第一章

自殺か他殺か

〜事件発生〜

 翌朝、八代がいつも通りギリギリに出勤すると石川が衝撃的なことを言った。

「八代……佐藤が亡くなったって。朝、見回りの刑務官が発見したらしい」

「はあ? 死んだだと!? なんだっていきなり……」

 驚きを隠せない八代。そしてデスクに蹴りを入れて叫んだ。

「ふざけんなよ!! くそ!! まだ何も吐かせてねえのに……。ちなみに死因は何だ?」

「自殺だったらしいですよ……体から致死量の『アルファノート』が検出されたみたいです」

 舘川がそう説明すると、八代が頭を掻きながら言った。

「アルファノートって一件ただの鎮痛剤だが、過剰に摂取すると、呼吸中枢が麻痺して心臓が止まる恐ろしい薬だよな。佐藤のヤツ、どこで手に入れたんだか……」

「分からない。それも含めて調査中とのこと」

 舘川は固く拳を握る。

「じゃあ、やっぱり……何者かが背後にいるってことですよね」

「充分有り得るな。とりあえず現場へ向かってほしい」

「分かった」


 拘置所へ向かうと佐藤の独房の近くで鑑識が忙しなく動いている。その中でもひときわ熱心に調べている男を見つけた。白衣を着ていて鼻までマスクで覆い、小柄だが、白衣の隙間からわずかに覗く腹部のふくらみが目に入る。

「おい」

 八代が声を掛けると、男は手を止めて顔を上げた。

「どうもどうも。お疲れ様です」

 へらへら笑いながら彼らに挨拶をした。

「見ない顔だな。名前は?」

「橋本勇樹です。ボクは最近鑑識に配属されたばかりでして。よろしくお願いいたします。お二方のお名前も伺ってよろしいでしょうか?」

「俺は八代仁だ」

「舘川敦です。よろしくお願いいたします」

 自己紹介を済ませた後、「何か分かったことがあるか?」と訊ねた。

「うーーん。そうですねぇ。独房内には彼以外の指紋は見当たりませんでした。解剖結果もすでにご存じですよね? 今アルファノートがどこからきたか調べているところです。あれは一般人には入手が不可能なシロモノですからね」

「何か分かったら教えてくれるか?」

「分かりました」

「舘川、第一発見者のところへ行くぞ」


 2人は第一発見者の刑務官の小山に状況を聞き出した。

「遺体を発見したときの様子を教えてもらおうか」

「はい。あれは明け方の見回りのときでした。朝食の時間になっても、なかなか起きてこないことに気づきました。佐藤は布団の上で動かず、呼びかけても反応がなかったため、すぐに扉を開けて確認しましたが、すでに息をしていませんでした」

 小山は眉をひそめながら続ける。

「遺体の周囲に争った形跡はなく、鍵も内側からかかっていました」

 八代は眉をひそめる。

「それで自殺ってかーー。なるほどな!」

 彼が顎に手を当てて考えているとき、背後から「八代」と声が聞こえてきた。振り向くと、そこには中村も現場に来ていた。

「何でお前がここに? サイバー課は散歩できるほど余裕があんのか?」

「嫌味ったらしいな。監視カメラの解析に来たんだよ。他殺の可能性もあるから念には念をな」

「なるほどな。じゃあ俺たちも立ち会おうか」

 中村と一緒にサーバールームへと向かい、監視カメラの映像を見た。

「佐藤が独房に入った時間から発見までの間で、映像が改竄かいざんされていないか確認する」

 中村が手慣れた手つきでパソコンを操作する。傍らにいる小山と一緒に映像を見進めていく。映像の中で佐藤は布団の上で体育座りをしていた。

「佐藤は眠れなかったらしく、ずっと起きてました。気になって彼と少し話をしたんです……」



◇◇◇



「どうした? 眠れないのか?」

 小山が話しかけると、彼は顔を上げた。

「ああ……全然寝れない」

「そうか。まあ、目を閉じるだけでもだいぶ違うから。無理に寝ようとしなくても」

「……あのさ、喉が渇いたから水がほしい」

「分かった。持ってくる」

 


◇◇◇



「それで水を取りに行ったんですけど、そのときに上司に呼ばれて戻るの少し遅くなってしまったんですが、自分が戻ったときにはすでに寝てました。寝れたんだと思って水を持ってまた見回りに戻りました。それで朝食のとき、独房に行ったところ、亡くなっているのが分かりました……」

