小さな神様とお婆ちゃんの古民家

さいき

第1話 序・不思議なお店と老婦人

 それは王都の下町の一角にある、間口の狭い小さなお店。

 いつも閉め切っていて、誰にも見向きもされない、くたびれた小さな建物だった。

 ちょっと考えれば、なんだってこんな狭い場所に店が?

 そんなふうに思われてもおかしくはないものの、そもそも気づかれないのだから仕方がない。

 雑多な人種が行き交う道の隅っこに、忘れ去られたように小さな店が建っていた。


 けれどこの店は、知る人ぞ知る名店に違いない。

 開店しているのはほんの一~二時間で、しかも不定期。

 ほとんどの人々が気に留めることはない。

 気づいたほんの一握りの人間だけが、その恩恵にあずかることができるのだ。


 そこへひとりの騎士が歩み寄り、閉ざされた店先を覗き込んでいる。

 すると小さな小窓が横に開いて、奥には柔和な老婦人が座っていた。

 その膝の上には、小さな狐獣人の子どもが抱っこされている。

「ああ、今日はやっているんだな。――やぁ、ご婦人。いつもの塩と水を一杯おくれ」

「はいよ。ちょっとお待ちくださいね」

 子狐を床に下ろし、ゆっくりと立ち上がった老婦人は、薄暗い部屋の奥に歩いていくと、ガラスのコップに水を満たして戻ってきた。

「どうぞ。こっちは塩の袋ですよ」

 そっと木窓の外へ手で押してくる。

 この窓には防御の魔法がかかっているらしく、こちら側からは手を差し入れることができないのだ。

 老人がひとりで商売をするのなら、そのくらいの自衛は必要だろうと、その騎士は考えていた。

 いつものようにその場でコップの水を飲み干すと、一枚の金貨を窓際へ置いて塩の袋を受け取った。


「相変わらず、息を吹き返すような水だな。こっちの塩も不純物がなく、なめらかに溶けてほのかな甘みさえ感じるんだ。一度食すとやめられなくなる。……もっと貰いたいところだが……」

「そんなに数を用意できないですからねぇ。ほかのお客さんの分も考えて販売しているんですよ」

 老婦人はニコニコと笑ってそう言った。

 騎士は苦笑して頷く。

「ああそうだな。私がひとりで独占するわけにもいかないな。――――また来るよ、ご婦人」

 片手を挙げて挨拶すると、騎士は颯爽と歩いて雑踏の中に消えていった。


「相変わらず、男前だったわねぇ。……それにしても、こんなのなのにねぇ?」

「コン!」

 小さな相棒と顔を見合わせた老婦人は、ほほ笑みながら小さな木戸を締めた。

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