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「あ、結城だ。さっき大丈夫だった?」
すると、大学の同期生集団と出会った。見知らぬ場所で会う知人は救世主のような存在。普通は安心するのだろうけれど、残念ながら私に良いイメージはもたなかった。
「大丈夫。ごめんね、私が受け取っちゃって」
「ううん、いいよいいよ〜、結城には幸せになってほしいもん」
身構えたのち、すぐに自分の立場を理解した。
「私たち知らなかったんだ。あんなことがあったんだね……」
顔を見合わせて心配そうに眉根を下げるのは、有馬と同じサークルだった子で。つねに、うっすらと、浮かべられている口元の笑顔が、興味の対象を安全な場所から眺めたい、そんな思惑を感じさせていた。だから私も、同じような笑顔を浮かべた。仮面はもう、ぼろぼろで。耐久性はゼロに等しい。
「ごめんね、心配かけてしまって。でも、本当にもう大丈夫なんだ。開き直って、笑い話にするよ」
最後のこれは願望でもある。
「そうだよね。ていうか本当に最低だよね、わたしだったら……」
彼女たちの会話の中で、ミモザ、それからユーカリで作られたブーケが徐々にくすんだ色に変化してゆくのを感じた。彼女たちの会話にもノイズが走る。
頭痛、吐き気は寝不足が祟っているのか。
どう立ち回ればよいか。そんなの、笑って、やり過ごすしか手段が分からず、ぎこちない笑顔の仮面をつくって武器にしていた。
「……ごめん。私ちょっと、御手洗行ってくるね」
けれど、もう限界も近かった。逃げるようにその場を立ち去り室内にたどり着いた。安息の地を探す。とはいえ、初めての場所にそもそもオアシスなどない。
行く当てもないまま当初のお手洗いを探すことにした。けれど人気もなく視界にトイレの表示などどこにもない。
優れたデザインは不要なものがすべて取り払われているというけれど、ゲストハウスとしてお手洗いの場所くらい親切に表示されてくれてもいいのに……!
「(……あ)」
私の目は運よくゲストらしき女性を見つける。救世主だ。
ひと先ずあの人に聞こう……
しかし、その後ろ姿に近寄った瞬間、足はほぼ強制的に止まった。
抱き合う一組の男女。縋るように伸ばされたほっそりとした女性の両腕と、その女性を支えるように腰に回された手。26年生きてきて誰かのラブシーンをこんなに間近で見たことは無くて、不覚にも身動きが取れなくなったのだ。
「……あ」
見上げた男性と目が合う。そこで初めて、男性が先ほど私を受け止めた〈奏叶〉と呼ばれていたその人だと知る。釣られて女性が振り向く。
「きゃああああああ!!!!」
自室でネズミを見たかのように酷い悲鳴をあげて走り去ってしまった。
「あーあ、振られちゃった」
奏叶、という男は悪びれる様子もなく、不敵に微笑む。改めてみても確かに顔は良い。顔はいいけれど、見るからに軽薄そうな雰囲気が苦手だ。
「知人の結婚式で、不埒なことをするのやめてくれません?」
「はは、真面目か」
「常識の話をしています。非常識だって言ってるんです」
「ごめんね、帰国してまだ日が浅くて。そういえばここ、日本だったね」
『最近まで海外赴任してたんだよ』
彼の置かれていた環境を鑑みると、キスやハグに羞恥心なんてものは存在しないのかもしれない。
「あんたさっきのブーケの子だよね。責任取って、ちょっと付き合え」
「え……いやです」
「さっきは迫られただけで、あんたには手を出さないよ」
言いたいことはたくさんあるけれど、そのほとんどに目を瞑った。
「いやです。さようなら」
踵を返す。途端にふらりと目眩がして足元が縺れた。
「おっ、と」
そんな私を彼は慣れたように抱き留める。たった一時間ぽっちで、助けられたのは二度目。
「……あんた、頼りねえな」
「……すみません、今日、早かったもので」
「寝不足?」
「どうりで目の下があおい」と、彼の人差し指が私の肌をすべる。おかしい。誰にも気付かれないように、クマ消しは完璧に仕上げたはずなのに。
奏叶、という人は近くのベンチまで誘導すると「少し休めば」と、そう言って私を座らせ、自分も隣に腰掛けた。
やわらかな声色で言葉を紡ぐのに、冷たいまなざしを送るひとだなと、第一印象が良くないからか、悪い方の印象ばかりみつけようとする。
「……すみません、迷惑をおかけして」
「別に。うるせえよな、会場。この辺がちょうどいいわ」
「……酔っている人が多いからですね」
「かもな」
落ち着いた声の持ち主だ。悪いところを見つけようとしても、良いところを拾ってしまうのは、そのせいだろう。たまらず欠伸をすれば「寝る?」と、彼は唆す。
「さすがに、結婚式で寝ませんよ」
「別にいいんじゃね」
「良くないです」
「盛るよりマシだろ」
「……それは言えてる……」
同感すると、彼は八重歯を覗かせて笑った。落ち着いているのに屈託なく笑う人は、私の興味を引く。
奏叶、というひとは、なにかを私に求めるわけでもなく、会場へと視線を向けていた。
すぐそばにたくさんのひとの気配があるのに、ここはまるでふたりきりのようだ。こんなふうに男性の隣に座るなんて、普段ならきっとできっこない。
それにしてもきれいな人だ。おそらく同年代。はっきりとした二重は目尻にかけて緩く下がって、穏やかな目元へと落ち着いている。それから、シャープな輪郭や高い鼻梁が、美しさを完成させていた。線が細くて華奢なのに、横から見ると尖った喉仏が男性らしさを際立たせており、浮世離れした美しさがある。
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