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「枢木の後任として担当いたします、Queens日本支社営業1課課長の倉木です。良いサービスをお届けできるよう邁進します」


 分けられた前髪が奏叶さんの顔立ちを隠すことをせず、彼から放たれる圧倒的陽のオーラがまぶしい。そんな奏叶さんの挨拶を聞き終えた私は、くらきかなと、と心の中で本名をなぞる。結婚式の名簿で彼の名前は知っていたはずだけど、もう一度。


 会議の内容はプレリリースに向けた宣伝媒体のすり合わせだ。


「SNS担当の結城です。お客様のニーズに応じた発信が出来ればと思っています。よろしくお願いします」


 紹介は末席の私の番となり、適当なあいさつで済ませた。何の問題の無い文言だったはずだ。


「SNS担当の方を同席させる必要ありますか」


 しかしそんな私のどこを不満に感じたのか、奏叶さんが噛みつく。今までお行儀よく座っていたくせに。


「最近では彼女の投稿ひとつで売れ行きが左右されますから、同席していただく価値はあるかと」


 企画担当社員が言葉を選びながら擁護してくれる。しかし、奏叶さんは不敵に微笑むだけだ。


「本当にいいものであれば、勝手に拡散されるんじゃないですか」


 その発言は、自信故だろう。


「お言葉ですが、販売後に発信は遅いんですよ。良いものをより多くの人に届けるのであれば、開発時より少しずつ発信させて……」

「弊社には拡散力、発信力、ブランド力が無いと?」


 一ミリも笑顔を緩めないまま奏叶さんが続けるので、ポツリ「…………かたいんですよ」とこぼせば「はい?」と彼は静かに問い返した。


「Queensさんは若い女性から……成熟した、全ての世代の女性憧れのブランドです。強く憧れるからこそ、遠く感じてしまう。私は、世間とQueensさんの溝や壁を少しでも取り除けるようお力になればと思いますので、よろしくお願いします」


 失礼なことだと自覚しつつ、頭を下げる。やってしまっただろうか。営業の先輩から冷ややかな視線を向けられ、終わったぁ……と肩を落とした。

 でも、仕方ないじゃん。嘘は言っていないし、本音ばかりで話せないのも知っているけれど、噓をつくのはもっといやだ。


「倉木さん、彼女の説明、私ちゃんとしましたよね」

「説明を解釈したうえで、俺なりの見解だよ」

「後で再度説明しますので今回はこの辺で。結城さん、ご説明ありがとうございます」


 倉木さんが広げた風呂敷を枢木さんが丸め、何とか議題へと移行する


「(気を付けよう……)」


 私は選ばれたわけではなく、直談判した身分なのに、場の空気を悪くしてどうする……。


 奏叶さんを見遣る。彼は涼しい顔をして会議に参加している。もうすでに先ほどの泥水は消化し、濾過したらしい。


「倉木さん、いつもあんな風にピリピリしている人じゃないんだ。噛み付くのは気合を入れている証拠。本当だよ?」


 まもなく会議は滞りなく終わった。変に背筋を伸ばしていたせいか緊張で体がこわばって、そんな私に枢木さんがフォローをくれた。


「ありがとうございます。平気です」


 けれども上手に笑顔を作れなくて、へらっと引き攣った笑顔を浮かべていると「んん~……気にしちゃうよね、初対面であんな言い方するなんて。私からも言っておくから!」と、枢木さんはこう続けた。


「ここだけの話、あの人最近失恋したらしくて荒れてるのよ。あんな涼しい顔して大人げないよね」

「失恋?」


 聞き覚えのある、けれどもやはり奏叶さんに似つかわしくないワードを再び聞かされ、首を傾げた。


「振られたみたい」


 さらなる衝撃に打たれる。


「あのひと、振られるんですか?振った、ではなくて?」

「そう。モテる人なのに彼女がいないのは片思い歴が長いせいで、私が聞いたのは、好きな人が結婚するとか」


「(やっぱり、有馬のことだ……!)」


 枢木さんの言葉によって、自分の中に存在していた疑惑が確信へと変化した。


「あ、でも女癖は最悪だから同情しないでね。泣き始めた女の子をホテルに置いてくるようなあの性格だもん、女の敵だよね」

「分かります。人目もはばからずイチャイチャしそうな所なんて、軽薄すぎますよね」

「イチャイチャ……は、しないと思うよ」


 イメージと現実に齟齬が生じたらしい枢木さんが困惑を浮かべるので「そ、そうですよね!」とあわてて誤魔化した。


 枢木さんと別れて視線を移した。Queensのイケメンは奏叶さんのことだったのか、最後尾を歩く彼は弊社女性社員の衆目を集めている。


 遠のく背中に、躊躇い。


「か……倉木さん」


 それから、決断。


「……はい」


 無視されることも頭の片隅に置いていたけれど、倉木さんは振り向いた。駆け寄って、笑顔を乗せる。


「またお会いできて嬉しいです。共同開発、頑張りましょう」

「……は?」


 私としては、彼は私の知る奏叶さんだと信じていたわけで、その冷ややかな表情を見れば、私の認識が間違っていたのだと気づかされた。


 友好的に感じていたのは一方通行で、奏叶さんは嫌悪感を纏っている。


「倉木課長、どうしました?」

「別に。帰りましょうか」


 奏叶さんは他人よりも冷ややかな視線を私に送ると目線を別に移した。


 煮え切らないこれもまた事実だ。

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