「なるほどな。それを踏まえて映像をよく見せろ」

 彼らは画面を食い入るように眺めている。すると、すぐに八代が異変に気づいた。

「おい、映像が飛んでねえか?」

「えっ?」

 時間を見ると、さっきは『1:30』と出ていたのに『2:30』といきなり時間が飛んでいた。

「確かにそうだな。1時間空白の時間がある。この間に他の人が見回りに来たりしたか分かりますか?」

「ちょっと自分は分からないです……」

「おい中村」

「はいはい、分かってるよ。今から解析するから」

 中村は慣れた手つきで映像を解析していくが、映像が出てこない。

「あれ?映像が解析できない……」

「お前ふざけてんのか? ちゃんとやれ」

「ふざけてねえよ!! 本当にできねえんだって!!」

 八代と中村が言い合っていて、あわあわしている様子の舘川。

「ふ……2人とも落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか!! もしかしたら他殺だったかもしれないんだぞ!!」

 八代が肩を落としていると、舘川がボソッと呟いた。

「他のカメラも改竄されているのでしょうか?」

「なるほど。他の監視カメラか……やってみる価値はありそうだな」

 違うカメラの解析をしていると、空白の時間の映像が出てきた。

「やっぱり、あのカメラだけが編集されてるな」

「……ということは、犯人は内部の人間か。刑務所内部で映像をすり替えられる人物は限られてくる。調べるぞ!!」

「了解です!!」

 八代と舘川は再び聞き込みに戻り、小山と一緒に勤務していたという、彼の同僚の佐伯に話を聞くことにした。

「アンタが佐伯さんか? 話を聞きたいんだがいいか?」

「大丈夫ですよ」

「深夜1時半から2時半までの間、何をしていた?」

 佐伯は怪訝な表情で訊ねた。

「……もしかして俺、疑われているんですか?」

「いえ……」

「やましいことがないなら、すぐに答えられるだろう?」

 舘川の言葉を遮って彼に詰め寄る。佐伯は八代の迫力にビビりながら答えた。

「そ、その時間は仮眠をとっていました」

「それを証明するヤツは?」

「上司の飯島さんです。ちょうど交代の時間だったので……」

「なるほどな。おい舘川、飯島というヤツに話を聞きに行くぞ」

「はい」

 佐伯の話では、この時間は休憩所にいるとのことで案内してもらった。ちょうど食事をしているところだった。八代は警察手帳を出して話しかける。

「警察だ。話を聞かせてもらおうか」

 飯島は手を止めて立ち上がった。

「深夜1時30分から2時30分まで、どこで何をしていた?」

「その時間は……佐伯と仮眠交代した後、見回りしていた小山と一緒に作業していました」

「分かった。休憩中に悪かったな」

 八代と舘川は休憩所を後にした。

「しかし、3人とも見事にアリバイがありますね」

 八代はなにやら考え込んでいる。それを見た舘川が訊ねた。

「八代さんどうしたんですか?」

「……逆に3人ともアリバイがあるのがおかしくないか? なんだか口裏を合わせたかのような……。一旦中村のところ戻るぞ」


 中村のところへ戻ると、監視カメラの解析を続けていた。

「ダメだ……どうしても復元できない」

「おい! 違うカメラの映像も見せろ!」

「あ、ああ……分かった」

 いろいろな角度や場所の映像を見ていく。すると、八代が「止めろ!」と叫んだ。そこには2人組の人物が映っていた。中村に映像をアップにしてもらい、注意深くその人物を見ると、そこには佐伯の姿ともう1人、顔を帽子とマスクで覆っている人物。

「コイツ……仮眠していたっていうのは嘘だったんだな」

 映像の続きを見ていると、怪しい人物から何かを受け取っていた。

「これは……何だ?」

「手元を拡大してみる」

 中村がパソコンを操作すると薬らしきものが映っていた。

「もしかしてアルファノートか?」

「その可能性は充分にあるな」

 八代はニヤリと笑って「舘川行くぞ!」と叫んだ。そして再び戻ると、なんと佐伯の姿が見当たらなかった。小山に確認しに行くと、体調が悪くなったので帰宅してしまったとのこと。

「アイツ逃げたか! 自宅の住所を教えろ! 追うぞ!」


 住所を聴いて急いで向かうと、自宅にまだ帰っていなかった。

「一体どこに行きやがったんだ!」

「そんな遠くへは行っていないはずです。中村さんにスマホの位置情報を調べてもらいましょうよ!」

「舘川連絡してくれ」

「分かりました」

 しばらくして舘川が電話を終えると、近くの公園にいるとのこと。彼らは車を走らせて向かった。






 

 

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