寄せ集めて、迷宮の全体図にしているんだな。
「ん? じゃあマップってこれ一点ものってこと? めっちゃ貴重品じゃね?」
「いえ、これはコピーです。そういう魔法使いが作ってるんですよ」
「はー、便利な奴もいるんだなー」
感心する俺の横で、ドロちゃんが『これはこっちで……』とか、『ここは……あ、違った……』などなど、可愛らしい独り言を呟きながらパズルのように紙片を入れ替えている。
「で、ダンジョンって?」
ドロちゃんの説明を待ってるんだが、彼女はマップパズルに夢中な様子。痺れを切らしてそう聞いてみると、
「え?」
意外そうな顔をされた。
「ダンジョンがなんですか?」
「いや、ダンジョンについての説明は?」
「……え、私がするんですか?」
「ドロちゃん以外に誰がしてくれるの」
「えー……」
「そんなあからさまに嫌そうな顔されると好きになっちゃうぞ」
「どうしてそう繋がるんですか……まあ、いいですけど。歩きながらの暇潰しですね」
渋々といった様子で紙片を集め、紐で縛って懐に戻す。そうして、ドロちゃんはテクテクと通路を歩きだした。
俺もその後をついて歩きだす。
「話し声に
「はーい」
「マリヤさんは、界異物のことは?」
「魔法使いにしか見えない、触れないモンスターってくらいは」
「そうですね、ダンジョンもそうした『魔法使いに帰属する世界』の一つです」
「魔法使いに帰属する世界?」
「研究者たちの間でそう呼んでいるんです。界異物やダンジョンとか、スマホとか……異世界にあるはずがなかったり魔法使いにしか接触できないものの総称です」
「研究者なんているんだ」
「世界観設定考察界隈? とかなんとか……好きな人には堪らないそうですよ」
「ふーん」
確かに考察勢はどこにでもいるしな、転生者がそんなにいるんならそういうのが混じってても不思議じゃない。
「それで?」
「え?」
「いやもうその
「これ以上何を説明しろと……」
「そしてそこからの虫を見る目! 癖になるよ!?」
「えぇ~……?」
困ったような嫌そうな顔で振り返る。
「いや気になるじゃん! こんなん誰が造ったのかー、とか何のためにーとかモンスターはどこからくるとか!」
「知ってどうなるものでもないですよ」
「やーだー! 知りたいのー!」
ラジオ体操第一、腕を振る運動ばりに身体を回して駄々をこねる。
ドロちゃんは小さく溜息をついたが、
「仕方ないです、暇潰しに話しますよ……でも、私も詳しくはないですよ。あんまり興味ないので」
「イイ、イイ、教えて教えて」
「ダンジョンは世界中に点在しているらしいです。誰が造ったかは不明です、少なくとも同一人物ではないと思います。同じく理由も不明です。とりあえず、ダンジョン内にはこの異世界での金品がありますが、どこから入ってくるのかわかりません。モンスターは、時間や条件で湧いてきます。原理は不明です」
「……わかんないことだらけじゃね?」
「詳しくないって言ったじゃないですか……これ以上はダンジョンを研究してる専門家にでも聞いてみてください」
「専門家なんているんだ」
「ええ、自称ですけどね。『ラプラスの
「ふーん……なんとなく気になってたんだが、このダンジョン、どうにもゴミが多いな」
ボロボロの布切れとか、何かの包みとか、壊れた防具の破片とか、素材はこの異世界由来だけどどう見ても役に立ちそうにないもの、つまりゴミがそこかしこに転がっている。それらが積み上げられて通路の隅で山になっていたりもする。
「ああ、他の挑戦者の遺留品ですね」
「遺留品? え、死ぬと全部消えるんじゃないの、魔法使いは」
「ええ、その人由来のものはすべて消えて再生されます。だから、異世界で手に入れた装備やアイテムはその場に残ります。そうしたものを漁るだけでも結構な収入になるそうですよ」
「えー、死んだ人の持ち物漁るとかなんかやだー」
「ですね、そうしなきゃ生きていけなくなるような生き方はしたくないものです――っとと、出番ですよ、マリヤさん」
「出番? ああ……」
言われてドロちゃんの視線の先を追ってみれば、人の形を模した石の塊が立っていた。いや、人の形というにはちと丸すぎるな。
「ゴーレムですね。ダンジョンでは一番ポピュラーな
「愛称とかつけないでよ倒しにくくなるじゃん。で、倒し方は? どっかに刻まれた文字を削るの?」
「いえ、それは上級ゴーレムの倒し方ですね。コーレムちゃんは体の部位が外れれば壊れて消えます」
「“ちゃん”とかつけないでってば可愛くなるから」
言いつつドロちゃんの前に出る。
コーレムちゃんは人型といっても拳大の石ころの足に頭くらいの岩を載せて拳大のお手てと顔をくっつけただけの簡素な見た目だ。頭に当たる石には顔っぽい造形もないし、ただただ丸っこいものが不器用に足を前後に動かしてコットンコットンとこっちに近づいてくる。素材は、このダンジョンの壁とおんなじ石材かな?
俺の力ならちょっと小突いただけで崩れちゃいそうだな……でもこいつがどうやって攻撃するのか気になって仕方ない。
というわけで、コーレムちゃんはとてもとても足が遅いのでこっちから近付くことにした。
スタスタと歩み寄ってコーレムちゃんの目の前まで移動すると、コーレムちゃんは足を止めて体を丸めるように手足を胴の正面に集める。
すると重心が変わって――
「あいて」
コロンと転がって俺の脛に当たった。
当たった後、ジタバタと丸い手足を振り回して再び立ち上がると、同じように手足を丸めてぶつかってくる。
感触としては猫の体当たりくらいだ。これ、ジャレてるだけじゃねえの?
「ねえこれ可愛くて倒せないんだけど」
背後のドロちゃんを振り返り相談する。振り返った先で、ドロちゃんは通路の端に積み上げられていたゴミの山に登っていた。その間もコーレムちゃんはコツンコツンと俺の脛にぶつかってくる。
「……なにしてんの?」
俺の問いに、ドロちゃんは真顔のまま通路の奥を指さして見せた。
訳が分からぬまま正面に向き直ると――
「……わー」
数えきれないほどのコーレムちゃんが通路の床を埋め尽くしていた。
それが一斉に手足を胴の正面に寄せて――
ゴゴゴゴゴゴッっと地鳴りがする勢いで転がってきた。
「おをっ!?」
慌てて空中にジャンプして避ける。なるほど、ドロちゃんはこの岩雪崩を避けるために高いところに登って――ねえこれいつ途切れるの?
俺は高く高くジャンプはできるが空中を飛べるわけではない。
なので必ずいつかは落ちる。
だから俺は岩雪崩に巻き込まれた。
「いだだだだだだっ」
さすがに頭一個分もある石が何十何百と転がってきたら俺でも立っていられなかった。岩の津波だよ。これ、一般人なら普通に死ねるな。
倒れればもう抵抗すらできなくなる。転がってくるコーレムちゃんたちの大行進にゴッツンゴッツンと殴られ続けるだけだ。痛くはないんだが勢いのせいで起き上がれん。
いつまで続くんだろうと思いつつ、暇つぶしにダンジョンの天井のレリーフの葉っぱの数を数え初めて十八枚くらいのところでドロちゃんのご尊顔が覗き込んできた。
「だいじょぶです?」
「だいじょぶです」
「頑丈ですね」
「ああなるって知ってたら教えてよ……」
「コーレムは仲間を呼んで数で押してきます。私もまさか観察し始めるとは思わなかったので」
「のんびり避難してたよね?」
「え、けっこう慌ててたんですけど……」
あれでか。おっとりちゃんかよ。なんか拗ねちゃいそうだから言わないけど。
でも拗ねたドロちゃんも見たいなぁ、どうしよっかなぁ。
俺が大丈夫だとわかってすぐ、ドロちゃんは歩き出した。俺も跳ね起きてその後に続く。
「それはそれとして、ゴーレムって普通もっと上位のモンスターじゃね? それこそミノタウロスとタメ張れるくらいの。普通は序盤雑魚モンスってったらスライムじゃない?」
「軟体で物理がほとんど効かない、触れられただけでダメージを受ける、そんなスライムのどこが雑魚なんですか。ゴーレムはピンキリなんです。それこそマリヤさんの言う通りミノタウロスに匹敵するゴーレムだっていますよ」
「ふーん、そういうもんなのか、この世界は……あ、なんか前落ちてるよ」
わざわざこっちを振り返って喋っていたドロちゃんに注意を促す。
ドロちゃんの放つ明かりの端から徐々に姿を現したのは、
「……っっっびゃああああぁぁぁぁぁっ!」
俯せに倒れて動かない人間だった。
ドロちゃんの
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